悪い事は出来ないのだ

 のろいころしてやる……。

 僕はその九文字をゆっくりと心の中で紡いだ。 


「ほれほれ、やめんかぃ。悪と奇跡は相容れんと言ったじゃろうが」

「だってぇぇぇ!!」


 だってじゃないのじゃ、と、楓ちゃんがセンスで僕をペシンと叩く。


「ま、今すぐ消えたいと申すなら止めはせんがの」

「ぐぐぐ……か、楓ちゃんはどう思いますか!?」

「なにがじゃ」

「殺人現場に居合わせた子に、幽霊話を吹っかけてきてたんですよ!? それで好きになります!?」


 本当にどうしちゃったんだアコちゃん。

 僕の事で色々辛い目にあってしまって、正常な判断が出来ていないんじゃないのか。

 楓ちゃんは「しらんがな」とそっけない。

 

「きっと気の迷いだ」

「ならば呪わずともよいな」

「いやしかし」

「なんじゃ」

「道を正してあげないと」


 楓ちゃんが天井を見上げてため息を吐いた。


「なんというかのぅ、儂はソナタこそ道を正した方が良いと思うのじゃ。言っておくがの、ソナタがここ最近しておる事は結構悪質じゃぞ」

「なに」


 意外過ぎて、ビックリする。楓ちゃんはそんな僕にビックリしていた。


「僕はアコちゃんを見守っているだけですよ」

「ソナタはそう思っておっても、こりゃストーカーじゃ」

「ハハハ!」


 笑い声を上げた僕を、楓ちゃんが心底気味悪そうに凝視した。

 そんな彼女に、僕は自信満々だ。だってこれはストーカーじゃない。奇跡の守護だ。

 僕は楓ちゃんに『僕が如何に崇高な行いをしているのかと、そうさせる愛の力の無限大っぷりと言ったらそりゃもう物凄いのだ』という様な事を、三十分くらい力説した。

 だが、彼女の心には響かなかったみたいだ。


「末期じゃの」


 クソつまらない話を聴いたという顔で言われても、僕は自分を疑わなかった。


「まぁ、楓ちゃんはダークサイド寄りの存在だからな。僕の聖なる炎が視えなくても仕方ない」

「呪い殺すと呟いておったクセに……」

「僕は聖人ではないですからね!」

「ちょっと落ち着くのじゃ」


 落ち着いてなんかいられるか。僕のアコちゃんが恋に落ちたんだぞ。

 僕と結婚の約束までしていたのに。

 あんな変な奴に心を移してしまうなんて。

 僕がいなくなって寂しくて仕方がないんだろう。きっとそうだ。

 

「あーあ! 僕はどうして死んでしまったんだ!!」

「見ず知らずの母子を庇おうとしたからじゃ」


 自暴自棄に喚く僕に、楓ちゃんが静かに言った。

 ハッとして楓ちゃんを見ると、悲しそうな顔で僕を見ていた。否、悲しそうというよりも悔しそうな顔かも知れない。楓ちゃんは、細く華奢な顎にうっすら皺を寄せていた。


「成仏後、ソナタの来世は善い事をした褒美として、金持ちの家のモフモフな生き物だったんじゃがのう……」

「え、金持ちの人間じゃないんですか!?」

「金持ちの家のモフモフじゃの」

「そ、そんな……」

「いや、それよりも……これ以上ギリギリの線を行くなら、来世のソナタのモフモフは抜け落ちてゆくぞ」


 モフモフが……モフモフがモフモフを抜かれたら何になるんだ?

 ツルツル……? 


「で、でも金持ちの家なら……」

「儂のイメージでは、ソナタの最終形態は金持ちの家のゲジゲジじゃの。ソナタの姿にゾッとしてアドレナリンが出ちゃった家主に、必要以上に打ちのめされて……クチャクチャになって死ぬ」

「あんまりだ……僕が何をしたって言うんだ」

「ストーカーじゃの」


 モフモフ、したかったのぅ、と楓ちゃんは残念そうに言った。

 そしてセンスの向こう側から僕に流し目をおくり、微笑んだ。


「これ以上は、気を付けるがよいぞ」

「できません」


 僕は強く答えた。


「楓ちゃんの言う通り僕が悪い事をしているとしても、僕は止まれない。アコちゃんの事を、もう大丈夫だなと思える日まで、僕は見守り続けたい。そしてたとえ来世がゲジゲジだろうと、成仏できずに消滅だろうと地獄行きだろうと、全然構わない。アコちゃんが幸せなら」


 僕が気を付けるべき事は、奇跡の制限から外れない事だ。

 アコちゃんを見守り続ける―――それが出来なくなる事が、僕にとって破滅なのだった。


「呆れたヤツじゃの」

「これ以上はっていう事は、これまで通りなら大丈夫、という事ですよね」

「何をする気じゃ」

「これまで通りですよ。ちなみにアウトな時は教えてもらえるんでしょうか」


 超えてはいけない線が分かれば、それをしないだけでいい。僕はそう考えたのだが、楓ちゃんはフッとニヒルに笑った。


「『あうと』な時、既にそなたはあの世行きじゃ」

「事前に教えてくださいよ!」

「ソナタが予測不可能で何をするかわからんのが悪いのじゃ」

「でも何かガイドラインみたいなのあるでしょ?」


 僕は食い下がった。楓ちゃんは人差し指を小さな顎に当て、ちょっと思案してから言った。


「他者を故意に傷つけるのは駄目じゃ」

「チックショ~ッ、ダメか!」

「……逆にどうして良いと思うのじゃ」

「致し方が無いと思ったからです。他にはありますか?」

「現世の者にソナタを利用させるのも駄目じゃ。例えば娘っ子がソナタの存在か力—―ソナタの場合ガジュじゃ—―に気づいてその力を悪用するのは駄目じゃ……例えば、『大金が欲しいわ♡』などと言うてソナタに貢がせたり『気に入らない奴を消して♡』と暴行・殺人依頼をするとかじゃな」

「え、でも今僕はアコちゃんの為にガジュの力を使っているじゃないですか」

「それはあくまでソナタだけの意思と善意じゃろ。娘っ子がソナタの存在に完全にそうと気づき、『お願い』をする様になったら……『あうと』じゃ。この場合は情状酌量があるがの」

「そうなんだ……。でも、僕だと分からず、幸運の樹として手を合わせたりちょっとした願掛けをするのは大丈夫ですね?」


 アコちゃんが僕に手を合わせたり、天音君の事をぼやいていた事を思い出して、確認した。楓ちゃんは頷いて、それは大丈夫じゃと請け負ってくれた。

 それにしても、こういう事はもっと早く言って欲しい。

 そうボヤいたら、楓ちゃんは頬を膨らませた。


「本来善意に溢れている奇跡に、こんな注意をせねばならぬとは、予測不可能じゃったのじゃ!」


 予測不可能予測不可能って言われたけど、僕が一番予測不可能を体感中だと思うんだよな。

 僕はそう思いながら、明日からの事を考えた。

 とりあえず、天音君に危害は加えられない様だし、アコちゃんをいつも通り守りながら様子見するしかなさそうだ。

 不幸中の幸いか、天音君とはアコちゃんに近づかない様にと話がついている。

 もしもアコちゃんから天音君に近寄ってしまったとしても、オカルト探求の為に魚の目玉を大量に集める奴だ。アコちゃんもすぐに目が覚めるだろう。

 そうだ、うまくいきっこない。

 アコちゃんの無垢な寝顔を眺めながら、僕は自分に言い聞かせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る