ネタばらしをするな②
死んでも尚、僕が傍に居る事がバレたら、アコちゃんに「うわあ……」って思われるに違いない。だって生前でも、アコちゃんは僕の事をちょっと煙たがっていたから。
インパクトのある厭な記憶を持たせてしまったし、それによってしなくてもいい苦労もかけた。例えば、周りに腫れものの様に扱われたり。必要以上に目立つことになったり。これからだって、僕の死に居合わせた事で嫌な思いをする事だろう。
そんな目に合わせた上に、同じ部屋に観葉植物として居座っていると知れたら、もう僕への信用は地に落ちる。気持ち悪がってもう生涯を見守らせてくれないだろう。
それは一番困る。僕は、アコちゃんの人生が心配だから。
それに、アコちゃんは僕の存在を知ってはいけない。もしも受け入れてくれたとしても、彼女が力の事を知った上で何かを願う事はアウトだから。
だから僕は、僕の姿を映す真っすぐな瞳が僕の正体を定め切ってアコちゃんに何か告げてしまう前に、沈黙を破った。
―――その子に何も告げないでくれ。キジムナーも何もいない。今までの事は全て偶然だったと言ってくれ。
「……」
天音君は僕の声がちゃんと聴こえたみたいで、顎に手を当てて考え込んだ。
アコちゃんがその様子を不安そうな顔で見守っている。
部屋の中がシンと静まり返って、なんか余計に『このガジュマル怪しい』雰囲気になってきてしまった。
―――な、なんか言ってくれ! 『やっぱり何かある』みたいだろ?
「黙っていようと思ったんだけど、やっぱり教えとくね。このガジュマルにはキジムナーがいるよ」
―――うおおおおおい!?
裏切者!!
バカ!!
オカルトオタク!!
なんで言っちゃうんだよお!!
ガジュマルの僕は、ジタバタする事も出来ずに声だけで騒いだ。だけど、天音君は全部無視した。
「さっきドアを開けたのも、キジムナーなんだ」
アコちゃんは瞳の光を揺らし、そろりと黒目だけをドアへ向けた。
「本当? 今更だけど、からかってないよね?」
「こういう場合、俺はいつも嘘つき呼ばわりされるんだけど、どうかなぁ。キジムナー、机の上のノートをめくって見せてくれない?」
―――オホー……? ラーラー、ナマジラーサー。
主でもない天音君にそう命じられて、ガジュは「ハハッ、なんスかね、アイツ」という表情で僕の方を見た。
よーしよーし、いい子だガジュ。お前は僕の味方だもんな。
このままシラを切り通して、天音君ペテン説を作り上げてしまおう。
アコちゃんがアレコレ悩むのは、天音君が不思議への手を引くのにも原因がある。
天音君がペテンであれば、「やっぱりそんな事あるはずないわよね」って笑い飛ばされて終わりだ。そして―――天音君はアコちゃんの信用も失う。いい筋書きだ。しかも僕はこの件に関して手出ししていないし、完璧じゃないか。ハッピーエンドだ。
ふふん、とほくそ笑んでいると、天音君がグワシッとガジュを片手で捕まえた。
―――な!?
―――ヒャン!? ウヌヒャー!
天音君は、ビックリして赤毛をツンツンにしているガジュを、自分の顔の真ん前に持っていき何やら囁いた。
「クワッチー……」
「神楽君?」
―――ヌゥ……クワッチー……?
「うん……クワッチーだよ……左の目玉が特にクワッチー……」
―――ンチャ……。クワッチー……。
謎の呪文(ガジュ語)を何者かに囁く天音君。その様子を、アコちゃんがドン引きして見守っている。
―――ヤクスクスン?
「うん」
天音君が微笑んで頷く。
ガジュも毛だらけの顔の中にほんのり笑顔めいた表情を浮かべ、ピョーンとアコちゃんの勉強机へと跳躍した。
―――お、おい! ガジュ!?
引き留める為に名を呼ぶと、ガジュはチラッと僕を振り返り、両腕をハの字に下げ、両膝を揃えてチョコンと曲げた。お金持ちのお嬢様みたいに優雅な動きだった。
―――ワッサイビ~ン。
―――お、お前、親を裏切るのか! クワッチーってなんだ!?
ガジュは致し方がないといった様子で首を振り、肩をすくめた。
なんだその「ヤレヤレ……」感は!
―――親の僕よりコイツの言う事を聞くのか?
「キジムナー、ノートをめくるなんて簡単だろ?」
僕と天音君、両方から声が掛かって、ガジュは吟味するように双方へ視線を巡らせ、最後にアコちゃんの方も見た。
アコちゃんは不安そうに身を縮めている。
ガジュは瞬きを一つして、
―――……カフー、 アラシミソーリ。
そう呟くと、ペラリとノートをめくってしまった。
「あ!」
アコちゃんが声を上げる。
風もないのにペラペラとめくれていくノートを見れば、誰だって驚くに決まってる。
アコちゃんは怯え切って、天音君のシャツの裾をキュッと握った。
天音君は「怖くないよ」と、声を掛けているが……怖いだろこんなん!
―――なんでわざわざ怯えさせるんだ!!
怒る僕の声が聴こえているハズなのに、天音君は僕を無視し続けた。さっきまでの逆の状況だ。
「本当にいるの?」
自分に身を寄せるアコちゃんに、天音君は「いるよ」と頷いた。
―――ンンンン……!! 近い!! その子に近づくなと……!!
ワナワナ震える僕をチラリとも見ず、天音君は立ち上がって机の上のペン立てから適当にペンを手に取ると、ガジュに渡した。
ガジュは「ヌーヤイビーガ?」と言って、ペンを抱えてキョトンとしている。
「何かがペンを持ってる……!?」
「いるからね。キジムナー、今から質問をするから、ノートに〇か×で答えて」
「え、え……」
「木下さん、質問してみなよ」
アコちゃんは見えないモノ(しかも恐れている)との意思疎通に抵抗がある様子で、青くなって首を振った。
怖いから何とかして欲しかったのに、関係を持たされるなんて思いもしなかったんだろう。可哀想すぎる。何を考えてるんだ!!
「あのさ、色々してもらったのに期待を裏切ってしまった時、報復されるのが怖いんだよね。じゃあ最初から、自分に期待しないでって伝えておけばいいよ。期待しているものをあげれないって、最初から断っておけばいいんじゃない?」
そう伝えた時点で、怒る奴は怒るけどな。
アコちゃんも僕と同じ考えなのか、天音君からサッと離れてまごまごしている。
さっきまではこの世でただ一人の味方みたいに身を寄せていた奴が、実は奈落への案内人だったと気づいて絶望って感じだ。
「そんな事言って、怒らない?」
「大丈夫だよ。何のために僕がいるのさ」
「神楽君……」
奈落への案内人が、今度は超頼もしいガードマン……アコちゃんは天音★ジェットコースターに振り回されて、完全に胸を高鳴らせている。
「ちゃんと話して、それで怒ったりするなら関係を持つのに相応しくない相手だ」
僕はグサリときた。
アコちゃんに、なにも期待なんかしていない。
ただ、幸せな姿が見たいだけだ。だから期待しないでと言われても怒ったりしない。
僕は話の通じない悪霊じゃない。
アコちゃんが喉をコクンと鳴らした。
そろりと机に近づき、ふわふわ浮いているペンを見つめる。
それから、縋る様に隣に控える天音君を見上げた。
天音君は微笑んで言った。
「大丈夫だよ。僕には、木下さんが心配する様な相手には思えないよ」
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