白無垢②
なんで?
僕は驚いて、ガジュに天音君の部屋着の覆いを取る様に命じた。
しかし、天音君が上から押さえていて中々取れない。
取れないとなると、どうしても取りたくなる。だって、男子高校生の使用済み部屋着なんて嫌じゃないか!
僕(というよりもガジュ)の抵抗に、天音君も必死で対抗する。
「おい! なんだよ!?」
「いえ、だって霊とか怖いですよね!?」
「でも……!!」
アコちゃんの顔しているなら別だ!!
揉み合っていると、いつの間に現れていたのだろう、楓ちゃんの声がした。
「天音よ、コレがどうしてソナタの所へやって来るのか分かっておるかの?」
「……え、いいえ。子供の頃からずっとだったので」
「おい、まさかこの後いやらしい展開になるんじゃないだろうな!? 僕は許さない、許さないぞ!!」
――――ムフ、イラー……。
「アホ親子はちみっと黙ってるのじゃ!」
叱られた。
なんで僕が叱られるんだ。
僕がムッとしている内に、楓ちゃんが素早く言った。
「コレが何者なのかは、儂には分からぬ。しかし、コレはソナタに啓示を与えておるのじゃ」
「啓示? 何のために?」
楓ちゃんの言葉に気を反らした天音君が、部屋着を押さえつける力を抜いて、僕に被さっていた覆いが取れる。
ドアの入り口には、仄かに光る白無垢の女が天音君を生気のない瞳で見つめている。その顔はやっぱりアコちゃんだった。
アコちゃんが天音君の部屋に深夜来襲とか、アコちゃんが白無垢を着ているとか、色々ショックで、言葉が出ない。
救いを求める様に、僕も楓ちゃんを見た。
天音君と向き合う楓ちゃんは、マロ眉をキュッと歪めて目を伏せていた。唇が固く結ばれて、細い喉が震えている。
「それは―――儂には分からぬ」
「……そうですか」
「ただ、なんかのぅ、知り合うたよしみじゃし、ソナタにはどうにかしてコレの告げておる事を読み取って欲しいのじゃ」
「そう言われましても……彼女、一言も話さないんですよ。顔が木下さんなだけで」
「もどかしい妖よのぅ……いや、コレが一番もどかしい気持ちじゃろうの」
天音君と楓ちゃんが話している間、白無垢のアコちゃんはじっと正座をして佇んでいた。
しかし、ガジュが「チュラカーギー」と言って近づくと、ガジュに向って深々とお辞儀をした。そして、僕の方にも顔を向けた。
その生気のない顔はゾッとする程アコちゃんだ。そして、なんて悲し気で切羽詰まった顔をするのだろう。アコちゃんの顔で、僕に向って―――。
胸を突かれていると、彼女はガジュにしたように僕にも深々とお辞儀をして、消えてしまった。
*
俄然気になり過ぎる。アレはなんだ。
と、いう事で土曜日はみっちり天音君と白無垢アコちゃんの馴れ初めを聴取する事となった。
まず、何故あの白無垢がアコちゃんの顔をしているか、だが、天音君は本当に分からないらしい。
アコちゃんの事を知らない子供の頃からずっと、あの白無垢はアコちゃんの顔をして現れていた。
だから、天音君は高校に入学してアコちゃんを見かけた時、物凄く驚いたそうだ。
「俺も、一体なんでだろうって不思議に思ったんですよ。子供の頃から見慣れた顔の女の子が同級生にいるなんて、ビックリするじゃないですか」
「そ、それで運命感じちゃってたワケじゃないだろうな!? 本当は見つけた時から狙っていたのか!?」
「いえ、そういう訳じゃ……ただ、その……事故があってからは『この人の力になってあげなさい』みたいな意味かなぁとは思いました」
――――いつかこの娘と出会うから、その時は貴方の力を貸してあげなさい。
「いやいやいや……ウッソだろ、おま、あんな美少女がしょっちゅう訪ねて来るのに、色恋に結び付けなかったの!?」
良い奴思考回路過ぎて理解不能。
僕の怪訝そうな声に、天音君は「うーん」と首を捻った。
「いや、だって心霊現象ですよ? どちらかというと、警戒しませんか?」
天音君の言葉に、楓ちゃんがウンウンと頷いている。
「まったく、ソナタの頭の中は、ほんにプニプニじゃのう」
段々貶し方が雑になってきている気がして釈然としないが、まぁそれは置いておいて、そうか、心霊現象なんだもんな、と腑に落ちる。相手はものを言わないし、同じ顔の女の子と親しくなる事でどう転ぶかなんて天音君にはわからない。「この顔に注意!」っていう意味かも知れないんだもんな。
「でもお前、ちょっと僕に嘘を吐いただろ」
「え?」
「え? じゃない! だって最初にガジュと会った時に霊的なオーラかなんかを感じたからアコちゃんに近づいたって言ってたじゃないか。その時はこんな話聞いてないぞ!!」
「あ~……、すみません。話題を出す前からいきなり『近寄るな』の一辺倒だったので、やっぱりアレは何か、木下さんを守護する存在的には遠ざけたいものなのかなと……え、あれ? じゃあ、どうして俺に近寄るなって言ったんですか?」
そこからか!!
「聖と邪のすれ違いじゃの。このバカガジュマルは、ソナタとあの娘が恋に落ちるのが嫌なのじゃ。あの娘の愛情がソナタに向くのが嫌なんじゃよ」
ハッキリ言われるとなんか恥ずかしいいいいいい!!
しかし、僕のどうしようもなく卑小な気持ちを楓ちゃんはハッキリ言ってしまったし、天音君はハッキリ聞いてしまった。
樹木の主の威厳よ、さようなら。
今の僕は……嫉妬深くて醜いスメアゴルだ。
スメアゴルだったらスメアゴルらしく顔を覆って蹲りたいところだが、ガジュマルだから股を開いて直立なのが精神的にキツい。
胸中をガボガボ回る洗濯槽内の様にしている僕に、天音君が片手を小さく振って「いや、それは無いです」とアッサリ目に言った。
僕は仰天した。
「え、だってお前、男子高校生なのにアコちゃんに何も感じないの? あんなに可愛いのに?」
「可愛いとは思いますけど、俺は愛とか恋とか解らないです」
「へ?」
――――アキサミヨ……
なんかこう、僕のどこかの葉がファサ……ってなった。
「やったー良かった!」っていう気持ちと「コイツマジかよ?」っていう気持ちが同じくらいの勢いでぶつかって風が起きたんだと思う。
「おま、それ大丈夫なの?」
「概念はありますが」
「概念」
「天音はまだ若いからのぅ」
「若いとそういう感情は湧かないものですか」
「いやいや、若いからこそバンバン湧いてくるものじゃないの!? 僕なんかスニーカーとかも愛してたよ!?」
「え、靴をですか?」
「お、おう……スニーカーな」
「足にはくんですよね?」
天音君が、「このガジュマルは何故靴を愛したのか」に固執し始めた。な、なんだよ、と思っていたらニヤリとされる。
「ガジュマルなのに?」
「やややややややかましいわ!! ガジュマルがスニーカーを愛して何が悪い!!」
「ほほほ、変わったガジュマルなことよの。世の中色んなモノがおるものじゃ。天音よ、ソナタが愛を解せぬのは、その体質のせいじゃろ」
楓ちゃんがズバリ言うと、天音君は素直に頷いた。
「はい。本当の俺を知ると皆怖がっていなくなりますから、表面上だけで人付き合いをしている内に、そういうのが解らなくなっていました」
「あ~……お前、やたら人当り良いもんなぁ」
「相手の要求は解るんですけど、友情も愛情も一定ラインを越えられると同量の思いを返せなくなるんです。それで、本当は冷たいとか心開かない奴とか言われて不便ですよっ……て、めちゃくちゃ話が逸れていませんか? 白無垢の話でしたよね?」
そうだった。
いやしかし、かなりの収穫を得る事が出来た。
天音君はアコちゃんとどうこうなるつもりは無い。というより、どうこうするってどうしたらいいの? 状態だ。
願ったり叶ったりである。
もう白無垢の啓示とかどうでもいいわと思わんでもないが、アコちゃんの顔をしていたから、そういう訳にもいかない。
僕は内心ホクホクしながら、楓ちゃんと天音君と一緒に、あの白無垢が天音君に何を伝えようとしているのか、あーだこーだと意見を出し合って土曜日を終わらせた。
*
再び夜がやって来て天音君が寝息を立てはじめた頃、暗闇の中で誰かが僕を突いた。
それは楓ちゃんの扇子だった。
「おい、起きるのじゃバカガジュマル」
「な、なんですか?」
「ソナタ、天音が人を愛さぬと知った途端、色々やる気をなくしたじゃろ」
「や~、そんな事無いっスよ?」
葉をへらへらさせる僕を見て、楓ちゃんはスッと目を座らせた。
え、こ、こわ……。
「ちみっと、話がある」
楓ちゃんはそう言って、勉強机の上の僕の前にそっと正座をした。
なんだ、改まってと思っていると、楓ちゃんはチラリと天音君の方を盗み見てから、僕に小声で言った。
「ソナタ、儂が生きている人間の前に現れとるのを、まだ疑問に思わんのかの?」
彼女の不吉な問いかけに、僕は幹をゾクリとさせながらソワソワと答えた。
「え、そんなの、天音君に霊感があるからではないんですか?」
楓ちゃんは、呆れたと言いたげな、くしゃっとした笑顔を見せた。元々崩れて出てきた笑顔は、すぐに泣き顔に変わって、切れ長の瞳が潤む。
「霊感の持ち主じゃろうと、儂らは生きた人間の前に現れたりせんのじゃ」
「……じゃあ……」
僕は二の句が継げなくて、楓ちゃんの言葉の先を促す情けない声を出すのが精いっぱいだった。
楓ちゃんは両目をギュッと瞑った後、
「天音は死ぬ」
小さな声で、キッパリと言い切った。
「……」
「あの白無垢はそれを知っておるのじゃ。じゃども、何かを訴えておる。儂はどうしてだか気になってのぅ……時間が来てしまうまで、真剣に考えてやってくれぬかのぉ?」
*
天音君の声がする。
穏やかな歌を歌っているようなのに、どこか乾いた声で紡がれた言葉。
―――それで、本当は冷たいとか心開かない奴とか言われて不便ですよ。
天音君、そういう時は「不便」じゃなくて「悲しい」って言うんだよ……。
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