白無垢③

 楓ちゃんは、天音君の死の宣告をした後に、コトリ、と僕の脇に短い蝋燭を置いた。

 木の傍に火を置くとか信じられる!?


「ひ、ヒヒン!? 燃や……!?」

「そうしてやってもいいがの、この火はソナタを燃やさぬ。これは天音の命の灯じゃ」

「う、うわうわ、そんなの本当にあるんですか!?」

「そうじゃ。話には聞いておろ?」

「おおう……初めて見たぜ……って、見れてたまるかこんなもん!」


 天音君のものだという命の灯を灯した蝋燭は、とても短かった。……否、短いなんてものじゃない。燭台の皿にトロトロと溶けて小さくなってしまっている。

 蝋に危なっかしくくっついた芯が、小さな灯によって焦げた匂いを一筋上げているだけだった。

 

「ききき、気まず過ぎるわ!!」

「儂も」


 マロ眉をしょんもり歪めて、楓ちゃんは小さな両掌でそっと天音君の命の灯を包む。

 その灯は天音君らしい綺麗で澄んだ光を放っている。


「こうして傍に置いておけば焦ると思って」

「効果てきめんすぎます。日付とかもわかるんでしょうか」

「うむ。八月十八日じゃ」

「八月? すぐじゃないか……」


 天音君の机の上の卓上カレンダーは、七月の頁だ。

 夏休みがもうすぐ始まるから、もう死期までに数週間しか無い。

 

「その日、天音はアコと花火を見に行くのじゃ」


 全然可哀そうじゃなかった。

 運命よこんにちは。

 来たれ聖なる鉄槌!

 アコちゃんと花火を見る野郎は火の粉が飛んできて両目が潰れてしまうがいい!!


「負の波動を出すでない。続きを聞くのじゃ。そこで天音とアコは暴漢に絡まれるのじゃ」


 僕は葉を逆立てた。

 アコちゃんが暴漢に!?


「そらみたことか!! 高校生が夜に出歩くからだ……!! でも、そんなの僕(ガジュ)が守りますから大丈夫っスよ」

「うむ……期待したいところじゃが、この蝋燭はなんともならんからの。暴漢を退けたとしても全力でなんかが殺しにくるのじゃ」


 こっわ……。もしかして僕もそうだったのか?


「そう言えば、あの時はアイツに殴られて、壁か何かに頭をぶつけたんだっけ」

「そうじゃ。しかしソナタは石頭じゃったからの、そこでポックリいかなんだもんじゃから、その後滅多刺しにされたんじゃ。この仕打ちは予定には無かったんじゃがの。ソナタの裁判の『殺意の有無』争点も、頭をぶつけた頭部打撲が死因か、刺された時の出血が死因か、じゃ。刺されたのが死因じゃが、死人に口なしじゃのう。本来刺す運命じゃなかった罪人じゃから、ソナタには無念じゃろうが、天から減罰で計らわれるじゃろう。どちらにしても有罪じゃが」


 クソ、運命に全力で殺されたってワケか……!

 裁判知らなかった。もうどうでもいいけど。僕は生き返れないんだから。


「……どんなに危険から守っても、消えてしまえば、という訳ですね」


 じゃあ、手の施しようがないじゃないか。一体どうすれば。

 しかし、楓ちゃんにもどうすればいいか分からないらしい。


「ほんじゃからの、あの白無垢の伝えたい事が何か分かればと思うのじゃ。望みがあるからああして長年アコの顔をして啓示を出しておるに違いないのじゃ」

「う~ん? 死神が思いつかない死の回避方法?」


 それが、アコちゃん?

 ちょっと良くわからない。

 実はアコちゃんはそういう聖なる力を持っていました。とか、そういう事?

 僕がガジュマルになるくらいだし、あるのかもしれんが伏線が足りないからこの筋書きはボツだ。

 

「じゃあ、とりあえずまた金曜日を待ちましょう」

「時間が惜しいが、しょうがないのぅ」

「それにしても、いやに天音君を助けたがっていますね。死神なのに」


 僕担当の死神なら、僕にも手を尽くしてくれれば良かったじゃないか、という嫌味をこめて言うと、楓ちゃんはポッと頬を染めた。


「……アレじゃ、儂、お供えを貰ろうたのは初めてじゃったでの」

「え?」


 着物の袖に手をもぞもぞ入れると、ちょっとひしゃげてしまったクマちゃんケーキを取り出した。

 

「多分じゃが、お供えを貰ろうた死神は儂が史上初じゃ」


 誇らしげに言う。


「え……ずっと持ってたんですか?」

「うむ。かわゆい」

「カビてますが……」


 僕が引いていると、楓ちゃんは「いいのじゃ……」と、ひしゃげてカビのはえたクマちゃんケーキをうっとりと見つめた。

『買収』の二文字が僕の頭をよぎる。

 クマちゃんケーキ一つで死神に「死なないで」と思われるなら、僕だって日頃死神にお供えしておけば良かった。

 でも、日常で死神とか意識しないじゃん!?

 白目ないけど白目になっている僕に、楓ちゃんはヒソヒソと囁く。 


「のう、そういう訳じゃ。よろしゅう」



 それからシュンシュンと一週間が過ぎ、金曜日の夜がやって来た。

 天音君に死期を伝えるのはタブーらしいから、もしも白無垢と意思疎通を図れた場合、彼に悟られない様にしなければならない。難しい。

 と、思っていたのだが……。

 白無垢のアコちゃんは現れなかった。

 その代わり、法被を着た身長180センチ位のガジュマルが、ズカズカとやって来た。



 何言ってるか、まあまあ分からんだろう。僕もだ。 


「ええ、なになに……でか、こっわ……!?」

「ちびりそうじゃ」


 呆気にとられる一株と一神と一人の前で(ガジュは目を輝かせ喜んでいた)、法被を着たガジュマルは「フン」とふんぞり返った後、驚くほどの速さで僕に近づくと、ブンッと腕の様な枝で唐突に僕を殴った。


「アベシッ!?」

――――アギジャ―! スー!!


 殴られ、その勢いで鉢が倒れて割れてしまった。

 ガジュが急いで僕を支えてくれたが、根元の土がボロボロ崩れるのが分かった。


「わぁ、大丈夫ですか!?」

「ちょちょちょ、何コイツ!? 天音君、除霊! 除霊して!?」


 法被を着たガジュマルは、わっしょいとばかりもう一発僕の割れてしまった鉢に枝を叩きつけて粉々にする。

 予想外のモンスター出現に、天音君の部屋はB級ホラー映画みたいになった。

 

――――ウヌヒャー! チマーチマー!


 ガジュが全身の毛を逆立てて怒っているが、何故かいつもの力を使えない様子だ。

 見れば、法被ガジュマルの幹にバスケットボール位のガジュにそっくりなキジムナーが乗っていた。ソイツが目を光らせてガジュの力を抑え込んでいる様子だ。

 天音君がいつぞやにガジュを封じ込めていた円陣を描こうと赤ペンに手を伸ばすと、大きなキジムナーが「マタニー!」と言って、天音君を吹っ飛ばした。大惨事だ。

 一体何なんだ。ガジュマル界で『強ぇヤツを探せ!』みたいなブームでも起きたのだろうか。


「オボロロロロ許して!?」


 僕は法被ガジュマルに許しを請うて、泣き叫んだ。

 もうやだ。死んでからもこんな怖い目に合うなんて。

 絶望していると、法被ガジュマルがシュルシュルと枝を伸ばし、天音君が円陣を描こうとしていた紙に赤ペンで何やらキュッキュッと書いた。


「……?」


 戸惑う僕たちに、法被ガジュマルと大きなキジムナーは「ウン」と頷いて部屋を出て行った。

 モンスター登場時と同じく呆然とする僕たちが、ドアの方を見ると、白無垢アコちゃんが部屋の中をそっと覗いている。


「……あ! 白無垢!!」


 白無垢は法被ガジュマルに道を開け、なんと、ハイタッチまでし合って、すいーっと消えてしまった。




●特に本編と関係ないガジュマルメモ●

愛別離苦(あいべつりく) …愛する者と別離すること

怨憎会苦(おんぞうえく) …怨み憎んでいる者に会うこと

求不徳苦(ぐふとくく)  …求める物が得られないこと

五蘊盛苦(ごうんじょうく)…肉体と精神が思い通りにならないこと。

これらを四苦八苦というそうです。

四苦八苦から脱出するには、徳を積まねばならない様子。

本作のガジュマルだなぁ、と思ったのでメモ。

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