ネタばらしをするな①

 天音君は僕の植わっているガラス鉢を手に持って、色んな角度から観察した。

 楓ちゃんが宙にぽわぽわ浮いて、そんな彼を観察している。

 彼女は、クマちゃんケーキ効果なのか、それとも霊能力のある人間が珍しいのか、天音君に興味津々の様子でジッと彼の行動を見つめていた。

 天音君はその視線に気づいて、楓ちゃんに話しかけた。


「死神様が宿っていらっしゃる……とか?」


 楓ちゃんは彼の言葉に、目を細め「ホホホ」と笑った。


「ないない、ないのじゃ。天音はコヤツの声を聴いたじゃろ? 儂はあんなアホっぽい声ではないのじゃ」


 誰がアホっぽい声だ、と、突っ込もうとして口を紡ぐ。

 危ない危ない。ただのガジュマルでいるのも大変だな。


「では、何が宿っているのですか?」

「それは……」


 楓ちゃんが僕の正体をめちゃくちゃ気軽に明かそうとした時、部屋のドアがノックされた。

 

「神楽君、両手が塞がってるからドアを開けてくれる?」

「ああ、いいよ」


 天音君がドアを開けると、お盆に紅茶ポットやケーキ用のお皿、てんこ盛りの唐揚げを乗せたアコちゃんが緊張気味に入ってきた。

 僕らの視界だとこの部屋は賑やかだが、アコちゃんにとっては天音君と二人きりの空間だ。

 そりゃあ緊張してもらわなくちゃ困るし、部屋のドアは全開にしておくべきだと思う。何故天音君は、アコちゃんが部屋へ入った後にドアを閉めたのか。ドアを開けておくのは常識ではないのか。こんな常識知らずな輩を清らかな乙女の部屋に入れてはいけないのではないか。アコちゃんのママは、唐揚げじゃなくてスタンガンをアコちゃんに持たせるべきだ。


----仕方がない。


 僕は思念(ガジュ毛)でガジュにドアを開けるように命じた。

 ガジュはドアまでピョーンと跳ねてレバー式のドアノブにくっつくと、両手でぶら下がった。難なくレバーが落ちて、ドアが開く。えらいぞ、ガジュ。

 しかし、勝手にギイィィ……と開いたドアを、アコちゃんが怖がってしまった。


「え、何? 勝手に……!?」


 まさか、私が神楽君を招いた事を、ガジュマルが怒っているのでは?

 と、いう顔をして、アコちゃんの視線は開いたドアに釘付けだ。

 アコちゃん以外は何があったか全員見えているので、なんか可哀想だ。赤い小さな毛玉がドアノブにぶら下がっただけだよ、怖がらないで……。


「随分怯えさせていた様子じゃのぅ……。今まで気づいておらぬ平気なふりをして気を張っておったのじゃろうなぁ」


 楓ちゃんが、僕へ塗り付ける様に呟いた。

 僕は何か反論するなり気落ちするなり自棄になるなりしたかったが、ジッと耐えた。

 僕のリアクションを天音君に見せようと企んでいるのは薄々分かっているんだ。引っかかってたまるか。僕は鉢植えに植わったガジュマルだ。それ以上でも以下でもない!

 

「しかし、怯えておる娘っ子を見るのは忍びないのぅ。おい天音、娘っ子を安心させてやらぬか」


 楓ちゃんが天音君を扇子でつつく。

 天音君はそうされる前からなんかちょっと前のめりになっていて、つつかれた拍子に嬉々として口を開いた。

 

「ドアって勝手に開く時あるよね!」

「え、ううん、無い。無いよ?」

「そう? 俺の部屋のドアは深夜二時十五分頃たまに勝手に開くよ。金曜日が多いかな」

「……ドアは、開くだけ?」

「まさか、白無垢を着た女の人が立ってるよ」


 アンパンにはやっぱ餡子が入ってるよね☆という軽さで、天音君はドアに纏わるリアル心霊現象を話して余計にアコちゃんを怯えさせた。

天音君は心霊話を誰かに話したくて仕方がない。


「案外役に立たんのう……」


 楓ちゃんが天音君に向けるガッカリ顔が、僕に向けられる類のものに寄って来た。いいぞいいぞ。ざまあみろ。しかし必死過ぎて気づいていなかったが、楓ちゃんは僕に対しても、こんな風にガッカリ段階を踏んでくれていただろうか?

 さておき、天音君の心霊話を聞いて青ざめていたアコちゃんの表情に、少し変化が現れた。

 怯え顔から、反抗的な顔にシフトしたアコちゃんは、何か不満そうに天音君に詰め寄った。


「白無垢って……お嫁さんだよね?」

「うん、そうだと思うよ」

「どうしてお嫁さんが神楽君のところに来るの?」

「うーん、わからないんだよな。何か伝えてくるわけでもないし」


「そう」と、小さく相槌を打って、アコちゃんはカップの中の紅茶を砂糖用のスプーンでせわしなくかき回した。

 僕はこういう時のアコちゃんをよく知っている。

 感情を揺さぶられて、余裕がなくなっている時だ。

 そしてどんな感情かは、表情に駄々洩れるんだ。

 今は……一方的にスゴク拗ねている時……。


「金曜日って事は、昨夜もその人に会ったの?」

「あ、そうそう、うん。昨夜も会った会った」

「……知らない間に何処かで優しくしてあげたりしてない?」


 アコちゃんの唇が微かに尖っていく事に全く気付かず、天音君はケロリと答えた。


「あー、そうかも。そういう事、よくあるんだ」

「だ、ダメだよ! そういうのダメだよぉ!!」


 そうだぞ駄目だぞそういうのは!

 そういうのは報われない恋とか悲劇を生む……って、アコちゃ……!?

 もしかして、幽霊(?)に嫉妬しているのか!?

 金曜の深夜二時十五分に現れる白無垢の女に!?


「その……お話とかするの!?」

「話しかけるんだけど、向こうは答えないな」


 アコちゃんは真っ赤になって、両腕を縦にブンブン振った。


「だ、ダメだよぉ! 神楽君から話しかけるなんて……!」

「え、そう? 悪霊とかそういう感じじゃないから大丈夫だよ。俺そういうの分かるから」

「全然分かってないよっ、向こうはきっと勘違いしているよ!? だって花嫁衣裳を着て来るんでしょ?」

「そうだけど、白無垢って結構よく見かけるパターン……」

「何人もそういう人に会った事があるの!?」


 アコちゃん、天音君の言う通り、それ絶対大丈夫だから……。

 今日の催しの趣旨と大幅に逸れ初めて少し嬉しいけども、嫉妬をする姿を見るのは凄く複雑だ。

 こんなヤツ、アコちゃんがヤキモキする程の男じゃないんだけどなぁ!

 僕としてはその白無垢の女と天音君は然るべき式でもなんでも挙げて、二人仲良く永遠の絆で結ばれやがれなんだが、天音君的には森のアナグマが部屋に遊びに来た位の感覚なんだろうな。

 

 アコちゃんはスカートの端をもじもじ指先でいじらしく揉んで、あまり女の人に気軽に優しくするのは逆に優しくない事なんだよ、などと言って天音君の首を捻らせている。

 天音君にとっては本当に日常的な事なのだろう、彼はほんわか笑って白無垢女の話を終わらせた。


「まあさ、その件は大丈夫だよ。それよりこのガジュマルなんだけど、どこで手に入れたの?」

「あ……それはね……、ショッピングモールの雑貨屋さんだよ」

「雑貨屋かぁ。パワースポットとかそう言われてる様な場所から持ってきたわけじゃないんだ」


 天音君はちょっと残念そうだ。

 場所から持ってきたのなら、その場所を調べれば何か分かると思ったんだけど、と彼は言って、僕をしげしげと見た。

 アコちゃんはシュンとしていたが、意を決した様に口を開いた。


「そのガジュマルね、私の誕生日プレゼントなの。その……事故にあった時に、私が欲しいってねだったんだ」

「……ああ……」

 

 僕の死んだ日が、アコちゃんの誕生日なんて本当に最悪だ。

 アコちゃんはこれから誕生日を迎える度に、厭な気持になるに違いないから。せめて、違う日だったら良かったのに。

 僕は死んでから、誕生日を最悪にするは超常現象で怯えさせてしまうは、全然いい所が無い。

 天音君は唇を微かにひん曲げ、部屋中を見まわしている。

 彼の特別な目には、探し物は見つからなかったみたいだ。

 しかし、僕に目線を戻した時には何かの疑惑を瞳の中に灯していた。


「バレたぞよ……」


 楓ちゃんが僕だけに聴こえる様に呟いた。

 僕は股から幹、枝を通して葉先までゾワゾワと身震いした。

 

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