白無垢
僕は、天音君の部屋の勉強机に飾られることになった。
男子高校生の部屋に飾られるとか最高に萎える。
真冬に裸で浴槽の蓋を開けたらお湯が入っていなかった時より虚しいし、ようやくお湯をはって飛び込んだら水だった時くらい遣り切れない。
持ち帰られた土曜日と日曜日の記憶がないまま月曜日がやって来て、朝目を覚ました天音君が気まずそうに僕へ「おはようございます」と挨拶した。
しかたなく僕もボソボソと『おはよう……』と挨拶を返したが、なんか酔ってウッカリ一夜を過ごしてしまった男女みたいな居たたまれない空気が嫌だった。
天音君の着替えシーンとかもいらん。楓ちゃんは扇子で隠してくれないし、僕には瞼がないし、本当になんだこれは。黒のボクサーパンツをはいているのを見たら、余計にアコちゃんに近寄って欲しくなくなった。
「じゃあ、行ってきます」
そう言って部屋を出て行く天音君の肩に、ガジュがピョーンと飛びついて、僕へ手を振る。
アコちゃんが嫌がるだろうから、もう目立ったラッキーは与えられないが、見守りくらいはいいだろう。
早くアコちゃんの顔が見たーい。至近距離でみたーい。
「おま、相変わらずよのぅ……」
このナメクジなかなか塩に溶けない、といった表情で楓ちゃんが僕の前にふわりと降りて来る。
「ふふふ、部屋からいなくなったって結局僕にはガジュがいますからね! 天音君にはガジュがいる事を言わないように口止めしましたし!!」
「しつっこいのう」
「僕の愛は強靭なんですよ」
「……そうだといいのじゃが」
「そうですよ」
自信をもって言った後で、僕は「あれ?」と楓ちゃんを見た。
楓ちゃんは少し元気がない様子だ。
「元気がないですね。アコちゃんの部屋を出禁になってしまった可哀そうな僕の心配ならいりませんよ。この通り、元気です!!」
僕は楓ちゃんを励ますために空元気を出して、葉をフリフリさせる。しかし、楓ちゃんは唇をひん曲げて、「ふぅ」とため息を吐いた。
「能天気よのう、そなたはどうして儂が天音に―――」
「あ! ちょ、天音君のヤツ、アコちゃんと待ち合わせ登校とかしてやがる!! ガジュ!! ニコニコしてるんじゃあないよ!!」
カレカノみたいな事しやがって!!
許さん!!
天音君が犬の糞を踏むようにガジュに強く念じたが、ガジュは「デージ カシマサン」と返事をしただけで、後はニコニコと天音君とアコちゃんを見守っている様子だ。
「おい」
楓ちゃんが扇子の先で僕を突いたが、僕はその時世界中の誰よりも忙しかったので「ああもうっ、ちょっと待ってください!」と言って、楓ちゃんの相手をしなかった。
*
アコちゃんは僕を手放したものの、水やりや日当たり具合を気にしてくれていた。「叶えてはいけない願い」をキジムナーに叶えられないと(ややこしいな、ごめん)安心したアコちゃんは、前みたいに僕がプレゼントしたガジュマルに対する気持ちを戻してくれたみたいだ。その点は、天音君に引き取られて良かったと思う。
しかし、二人だけの秘密が出来たアコちゃんと天音君が、お互いに心を開き合っている様子はいただけない。そういう空気を察知して、ウミちゃんが俄然張り切っているのも勘弁してくれ。
ガジュのディズニー魔法に匹敵するナイスパスやテクニカルサポートを次々繰り出しては、二人をどんどん親密にさせようとしているウミちゃんの存在に僕は悩み、彼女の意識を他に向けさせる様に仕組んだ。
ウミちゃんは下校途中で超イケメンな大学生と出会い、すぐさまのぼせ上った。
今度ダブルデートしよう計画が立ち上がって、失敗に終わったけど。
僕はアコちゃんには中々手出し出来ない代わりに、さりげな~くアコちゃんの周りにガジュの奇跡をふりまいた。
カルシウム不足でアタリの強い体育教師がめちゃくちゃカルシウム吸収の良いサプリを見つけたり、不良グループを野良猫の出産に立ち会わせ「かあちゃん、ごめんよありがとう」と、ミャーミャー子猫みたいに泣かせたり、お昼にパンを売りに来るオバサンの腰痛を治したり、まぁ、いろいろだ。
それらは、一瞬のそよ風程度にアコちゃんを心地よくするだろう。気づかれない様に、巡り巡って、そっと。
僕としては、天音君が何かしらの糞を踏んだりバナナの皮で滑って転んだりして泣きを見て欲しいのだが、それはタブーだから出来ない。ガジュも取り合ってくれないし、とても詰まらない。
そうこうしている内に、引き取られてから五日が経った。
金曜日の解放感からか、僕の説教(内容は各々想像してくれ)を聴く天音君の表情が緩い。
あろうことか、彼のスマホまで「ぽいん」と、緩い音を立てている。
天音君とアコちゃんは、LINEのやり取りも始めていた。
スマホに隕石でも落としてやりたいのだが、僕の写真を送信して、アコちゃんがそれを見て安心している様子だったので、もにょる。
嬉しさ七割、憎さ三割って感じだ。
アコちゃんが『おやすみ』スタンプを天音君に送るのは、嫉妬で炭になりそうだが、元気を取り戻し始めているのは嬉しい。
僕はどんなにささやかでも、アコちゃん成分にめっぽう弱い。
――――出来るだけ素っ気なく返信しろ!
「じゃあスタンプで……」
――――おう、その『永遠に眠れ』って喚いてる髑髏とかいいんじゃない?
「いいですね!」
僕のアドバイス通りにアコちゃんへ喚く髑髏が送信されて、天音君も僕も穏やかに微笑んだ(僕に顔は無いけど)。
天音君は夜更かしして僕へオカルト話を語りまくった後、安らかにベッドへ横になった。真黒な部屋着で、ドラキュラみたいに両手を組んで真っすぐ眠る姿には、もう慣れた。
植物は眠らないと思っていたが、光源がなくなると眠る、という状態になってくる。ガジュは既に、僕の根元にくっついて花提灯を膨らませている。
おやすみ、アコちゃん。
僕はそう心で呟いて、眠りに――眠りと言うのが正しいのかは定かではないが――ついた。
*
暗闇の中、ギィ、と音がした。
僕は眠っている状態から意識を戻し、音のする方を見た。
ドアの方だ。
キー……、と、大きく開くドア。
え、なに?
――――ムニャア……?
ガジュも目を覚まして、不思議そうにドアの方を見ている。
僕はガジュのくっついている根元の股をキュッとさせ、なすすべもなくドアが開き切るのを見た。
ここが霊感体質天音君の部屋だというのにスッカリ油断していた。お化けだ。これ絶対お化けの仕業。
こういう時、植物は辛いな。逃げる事も、目を逸らすことも出来ず鉢に立ち尽くすしかない。墓場や病院の観葉植物は一体どういう精神状態で夜を過ごしてるんだ?
シュッシュッ、と、擦り足の音がする。布を引きずる音も、足音について来ていた。
ああ、そう言えば、今日は金曜日だ。と、僕は思い出した。
――――俺の部屋のドアは深夜二時十五分頃たまに勝手に開くよ。金曜日が多いかな。
壁に掛けられている時計を見ると、二時十四分だった。
ドアの向こうははじめ真っ暗だったが、ぼんやりとした光が奥から見えてだんだん強くなってくる。
ドア枠の向こうにすっと白足袋が見えた。
「ひぎゃ……!!」
僕が恐怖の声を上げ切る前に、天音君が飛び起きた。
「見てはいけません!」
彼は慌てた声を上げ、自分の着ていた部屋着を僕とガジュの上にかぶせた。あ、ありがたい……!!
と、思ったのも束の間だった。
彼の部屋着がふわりと僕を覆う前に、見えてしまった。
それは、白無垢の女だ。
そして、その女の顔はアコちゃんの顔をしていた。
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