恐れられていた②

 ガジュの降らせた雨がいつの間にか止んでいた。

 校舎独特の冷たい湿気が、薄暗い廊下の時間をヒタヒタと湿らせている。

 窓の外で紫陽花がモリモリ咲いていなかったら、随分陰気臭かったと思う。

 僕の心の中だけが騒がしくて熱かった。

 アコちゃんはポツリポツリと天音君に話してゆく。

 

「良い事があると、次に悪い事が起こるんじゃないかって思っちゃって。それに、さっきだって」

「さっきって?」


 アコちゃんは不安げに辺りを見渡してから、恥ずかしそうに俯いた。


「雨が降って運動部の人たちがワーッて走って来たでしょ? 神楽君と話したいって思ったからなの」


―――フフッ。


 ガジュが笑っている。やっぱり、僕の意志を無視してこの状況を作ったのだろうか。あとで叱ってやらなくては。

 しかし、アコちゃんは望みが叶ったというのに何が不満なんだろう。


「願いが叶ってるから問題なくない?」

「そうだけど、私はこうして神楽君と話す事が出来たけど、ウミちゃんは……」


 アコちゃんが顔を真っ赤にした後、天音君がそれにならった。


「……俺、明日謝るから」

「うん、でもさ、もとはと言えば私のせいな気がするの! ほ、ほら、私が神楽君と話したがったからさ。これって本当にラッキーかな? 私はそう思わないの。誰かを巻き込む事も出来るなんて知ったら、余計だよ」


―――アギジャ……。

 

 全然OKだと思ってた。すげぇミスを犯してしまってるじゃないか。それにしても、アコちゃん。なんて公平で思いやりのあるいい娘なんだ。なんの心配もないのに。


「うーん……どう思います? あ、これは自分への問いかけだからね、木下さん」


―――どうもこうも、わ、我は今後気を付ける……。


「えーと、木下さんがさ――もしも信じてるならだけど――今後は誰かが巻き込まれない様に願えば?」


 天音君の名案に、アコちゃんは首を振る。そうだ。アコちゃんはちょっと頑固なところがあったな。

 アコちゃんはスマホを取り出すと、天音君に「これを見て」と、ある画面を見せた。

 天音君と、彼の頭に移動したガジュが画面をのぞき込む。

 そこには『キジムナー伝説まとめ』と表示されていた。

 天音君は自分の頭の上に乗ったガジュを、チラッと気にした。


「あー、木下さん、キジムナーは悪霊じゃないよ」

「うん、幸運の精霊だよね。知ってる。でも見て。キジムナーってね、幸運をくれるけど、拒絶したり裏切られると復讐するみたいなの」


―――え、そうなのか?


 ガジュは「ほへぇーそんなんだぁ」みたいな感じで「ハー……?」と声を上げた。自分の事はあまり分からないのかもしれないな。コントロールする僕がいるし。


「それは……裏切ったり拒絶する方が悪くないか。せっかく幸運を授けてくれるのに」

「うん。でも、どうして裏切ったり拒絶したと思う?」


 私はその気持ちが分かるの、と、アコちゃんは言った。

 僕は、アコちゃんが何かを裏切ったり復讐される程の拒絶をするなんて想像ができなくて、ギョッとした。

 天音君は思い当たる節があるのか、落ち着いていた。けれど、目は輝いている。まぁ、不思議話が出来るチャンス到来だもんな。お前楽しそうでいいな!


「恐れたからだね。存在の神秘性だったり、不可解さだったりを。それで我を忘れて躍起になって遠ざけようとする。そういう話はキジムナーに限らずたくさんある」


 分かってもらえたのが嬉しいのか、アコちゃんは何度も頷いた。

 天音君が嬉々として「例えば……」と、キジムナーの別例を話そうとしているのに、アコちゃんはそれよりも早く話し始める。


「あれ? って思った時から、もう今まで通りでいられなくなったの。置き場所を部屋から移そうと思ったんだけど、それがいけなかったらって思うと出来ないし、そう思うともっと怖くなって、そしたら今度は、お水を忘れない様にしようってビクビクしちゃうし……部屋にいるのが嫌になっちゃって。顔色を窺っちゃってるの」


 僕には顔なんか無いけどな!

 膝が無いけど膝から頽れそうになった。

 そんな風に思われていたなんて、ショックだ。最近アコちゃんがよそよそしかった理由がわかった。「得体の知れない何かが起きている」って、恐れられていたんだ。

 僕は絶対にアコちゃんを傷つけたりしないのに。

 僕とアコちゃんの間に立たされた天音君は、どうしたら良いのか「あー」とか「うー」とか言っている。そりゃそうだよな。本人の前でソイツの愚痴を聞く様なもんだ。

 

―――おい、なんか、なんかフォローしろ。


「ウーン、これは未知なるモノと人間のセオリーでもあって……」

「セオリー?」


 うおおおおい!?

 そんなセオリーあってたまるか、不条理の間違いだろ。どうして与えられるものを怖がるんだ。お前幽霊やらなんやらが怖くないなら、もっとフォローしろよ!


「怖くないのは、対処方法が分かるからです」

「え、え……やっぱり、対処方法が分かるの!?」

「樹を見てみないと分からないけど」


―――う、嘘吐くな! お前、我の本体を見たいだけだろう!?


「み、見て。見に来て!」


 アコちゃあああああん!

 駄目だぞ!! 

 女の子の部屋に、男を入れるなんて!!


 僕は俄然邪魔をしようと考えた。

 だけど、それで僕の事を余計に怖がられたら事だ。


「いいなら、お土産を持ってお邪魔するよ!」


―――ヒューッ、ウッサフクラサー!


 天音君が言った「お土産」に、ガジュが大いに反応して彼の頭の上で変な踊りを踊り出した。

 だけど、全然期待できない。


―――おい! 来るな! 来てはならん!!


「怖くないって、安心させてあげます!」

「ね、ねぇ、どうしてたまに敬語になるの?」

「あ~……ほら、初めてまともに話すから、心の距離感を図ってるんだ」

「ふふ、変なの。良いよ、敬語なんて」


 アコちゃんが、超ほわほわしとる。

 この場をぶち壊したい感情を抑えに抑えて、僕は「勝手にしろ!」とだけ言った。

 天音くんが何をするのかわからんが、アコちゃんに怖くないって安心してもらう為には我慢するしかなさそうだ。

 ガジュが口笛をピューピュー吹いて、天音君の頭の上で踊っている。

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