ぱわーあっぷ

 怪物が去った後、僕は急所牛乳パックで作った即席鉢に突っ込まれた。無念。

 ヤツが残した走り書きには「ウエカエ」と記されていた。


「……うえかえ?」

「植え替えでしょうか?」

「いや、アイツ馬鹿か。テメエで鉢を割ったんだろうがああああ! もおおおおおっビックリした! なんなの!? もおおおおおっ!? 牛乳くっさ!!」

「明日鉢を用意しますから……そうだ、成長の為にもう少し大きめにしましょう。肥料も、木下さんから良いやつ引き取ってますから」


 不貞腐れる僕を、天音君が励ます。

 自分も吹っ飛ばされたのに、優しいな……。


「うむ……頼んだ」

「一体何じゃったのじゃろ?」


 僕が聞きたい。


「アイツもよく遊びにくるのか?」

「いえ、あんなのは初めてです。僕はてっきり貴方のお知り合いかと……」

「知らないよあんな野蛮なガジュマル!!」

 

 次の日、僕は早速新しい大きめの鉢に植え替えてもらった。

 アコちゃんが選んで買い置きしてくれていた良い土と肥料をもらうと、いい具合に元気になった。

 根っこも伸び伸びできて気持ちが良い。

 僕が元気だとガジュも「ウオー!」となるのか、いつもよりもピョンピョン跳ねまくっていた。

 

「なんか力みなぎる感じする!」

「良かったですね」


 生き生きと葉を伸ばす僕に、天音君はほのぼのと笑った。

 僕の幹が少し震える。

 コイツがあと数週間の命だなんて……。

 僕は、思わず

 

「なぁ、お前、もうすぐ死ぬってなったらどうする?」


 と、聞いてしまった。

 まだ諦めたワケではないが、何かやりたい事や夢があるならちょっとだけ……と思ったのだ。もちろん、天音君が何かを僕に頼んで僕がそれを聞き届けてしまうのはタブーだから、そっと聞き出す。


 天音君は僕の唐突な質問に驚くでもなく、穏やかに目を細めた。


「別にどうもしません。死後の方が俺の世界って感じしますし」

「え、この世に未練はないのか?」

「両親には申し訳ないなと思いますが、無いですね」


 僕は「そんな事ある?」って思った。


「そんな事ある?」


 口にも出てしまった。口無いけど。

 天音君は「ふふ」と笑って、


「俺は本当の事を言ったら嘘で、でも本当の事を言わないのも嘘だから、一生嘘つきの人生だったなぁって思うと、死んだら地獄に堕ちるのかな。死神様、天国と地獄は本当にありますか?」


 楓ちゃんは天音を真っすぐ見て、こう答えた。


「天国と地獄はこの世にあるじゃろ。人の頭の中にの」

「では死後俺はどうなるのでしょう」

「ソナタには第六感があるがの、六感ぽっちでは到底捕えられぬ世界なのじゃ。感覚のない者にどう説明すれば良いのか分からぬ。このもどかしさを、ソナタは日々感じておるんじゃなぁ。心根の良いソナタには、さぞやこの世は地獄じゃろう」


 楓ちゃんはふわりと天音君の傍へ寄り、彼の頭を撫でた。

 ちょっと甘やかしすぎじゃないか。明らかに贔屓なんじゃないか。僕はそう思ったが、黙っていた。

 ガジュもピョーンと天音君の頭の上に飛び乗って、楓ちゃんに習ってイイコイイコをしている。

 天音君は笑っている。


 この世に未練の無い天音君の笑顔を見ていると、どこか寂しい。コイツ、どこで笑っているんだろうという感じがする。心の中じゃない事だけは確かだ。

 この世に未練たらたらの僕は―――この世が天国だった僕は、後ろめたくって仕方がない。



 天音君の死ぬ日が近づいてきた。

 あの法被ガジュマルとバスケットボールガジュが、一体何だったかという謎は未だ解けずにいたが、彼らはあれから毎晩やって来ていた。

 いいか、あんなのが毎晩だぞ?

 ノイローゼになるわと言いたいところだが、彼らは来る度、僕に栄養をくれたり、茶色くなった葉を引いてくれたり、枝の新芽に「ッン~……ッ!」と何やら力?を吹き込んだり、と甲斐甲斐しくお世話をしてくれて、案外良かった。

 白無垢だけは、金曜日だけ現れて法被ガジュマルとバスケガジュのやる事をジッと見つめ、時折応援の手拍子めいた動作すら見せた。


――――ハイサイ!

――――メンソーレ~。


 バスケットボールガジュとガジュは速攻で仲良くなって、片方の脚の膝を曲げ、もう片方はピンと伸ばしてトンとするやつをしきりにし合っていた。

 

 彼らのお陰で僕はグングンと発育優良ガジュマルとなり、たくましくなった。比例して、ガジュもゴルフボールくらいだったのが、野球ボールくらいになった。


「ぱわーあっぷしとるのぅ。初対面の狼藉も、植え替えさせる為だった様子であるし、一体全体どこのガジュマルなんじゃろうか」

 

 僕の艶めく葉の表面を扇子でツイっとなぞり、楓ちゃんは小首を傾げている。


「本体から霊体だけでやってきているのでしょうか?」


 天音君も頷いて不思議そうだ。

 スマホで法被ガジュマルを撮影したりしている。

 法被ガジュマルはカメラには映らないみたいだった。

 ちなみに僕はカメラにばっちり映る。

 僕の器となっているガジュマルがこの世のものだから、という事らしい。

 つまり、法被ガジュマルはこの世のものではないらしい。


「ガジュもカメラに映らないんだよな。自分の産んだ妖精がこの世のものじゃないって寂しいな」

「この世あの世という言い方は人間目線でのザックリ仕分けじゃ。本当はガジュも儂も、皆『この世の者』なんじゃぞ。しかし、普通の人が造った物で、人に見えぬものは映らぬよ。見えぬのじゃからな」


 僕は、そうか~アコちゃんの部屋にいた頃はこんなに深い(?)話をしていなかった気がする、楓ちゃんは僕を不審がったり気持ち悪がっていただけじゃなかったか?

 と、思った。別にいいけど。


「じゃあさ、天音君はそういうの映せるカメラつくれば?」


 天音君はキョトンとしてから噴き出した。


「需要がないですよ」

「その筋に売ればいいじゃないか」

「その筋?」

「同じ第六感仲間を探すんだよ。お前みたいに撮影したがっている人がいるかもよ。それにさ、見えない者が友達っていう人もいるかも知れない。その人はきっと友達とツーショットを撮りたいんじゃないかな。ほら、よくあるじゃないか。子供の頃だけ見える親友とかさ」


「霊感仲間ですかー」と、暢気な声で言って笑う天音君。過去に探して痛い目を見たのかも。

 そんな事を思っていると、法被ガジュマルが僕に締飾りを巻いてくれた。


「おお……あ、ありがとう」

「霊樹っぽいですよ!」

「え、そう? まぁ、霊樹なんだけどな。ガハハ」


 僕はちょっと泣きたくなったけれど、調子に乗ったフリをして笑い声を上げた。

 実は、法被ガジュマルたちがやって来る様になってから、彼らの意図に段々気づいていたんだ。

 けれど僕は、僕にどうしろってんだよ、ヒントもないのにって、思っていた。 

 それなのに、法被ガジュマルたちはグイグイ押してくる。

 天音君を、お前が助けてやれって。


 あのさぁ!

 応援だけで頑張れるわけないだろ!!

 色々、色々あるんだよ、色々さぁ!!

 それをさぁ、無茶言ってさぁ、じゃあさぁ、お前たちは僕に何をしてくれるんだよっての事よ!! てのての事よ!!

 しかもさぁ!

 天音君は生きたくないって言ってるんだぞ。

 まるで、死んだ方が幸せみたいに言うんだぞ。

 それって本当にそうかもしれないだろ、道徳とか置いといて本人的には。

 「どうして俺を殺した?」と同じニュアンスで「どうして俺を生かした?」なんて言われたくねぇよ!!

 下手したら僕消滅なんだぞ、消滅僕だぞ!?

 僕が何の為にこうしてガジュマルの姿でいると思ってるんだ。

 全部全部、アコちゃんの為なんだ。

 僕はこの奇跡を、全部アコちゃんの為に使い切るんだ!!


 白無垢が、アコちゃんの顔で僕を見ている。

 彼女が僕に深々と頭を下げた。

 


 八月十八日はほとんどの人にとってそうであるように、ごくごく普通にやってきた。

 花火大会へ行って暴漢に襲われないように、天音君を家から出さない事も出来たが、それだとアコちゃんが危ない。暴漢に襲われるのはアコちゃんだからだ。

 天音君にはアコちゃんを庇ってもらわないと困る。

 僕はアコちゃんの命か天音君の命どちらを取ると言われたら、圧倒的大差でアコちゃんの命の方を取る。

 この僕のアコちゃん愛も、天音君の死の運命に組み込まれているんだろう。僕は運命に勝てる気がしない。戦った事もないし。

 僕は自分に巻かれた締縄を祈る気持ちで見下ろした。

 

 天音君、せめて「生きたい」と言ってよ。




 

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