恐れられていた①

 翌日、いつもの様にアコちゃんは、ちょっとだけラッキーな一日を過ごしていた。

 僕がガジュ越しに歴史の授業を聴きながら、油断してウトウトしていると、アコちゃんに小さく折りたたんだ手紙がクラスメートの手から手へコッソリと回って来た。一体どうやって折ってあるのか、ハート型の小さな手紙を受け取ると、アコちゃんは先生に見つからない様にコッソリ手紙を開いた。

 ……いいなぁ、こういうの、僕好きだ。よくこんな風に、手紙を回す女子の仲介役させられたっけ。一瞬ドキッとするんだよな。自分宛かと勘違いしてさ。

 こういうのは本人間だけのやり取りで他人は見てはいけないだろうけど、ガジュはキジムナーだから覗き込んでもセーフだな。それを介して僕が読んでしまってもセーフだ。僕、瞼無いし。しょうがない。


『🐶アコ🐶

私思ったんだけど、神楽はアコを嫌ったり避けたりしているんじゃなくて、アコが嫌がっている事に気づいたんじゃないかな~?

それで声かけてこなくなっただけじゃない?

そんなに気にしないで元気出そ☆

 今日は何パン食べる? 

  ↓↓↓↓

 (    )パン

紙に良いにおいのコロン付けた♡気持ちハッピーになるよ!

 🐱ウミ🐱』


 かっわ……っ。女子高生のお手紙かっわ……!!

 しかもアコちゃんの事ちゃんと心配してくれてるのな。ウミちゃん、めちゃくちゃいい娘や……。

 アコちゃんは微笑んで、ウミちゃんの手紙を両手で包み口元を覆うフリをしてコロンを嗅いでいる。きっと新鮮な果実の匂いだ……。なんだこの、心ほっこり感は。

 アコちゃんは香りを楽しんだ後、早速返事を書き始めた。

 ……僕は理性はあれど、瞼が無い。仕方がないから、ウンウン、とアコちゃんの筆跡を追う。

 

『ウミちゃんへ

良いにおい! セプンイレプンで売ってたやつ?

今日は(マメ)パンと(メロン)パンが食べたいな。

神楽君のこと、そうだと思う?

近づくと、すすすってキョリ取られちゃってる気がするんだけど……。

絶対、嫌われてるんだよ。

でも、神楽君と話したい事があるの。

私から話しかけたら、もっとさけられちゃうかなあ?

ウミちゃんどう思う?

(それから、これからはバレたら大変だから神楽くんの事は「K」って書いて💦)

 アコより』


 豆パンとメロンパンな!

 よっしゃガジュ、頼んだぞ!!

 それはそうとアコちゃん、わざわざ天音君に近づこうとしているじゃないか。

 せっかく僕が神バリアーを張ったのに!

 しかも、話したい事!?

 KOKUHAKU!?

 駄目だ駄目だ!!

 いきり立つ僕をよそに、アコちゃんの手紙はウミちゃんの元へと送られ、再び返事も返って来た。

 可愛いからどうでもいいけど、授業終わってからではいかんのか?


『🐶アコ🐶

一緒にKのところについてってあげようか?

 🐱ウミ🐱』


 ああ……ウミちゃん、それ困る。お姉さんキャラのダメなところ!

 アコちゃんとKの、繫がらないはずの運命線をうまい具合になんとかしようとしないでくれ。そうは問屋が卸さんぞ。

 しかし、楓ちゃんの忠告を忘れてはいけない。Kを害する事は出来ない。もちろんウミちゃんにだって悪さは出来ないし、したくない。

 一体どうしたらいいんだ。この娘をなんとかしなければ。


―――ガジュ、取り合えずウミちゃんをマーク!

―――マカチョーケ!


 ガジュは元気よく返事をして、アコちゃんの肩からウミちゃんの肩へ飛び乗った。

 ちょうど授業終了のチャイムが鳴って、一同礼が終わるか終わらないかのタイミングでアコちゃんが傍に来た。

 

「ウミちゃん、ほんと? ついて来てくれる?」


 アコちゃんは心配そうに、けれど少し頬を高揚させてウミちゃんに縋った。

 僕に存在しない胸が痛んだ。

 僕はもう、こんな風にアコちゃんに頼ってもらえない。

 それでも構わないと、思うのだけれども、胸くらい痛むさ。何もかも、しょうがないな。

 


 アコちゃんとウミちゃんは、放課後に天音君の元へ連れ立って行った。

 鞄にノートやら教科書やらを詰めていた天音君は、自分にまっすぐ向かってくる少女二人に気づくと訝しそうにアコちゃんとウミちゃんの肩の上を見比べた。アコちゃんにガジュがくっついていない事を不思議に思ったのだろう。

 ウミちゃんの肩の上では、ガジュが小さな両手をバッテンにして天音君へ『近づくな』とアピールしている。天音君は戸惑いつつも了解したのか、そそくさと席を立った。

 おお、この調子ならなんの心配もなさそうだ。

 神に従順な彼へ、ウミちゃんがすかさず声をかける。

 

「待って神楽。ちょっと話がある」

「俺は無い」


 天音君は即答して、アコちゃんの言っていた通りに「すすす」と二人から―――否、アコちゃんから―――距離を置いた。ちゃんと僕との約束を守っていて偉い。

 しゅんと俯くアコちゃんの横で、ウミちゃんは肩をいからせた。

 

「なにそれ。ちょっと、待ちなよ」


 せかせかと教室を出て行こうとする天音君を追いかけて、ウミちゃんが天音君の鞄を引っ張った。天音君は引っ張られて不愉快そうにウミちゃんを見下ろした。

 

「ごめん、急いでるから」

「ちょっとだけだってば」


 ウミちゃんは引き下がらず、もみ合いが始まった。天音君、僕との約束を守っているだけなのにちょっと不憫だ。

 

―――チャースンバ―?


 ガジュが見かねたのか何か問いかけて来たので、僕は「うまいことやって」と返事をした。


―――チバイーン!


 ガジュがぴょんと跳ねると、外でザッと雨が降り出した。すると、廊下に出て揉み合う二人に向って、グランドを使えない運動部一同がバッファローの群れの如くランニングして来た。


「二人とも危ない!」

 

―――ヤーサッサイ!


 バッファローの群れに飛び込もうとするアコちゃんの動きを、ガジュが止めた。

 ウミちゃんと天音君を巻き込んだバッファローの群れが通り過ぎていく。

 騒動からウミちゃんを壁側に庇った天音君の手が、ウミちゃんの胸にラッキースケベしていた。


 ムフ、とガジュの鼻息が聴こえる。

 お前、こういうの好きか……僕もだ。

 じゃなくて、いいぞガジュ! これで天音君の株はガタ落ちだ!!

 なんっっの罪もないけど!!

 ウミちゃんは悲鳴を上げて天音君を突き飛ばすと、顔を真っ赤にしてバッファローの群れを追いかけて行ってしまった。ガジュがピョーンとアコちゃんの肩へ舞い戻る。

 おうおう、意外とウブいではないか。

 僕とガジュがムフ、ムフ、と喜んでいると、アコちゃんが天音君に駆け寄った。

 天音君はボロボロになって廊下に座り込んでいた。初めての感触を知ってしまった右腕を、左手で抑え込む様に握っている。


「だ、大丈夫……?」

「お、俺に近づいたら駄目だ」

「え、あ、あの、事故だからしょうがないよ……ウミちゃんだってわかってくれるよ」


 痴漢を恥じる男みたいに見られている天音君が本当に不憫だったけど、僕は彼に呼びかけた。


―――天音君……即刻その娘から離れなさい。


「は、樹木の神……」

「え?」


―――はよ。


「は、はい。すみません」

「神楽君、誰と話しているの……?」


―――言うなよ!?

 存在を知られたら厄介だ。アコちゃんに限って奇跡の力を悪用する事はないと思うけれど、それでも長い人生の中で、ふと、そういう機会が来ないとも言い切れない。例えば、誰かの為とか。


「な、何でもない。じゃ、木下さん。俺帰るから」

「待って、神楽君。相談に乗って欲しいの!」

「相談?」


―――相談?


 なんで天音君に?

 僕は訝しんだ。


「でも……」

「あ、まず謝るねっ!? あのね、事件の後、みんな私を遠巻きに見てた。けど、神楽君はグイグイ話しかけてくれたでしょ? 最初は酷いって思ってたけど、だって、幽霊なんて……酷いよ、神楽君……。でもね、私、幽霊って聞いている内に―――視えないものでもいるんだって聞かされている内に―――亡くなっても、もしかしたら傍にいてくれてるなんて事があるのかもって、全部が私の傍から失われていないんじゃないかって、思ったの。

……寂しくて……いるならうれしいなって……心配かけないようにちゃんとしなきゃって……神楽君の幽霊話が、すごく嫌だったのに。あの、ありがとう」


 一気に捲し立てるアコちゃんに、僕も天音君もポカンとした。

 ガジュだけが、フンフン、と何故か鼻歌を歌っている。

 ガジュのヤツ! まさか、こうなる為に?

 いや、まさかな。もう起きてしまった事はしょうがない。早く二人を引き離さねば。

 

―――あ、天音君、早く立ち去れ……。


 僕の声を、アコちゃんがかき消した。


「か、神楽君が私を避けてるのは知ってる! 私が嫌な態度取っていたからだよね。謝るから……ごめんなさい。友達になって!!」

「……相談ってなに?」


―――こらああああああっ!!

―――カシマサン……。


「近づきません! 相談に乗るだけです!」

「神楽君? ね、ねぇ誰と……?」


―――ぜ、絶対だぞ! 相談に乗って悩みを聞きだしたら、ぼ……我がなんとかするからな!!


「神楽君?」

「ごめん、何でもない。ほら、相談に乗る振りして近寄ったりしないぞっていう男の誓いみたいな……」


―――ワラワサンケー、フフッ。


 ガジュがなんかウケているが、僕はその誓いをしっかりと受け取った。

 

「ふ、ふうん……あ、じゃあ私たち、友達?」


 頬を染めて上目遣いのアコちゃんに、天音君は喉を鳴らす。


―――気持ちはわかるが、去勢されたくなかったら心を真新しいスケートリンクにしろ。


「ゲフン、相談次第かな。何か悩み?」

「そ、そっか。あのね……天音君は心霊現象とか詳しそうだから教えて欲しいんだけど、観葉植物に霊って取り付いたりする?」

「え?」

「その……部屋にガジュマルを置いているんだけど、最近良い事ばかり起こって」

「いいじゃないか。木下さん、守られてるんだよ」

「そうかな……私、ちょっと怖くなってきちゃって。だって本当にいい事ばかり起こるの。嫌だなって愚痴った事とかすぐに解決しちゃうし、見張られているような……」


―――アキサミヨ……。


 アキサミヨってこういう時に使うのか。僕は呆然とそんな事を思った。


「その内、何かを引き換えに失ったりしないかなって、怖い。どう思う?」

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