主人公は僕のはず

 天音君は早速日曜日に僕とアコちゃんの部屋へやってきた。

 なんとかして阻止できないか考えたが、アコちゃんが僕の存在を察知して怯えているので、目立つ事は出来なかった。そもそも、ガジュは天音君をめちゃくちゃ待ちわびている様子だったので、僕が来訪を邪魔するように言っても言うことを聞かなかったかも知れない。


――――チムドンドン~・シタイヒャー、フンフン……


 ガジュがフンフンと鼻歌を歌って、窓にべったり張り付き尻を振っている。

 チムドンドンって、男性名詞か何かなんだろうか?

 チムドンドンの地位を天音君に奪われたような気がして、僕は面白くなかった。

 アコちゃんはというと、昨日の朝から部屋の掃除を念入りにし、ベッドカバーや枕カバー、ぬいぐるみ類まで洗濯して張り切っていた。今は、鏡に向かって髪と格闘している。

 アコちゃんが初めて連れてくる男子と聞いて、アコちゃんのママは空揚げを作りまくっていた。アコちゃんのママは、空揚げを出せば男子が必ず喜ぶと思い込んでいるのだ。僕も何度も食べさせてもらった。……旨かったなぁ……。

「霊能力者に会うの、初めてじゃ」

 楓ちゃんまで、天音君がやってくるのを楽しみにしている様子だ。

 僕はめちゃくちゃ面白くない。

 その上、天音君に大樹の精霊めいたイメージを抱かせてしまっているので、実はこんな小さなガジュマルだと知られてしまうのも恥ずかしかった。

 虚勢張っていたのに、実は巨根では無かったなんて、すごく恥ずかしい。

 透明になりたい。

僕の気持ちをよそに、ガジュが奇声を上げて飛び跳ね始めた。

「来たようじゃの。このように精霊に好かれるのなら、儂も安心じゃ」

「フ、フン、どうせ土産を期待しているだけですよ」

 ガジュは口っぽいところから、涎まで垂らしている。

 僕は皿いっぱいの魚の目玉を思い出して、ブルっと震えた。

 天音君なら、ガジュを喜ばせようと、持ってきてしまう可能性が大だ。

 アコちゃんもママも、白目になってしまうのではないか。

 魚の目玉を手土産に持って来た天音君が、アコちゃんとママにドン引きされる様子を思い浮かべ、僕は「それ、スゴクいいかも!」と思った。

 ふふふ、と、不敵な笑いが自然と漏れる。


「なんじゃその笑いは。よもや儂の懐で悪さをするつもりかの?」


 楓ちゃんが敏感に僕の不敵さをキャッチして、釘をさす。


「アコちゃんの部屋を死神の懐に入れないで下さいよ。まったくぅ~、不吉なんだからぁ~」

「心配過ぎるのじゃ……。そなたは何を考え付くのかわからんからの」

「大丈夫ですよ。僕はジッとしています」


 ククク……天音君は僕が手を下さなくても、自動的に自滅ルートだ。

 さあ! はよ! 魚の目玉をたっぷり持ってくるがよい!!

 盛り上がっていると、玄関のチャイムが鳴った。

 次いで、ママが「いらっしゃ~い」と若い声で玄関を開ける音。


「もう、私が出迎えるって言ったのに!」


 アコちゃんはママに先を越され、急いで部屋を出て行った。


「はじめまして、俺……ボク、木下さんのクラスメイトの神楽といいます」


 緊張気味な天音君の挨拶が聴こえてくる。

 ホント、礼儀正しくて良いやつだな。

 僕は、お前の事嫌いだけど良いやつだとは思うぜ。


「まぁ~神楽君、いらっしゃい~。イケメンじゃないのぅふん……からあげぇ、作ったからぁン、食べていってぇん……」


 アコちゃんママどうしちゃった?

 そんな色っぽい唐揚げ、僕は食べさせてもらった記憶がないんだけど。


「もう、ママ! ごめんね神楽君。部屋行こう!」


 アコちゃんが慌てて割って入っている。


「お邪魔します。あ、これお土産です」


 キタ!

 僕は、無い拳をギュッと握った。

 ワクワクと耳を澄ませていると、一拍置いて「きゃー!」と聴こえて来た。

 ガジュが待ちきれなくなって、ピョーンと部屋を出ていく。

 僕は「ふふ」とほくそ笑み、ガジュを通して玄関の様子を視た。

 アコちゃんもママも、天音君の持っている箱を見て、キャーキャー言っている。

 オヤオヤ天音君、部屋まで来れないかもしれませんねぇ、と、僕はホクホクしていた。

 しかし、女子たちは一向に天音くんから飛び退いたり、突飛ばしたり、罵声を浴びせたりしない。

 それどころか、箱の中身を嬉しそうにのぞき込んでいるではないか。

 これ如何に。

 

―――が、ガジュ! 箱の中身を僕にも見せてくれ。

―――ハー、ヌーヤティムシムサ……。


 ガジュはめちゃくちゃつまらなさそうにつぶやいて、天井を見上げている。


―――おい、ガジュ!

―――カシマサン……ハー。


 ガジュは完全にふてくされていた。

 お土産は魚の目玉じゃないらしい。

 僕は心底ガッカリした。

 

「かわいい~!これ、行列のできるケーキ屋さんのクマちゃんケーキでしょ?」

「まぁ~♡ わざわざ並んでくれたの? 大変だったでしょうに」

「いえ、今日は空いていたので。第六感が役に立って良かった。木下さん好きそうだなって思って」

「ありがとう神楽君」

「ママも大好き~ん」


 僕とガジュは物凄くゲンナリしていたが、女子たち大興奮だ。

 ママは腰をくねらせながらキッチンへ消え、アコちゃんは跳ねるように階段を上がって天音君を部屋へと招いた。

 とうとう、この瞬間がやってきてしまった。

 天音君は、部屋に入って直ぐ、ガラスの鉢に植わった僕の方を引き寄せられるように見た。


「この木かな?」

「あ、うん……そうなの」


 天音君の訪れとクマちゃんケーキでニコニコしていたアコちゃんが、途端に萎れだした。

 僕は複雑な気分だ。めちゃくちゃ邪魔ものの気分だ。

 アコちゃんを笑わせる事が出来るのは天音君で、アコちゃんを萎れさせているのは僕、だなんて……。


「どうなのかな……なにか感じる? 私、ちょっとお茶の準備手伝ってくるね」


『私ったら、気を引き締めなくちゃ』とでもいう様な表情で、アコちゃんは部屋を出て行った。トントン、と軽い音が階段を下っていく。

 音が途絶えたのを見計らって、天音君が僕に話しかけてきた。


「こんにちは。御神木でお目にかかるのは初めまして」


 僕の気も知らずに、天音君は僕を上から覗き込む。

 小さなガジュマルと、未来のある若々しい男子高校生。

 構図に屈辱を感じて、僕は天音君へ挨拶を返さなかった。


「木のフリしなくても大丈夫ですよ、俺です。神楽です」

 

 知らん知らん。お前なんか。フン。

 そう頑なになった僕と、不思議そうな天音君の間に入ったのは、なんと楓ちゃんだった。


「今拗ねておるからの、無理じゃぞ」

「わ、君は……?」

「儂は死神のカエデじゃ」

「え、死神ですか」

「シー、娘っ子に聞かれたら怯えさせてしまうではないか」

 

 今まで何とも思っていなかったが、謎の木と死神が部屋に居座っているって、かなりホラーだな。

 不吉すぎる不吉の登場に、流石の天音君もびっくり仰天するだろうと思ったが、天音君は楓ちゃんに興味深々で身を乗り出した。

 

「本当に死神なんですか? あのっ、黒い炎とか出せるんでしょうか? 数珠とか……!」

「なんぞそれ?」

「なんでも焼き尽くすアレですよ、アッ! そうか、人間には内緒なんですね!? 失礼しました。これ、供えさせてください」


 天音君は楓ちゃんへ、クマさんケーキの入った箱を恭しく差し出した。

 よくよく見ると、こうなる事を見越したようにクマのケーキが六つ並んでいる。

 自分の分、アコちゃん、ママ、僕(お供え用)、ガジュ(オヤツ)……楓ちゃん(お供え用)??


「霊的な存在を三体感じたので、もしかしたらと思って。でも、予想外のお方でした」

 

 霊感が万能すぎて、僕は不公平を感じた。

 僕の方が霊的なもののハズなのに

 力に規制がかけられるって、なんかおかしくないか?

 楓ちゃんはクマちゃんケーキを見て、「はわわ、儂のも?」と目を輝かせている。

 死神にお供えする人なんて珍しいだろう。震えて喜んでいた。

 ガジュはかなり不機嫌で、自分と同じサイズのクマちゃんケーキを抱え、天音君に「これじゃない」と訴えている。身体がケーキに隠れてしまい、足だけ見えて不気味なクマちゃんが出来上がっていた。

 天音君は、「待ってね」と言って、ポケットから小さめのジップロックを取り出した。中には、ちょっと潰れた魚の目玉。ガジュは急に態度を改め、片足をくの字に曲げ、もう片足の踵でトン、と床をつくクマちゃんとなった。

 天音君がちゃんと不気味でホッとしたものの、皆をハッピーにしていくのが気に入らない。

 僕は、絶対にただのガジュマルのフリをしてやる!!

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