霊感とか言われても困るガジュマル

 あんなに大量の魚の目玉で、ガジュに何をしようとしているのか、そして今まさに何が行われてしまっているのではと思うと根っこから震える。僕はスプラッターが苦手なんだ。

 アレを用意する過程を想像するとゾッとする。一体何匹が犠牲になったんだ?

 話を聞いた楓ちゃんは、ガジュを早く助けに行くように僕をせっついた。

 僕にはあんなにキッパリと死の宣告をしたくせに、やたら情、情と煩い。

 僕は叫んだ。


「いやだよおおおおーーー!!」

「ガジュがどうなってもいいのか!」

「あの続きを見るの無理です、楓ちゃんが行ってください!」

「ガジュの為にもそうしてやりたいところじゃが、自ら生きている者に関わってはならんのじゃよ。嫌じゃろ、死んでないのに関わってくる死神。洒落にならんじゃろ?」

「うう……どうしても駄目ですか? かなりヤバそうな奴だったんです」


 楓ちゃんは首を横に振った。


「残念じゃが……しかしのぅ、その様な輩が娘っ子の周りをうろついておるのが分かったというのに、ソナタは臆しておるつもりかの?」


 僕はハッとした。

 そうだ。ガジュはアコちゃんの傍にいたハズで、そのガジュを捕まえたのだからかなりの至近距離にいたに違いない。アコちゃんと同じ学校の制服だったし、もしかしたらクラスも一緒かもしれない!

 アコちゃんが帰って来た時に呟いた『アイツ』とは、もしかして奴なのでは。


—――だとしたら、危険すぎる。


 僕は意を決して再びガジュの元へと意識を向けた。

 股間(もう股間でいいや)に刺さったガジュ毛が、僕の意思に従ってドクンっと脈動した。



 ガジュと再びシンクロすると、目の前に空の皿が見えた。

 大量の目玉は消えてしまっていた。

 訝しみながらも、まずはガジュの無事を確認する。


—――ガジュ、大丈夫か?

—――スー♡


 めちゃくちゃ元気な声が聴こえて、ホッとする。しかし、クチャクチャと音を立てて何か食べている様子なのが気になった。

 おい、何喰ってるんだ?

 ガジュに尋ねようとした時、ピカッと何かが光った。

 動揺したのは僕だけで、ガジュは落ち着いていて少し冷めた調子で呟いた。


—――ミーチラサン。


「ふふふ……スマホのカメラに何度やっても写りませんね」


 さっきの奴の声だ。しかしガジュは、フラッシュを浴びせてきたり、話しかけてきている奴の方を見ない。ガジュの視線は空の皿に釘付けになっていた。

 ガジュ、一体何があったんだ。ケガとかさせられていないだろうか。

 僕の心配をよそに、ガジュがスッと皿へ指をさした。


「―――オ……オオ……」


 なにやら重々しく声を出すガジュに、僕は同情する。あの目玉の盛られた皿はかなりのトラウマものだったに違いない。目玉が何処へ消えたかは分からないが、ガジュの心には一生消えない傷となって存在し続ける事だろう。

 

「……オカワリ、クィミソーレー」

「あ、おかわりはもうないんです。お小遣い今月ピンチで~」

「アキサミヨ―……クワッチーサビタン」

「またお小遣い入ったらご馳走しますね」

「シムン、マタンチャービーサ!」

「わぁ、嬉しいなぁ! 楽しみにしてます!!」


 僕はポカンとしていた。親友が今まで見た事のない笑顔を知らない奴へ向け、意気投合している場面に出くわしてしまった気分だ。

 僕はガジュの言葉がサッパリわからないのに、なんでコイツ、会話が成り立っているんだ?

 しかもガジュのヤツ、「オカワリ」って言った!

 僕はいろんな事にゾワゾワしながら、ガジュに呼びかけた。


—――オイ、ガジュ!

—――ヌーヤイビーガ?

 

 クソ、わからん。


—――お前、帰ってこれそうか?


 ガジュが返事をする前に、男が割って入って来た。


「先ほどから聴こえるこのお声は、この精霊の主様のものでしょうか?」


 ヒッ、と声を上げそうになって堪えた。

 まさか僕の声まで聴こえているとは思わなかった。本当になんなんだコイツ。

 僕は恐る恐る応えた。


—――そうだ。

「やっぱり。この精霊はキジムナーですよね?」

—――そうだ。

「では、あなたはユタですか? それとも樹木の神でしょうか」

—――じゅ、樹木の神である。


 ユタが何か分からないから、樹木の神になってみる。僕は樹木だしな!

 ガジュは黙ってくれていた。

 

「おお、樹木の神!! お、俺は神楽天音かぐら あまねと申します」


 男が感嘆の声を上げる。コイツめちゃくちゃ神っぽい名前なんだが。

 僕はコイツに恐れ敬われなければいけないと、直感した。

 そうすれば僕の言う事を聞かせて、ガジュを返してもらい、更にアコちゃんに近づかないように注意が出来る。そう考えると、途端に扱いやすそうに思えて来た。


—――ファファファ、そうだ。ぼ……我は樹木の神である。お前は直ぐにこのキジムナーを解放し、ついでに木下亜子に5メートル以上近寄るな。視界に入れるのも駄目だ。

「やっぱり木下さんは、何か心霊現象的な事と縁があるんですね」

—――え? どゆこと?

「俺はこの通り霊感のようなものがあるんですけど、木下さん……事件に巻き込まれてから、何か霊的なものの気配がしていたんですよ。それは、あなただったんだ!」


 お、おう。と、僕は口ごもった。

「霊感のようなものがある」なんて、普通だったら怪しむところだが、今の僕は正真正銘の不思議的存在だ。ガジュだってそうだ。アコちゃんには見えていなかったし、学校でも姿を見れたのはこの男—――天音君だけだろう。

 だから、僕たちと会話を交わせるコイツを怪しむ事は出来なかったし、アコちゃんに何か霊的なものの気配がしていたのだとしたら……確実に僕のせいだ。

 もしかしてそのせいでアコちゃんはコイツに仲間か何かと思われて、付きまとわれていたのだろうか。


—――お前、もしかして木下亜子を霊感仲間か何かと勘違いしてないか?


 恐る恐る聞くと、天音君は心底残念そうに声を上げた。


「違うんですか!? だって現に、キジムナーを肩に乗せて……」

—――ち、違うんだ。アコちゃ……木下亜子は霊感とか全くないし、お前と別世界の女の子なんだ。

「そ、そんな……俺、てっきり木下さんは『視える』んだと思って、『朝校門にいた霊見た?』とか『授業中、天使が教室を横切ったね』とかめちゃくちゃ毎日……」

—――いやお前、怖すぎるぞソレ……。嫌がってただろ!?

「嫌がっているのもバレたくないからだなと思って」


 そりゃあアコちゃんも毎日憂鬱なハズだ!

 しかも、彼女は僕の死を経験したばかりなのに、霊だのなんだの言われたらそらぁキツイだろ。コイツは馬鹿か?


—――お前、事件を知っているのに酷いぞ。

「そりゃあ俺だって結構勇気いりましたよ……でも、ただでさえ不安定なのに『視え』出して怖かったり不安だったりするかもって。だから仲間がいるって安心させてあげれないかなって思ったんです。まぁ、視えて無かったみたいですけど」


 嬉しかったのもあるんですけどね、と、天音君は寂し気に笑った。

 僕は少しだけ、ほんの少しだけ可哀そうに思ったが、アコちゃんに近づく男は根絶やしだ。


—――そうか、ありがとうな。でももう大丈夫だから五メートル以内に近づくんじゃないぞ。

「わかりました。樹木の神がついているなら、俺の出る幕じゃないですしね」

―――うんうん。あと、キジムナーを返してくれ。


 天音君はめちゃくちゃ聞き分けが良くて、すんなりガジュを解放してくれた。

 ガジュは変な赤い円から逃れる事ができると、ピョンピョン飛んで喜んだ。


「すみません。悪いモノかと思って捕まえてしまいました。喋り方が気になって調べたら沖縄の方言だったので、キジムナーだと判ったんです。好物も当たっていたし……明日には木下さんへ返そうと思っていたところでした」

—――そ、そうだったのか。ありがとうな……今後は人のキジムナーを気軽に捕まえるでないぞ。

「はい」


 深々と頭を下げる天音君に、僕はちょっと感動していた。

 なんだコイツ、ファーストインパクトがヤバイだけのめちゃくちゃ良いヤツじゃないか。

 こういうヤツって本当損してると思う。

 後ろ髪引かれる気分だったが、僕はガジュに「帰ろう」と促した。

 ガジュが天音に「ンジチャービラ!」と元気よく言って、ピョンと跳躍すると、次の瞬間にはアコちゃんの部屋に戻って来ていた。

 それから僕は、楓ちゃんが大喜びでガジュを迎えて、手のひらに乗せて可愛がっている間、すでにベッドの中で眠るアコちゃんの寝顔を眺めた。

 もう大丈夫だよ、と思ってから、アイツ案外良いヤツなんだぜ、なんて思った。

 君の五メートル以内に近づけさせないけどさ。

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