乙女心は奇跡よりもなんか凄い
あのね、聞いてガジュマル。
クラスの嫌なヤツが、何故か急に寄ってこなくなったんだ。
本当に良かったー。
これも幸運の木のお陰かな?
ありがとう、ガジュマルの樹。
*
ガジュマル、今日はね、学食のパンが売り切れちゃってたんだけど、隣のクラスの子がお弁当持って来てたの忘れたーって、譲りに来てくれたの。しかもそれが一番前列に並んでいないと手に入らない超人気のパンで―――
アイツも相変わらず近寄って来ないし、ありがとう、ガジュマルの樹……
*
ねぇ凄いの。今日は、クラスでちょっと憧れてた女の子と仲良くなれたの。子供の頃見ていたアニメが全部一緒でね、盛り上がっちゃった。意外だったなぁ……
アイツは今日も幽霊とか壁の顔とか言ってこなかった。
ガジュマルのお陰だね……
*
なんだか最近嘘みたいに良い事だらけで、……本当にガジュマルのお陰なの……?
* * * * * *
無事にガジュを連れ戻してから、ひと月が経った。
僕は相変わらずアコちゃんの部屋の勉強机に鎮座していた。
そして日課となった、アコちゃんが『今日あったラッキーな事』を報告するのを聞いていた。
ガジュ毛を通して全部わかっている事だったが、アコちゃんから報告を聞くのはとてもいい気分だった。
しかし、最初はとても嬉し気でウキウキしていたアコちゃんだったが、最近また表情が曇って来た。
以前は帰って来るなり飛びつくような勢いで僕を覗き込んでいたのに、それもなくなった。それどころか、最近あまり僕の事を見たくなさそうだった。
*
「何かが変だ」
アコちゃんの風呂上がり姿を隠すセンスの中の力士に、僕は訴えた。
フン、と、センスの向こうで楓ちゃんが鼻を鳴らした。
「今更じゃろ。ソナタは何もかも変じゃぞ」
「いや、アコちゃんですよ。僕を避けている様な気がします」
「儂じゃったらソナタを避けるが、娘っ子にとってはただのガジュマルじゃぞ?」
「そうなんですけど……なんとなくそう感じるんです」
この感じがどういうものか自分でも分からないまま、僕は萎れた。
「毎日の報告をくれるし、こまめに世話もしてくれるんですけど……」
なんだろう、今まで見たことの無い顔をするようになった。
そして、その顔は幸せから一歩か二歩離れた表情をしている。
楓ちゃんのセンスがパシンとたたまれて、僕をつついた。
「人間の頃とガジュマルでは態度に違いもあるじゃろうよ。その違いに不満があるなら、今すぐ成仏をおし」
僕は楓ちゃんの言葉を、すぐにきっぱりと断った。
「いやです。僕はアコちゃんの傍に居続ける。ずっと幸せにするんだ」
期末テストが近いから、少し神経質になっているのかもしれない。でも、勉強に関しては自分で頑張らなきゃな、アコちゃん。頑張れ!
それとも、何か欲しいものでもあるのかもな。それはガジュを張り付かせておけばその内判るだろう。生き物じゃないと良いな……鉢をひっくり返されたり葉を突かれたり齧られたりされるのは嫌だからなぁ。
そんな風にぶつぶつ呟く僕を、呆れた目で見て、楓ちゃんは肩をすくめる。
いいさ。勝手に呆れていれば。死神なんかに僕の気持ちが分かってたまるか。
*
期末試験が終わった。
試験勉強を頑張ったアコちゃんは、ホッとした様子で部屋の窓を開ける。すると熱く湿気った風が僕の葉を微かに揺らしていった。季節は夏を迎えていた。
もうすぐ夏休みだね、アコちゃん。と、僕は語りかける。もちろん、声は届かない。
アコちゃんの元気のない背中を見送ると、いつもの様にガジュ毛とガジュを通してアコちゃんを見守る。
ラッキー事に関しては、ガジュの方が僕よりも断然首尾が良い。僕が思いつかないようなラッキーを次々起こすガジュは、まるでディズニー映画の善い魔法使いみたいだった。
けれど、どんなにラッキーな事が起こっても、授業中のふとした時や、昼食時なんかにアコちゃんはため息を吐く。
たまにガジュの視界に天音君が映った。
天音君はこちらを見もせず、クラスメイトとカードゲームなんかをしている。オカルトに両足突っ込んでいるのを上手く隠しているのか、それとも、そういうヤツは暗いと僕が勝手に偏見を持っていたのか、意外な程天音君は明るく笑うヤツだった。
彼はあれから一度もアコちゃんに近寄っていないし声を掛けもしない。だから、アコちゃんの憂鬱そうな様子は彼が原因ではないのだろうけど……。
そうそう、憧れだった女の子との仲も良好そうだ。
昼放課の今だって、机ごしに向かい合い、額がくっつきそうなほどの距離で仲睦まじくヒソヒソ話し合っている。その様子ときたら、あまりにも清らかで美し愛らしかわいかった。
アコちゃんの憧れの女の子は、少し髪を染めていたり、化粧っけのある女の子で『大人しめのアコちゃんと気が合うのかなぁ』と、最初は心配だったけれど、すぐに姉御肌でいい子そうだと思い直した。
「アコ、お昼のパン残してたけど調子悪いの?」
ほら、結構気のつく女の子なんだ。
「うん……ごめんね。私、暗いよね」
「保健室行く?」
「身体はなんともないよ。海ちゃん……あのさ、相談していい?」
僕はピクンと反応して無い耳をそばだてる。
やっぱり何か、悩みがあるんだ!
「うん、なんぞ?」
海ちゃんは八重歯を見せてクシャッと笑い、頬杖をついた。彼女の手首で細い銀のブレスレットがキラキラ光る。お姉さん感がすごい。
そのせいか、次に聴こえてきたアコちゃんの緊張した声が、幼くて頼りなかった。
「私、嫌なところない?」
「え、特にないけど……」
「ちゃ、ちゃんと答えて。あるでしょ?」
「ええ~。もう少しスカート短ければ良いなとは思うけど……」
「スカート……?」
「うん。ダサい」
ダメだぞ!
アコちゃんのスカートの長さはそのままでいい!!
とんでもないな、この海って子は!!
「頑張ってみる。それだけ?」
「ええっと……ピアス開けたら素敵じゃない? せっかくショートヘアが似合ってるんだし」
ダメだダメだ!
身体に穴をあけるのは、大人になってからだぞ!!
アコちゃんはそのままで十分可愛いから、ピアスなんぞいらんいらん!!
「痛そうだけど」
「病院でもやってもらえるよ」
「そうなの?」
「今度付き合おうか?」
「ママに聞いてから……」
パパにも聞きなさい!!
パパは絶対ダメって言うぞ!!
ピピピピピアスなんか着けてたら、不良が寄ってくるに決まっている!!
―――カシマサン……
僕の声を唯一聴けるガジュが呟いた。最近、ガジュは良くこれを言う。きっと「チムドンドン(=僕)の言う通り」とでも同意してくれているんだろう。
「あのさ、見た目じゃなくて、私……その、皆に気を遣わせちゃっててウザいとか、暗い、とか……どうしてそんなに平気でいられるの、とか……」
「……」
優しい分だけ言葉が必要で、直ぐには答えられない質問に、海ちゃんは微かに唇を引き結ぶ。
反面、アコちゃんは捲し立てる様に言葉をポロポロ零していった。
「私、最近人に嫌われちゃったみたいで……嫌われたかどうかも分からないんだけど、その、ああ……嫌われたって勝手に被害妄想になっちゃう所も暗いよね!? でもでも、ずっと霊とか言ってからかって来てたのにさ、私、酷いって怒ってて、凄い嫌だったのに、最近急に距離取られちゃって……」
「ちょっとちょっと、待ってよアコ。全然意味が分からないよ。落ち着いて」
「海ちゃん、誰にも言わないでね。私、神楽君が好みたい」
「ええ!?」
海ちゃんはガタッと音を立てて立ち上がったが、僕はそれだけの衝撃なんかじゃ済まず、ポーンッて意識がすっ飛んで天に召されそうになった。
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