魚の目がたくさん

 ナダソーソーの意味くらいは僕にも分かった。

 あれは沖縄の方言で、確か……なんか悲しい時のやつだ。

 ガジュの言葉は沖縄の方言なんだな。そう気づいたものの、僕には方言を調べる手足がない。だからこれからも目玉や手足の動き、発声ニュアンスからの汲み取り式コミュニケーションになりそうだ。

 無事にガジュが戻って来たら、の話だけど。

 僕は引き続きウンウン唸って、ガジュと再びコンタクトが取れないか粘っていた。

 なんとしてもガジュを見つけ出し、僕の下へ帰らせアコちゃんが言っていた「アイツ」が誰かをハッキリさせなければならない。

 それにいくらガジュが奇妙だからと言っても、悲しんでいるのなら助けてあげたい。楓ちゃんが言う通り、僕はガジュの生みの親なんだしな。


「どうじゃ、何かガジュと通じそうかの?」


 楓ちゃんが僕に聞いた。

 楓ちゃんは死神という恐ろしい名前を背負っている割に、面倒見がいい気がする。


「全然ダメです。何かいい方法はありませんか?」

「う~む、儂は死んだ魂をあの世へ連れ帰るだけの能力しか無いようじゃの」

「無いようじゃのって、今まで自分の能力を意識した事なかったんですか?」


 楓ちゃんは僕の言葉に一瞬だけ唇を引きつらせた。図星で、しかもちょっとグサッときた様子だ。


「おかしいかの?」

「いえ……めっそうもありません……」

「ふん、言っておくがの、奇跡でふわっと思い残しを吹っ切る話は数あれど、そなたの様に図太くこの世に根付き長期戦を行おうとする者など、儂は見た事も聞いた事もないのじゃ。ほんに、厄介なヤツの担当になってしまったのう!」

「担当とかあるんですか」

「うむ。ほんにそなたは貧乏クジじゃ」

「はいはい、すみませんでしたね。ところで、僕で何人目なんですか?」


 興味をそそられて聞いてみた。

 すると、楓ちゃんは「むぐ」と、唇を歪めて明後日の方を向く。

 まさか―――と、僕は思った。

 

「……まさか」

「そ、そんな事より! ガジュじゃ! ガジュと先ほどの様に会話出来る様に試みんか!!」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ~、むふ、楓ちゃん……」


 顔を真っ赤にして話題を変えようとするので、僕はセクハラおじさんよろしく楓ちゃんを「何人目か」の話題で弄ぼうとしたのだが、彼女がセンスを振り上げたのですぐに謝った。

 楓ちゃんが「ふん、早く死ねばいいのじゃ」と言って片手で優雅にセンスを開き、赤くなった頬を仰いだその時、ひらりと一本の毛が舞い落ちた。

 それは、楓ちゃんの艶々した黒髪ではなく、タワシみたいなガジュの毛だった。

 楓ちゃんと僕は、その毛をしばらく見つめた。


「ガジュ……」

「どうしておるのか、心配じゃのう……」


 僕も楓ちゃんもセンチメンタルな気持ちになった。

 子守歌を歌ってあやした楓ちゃんは、瞳に憂いを帯びさせてガジュの毛を抓んでため息を吐く。

 そして何気なく、本当に何気なく僕の根本の土にガジュの毛を突き立てた。まるで、挿し木するみたいにだ。

 僕もなんだかその行為に自分の気持ちがしっくりきて、墓標の様に眺めた。

 するとどうだろう、土に植わったガジュの毛が、ピクピク動き出した。

 その奇妙な動き方があまりにもガジュそっくりで、僕も楓ちゃんも目を丸くして毛を見守った。

 すぐにハッとした楓ちゃんが、僕に両手をジタバタさせてボディーランゲージをする。そして口をパクパクさせた。


『は、や、く、な、に、か、す、る、の、じゃ!』


 喋ればいいのに、声を出したら不思議が消えてしまうという心持は死神にもあるのかぁ。なんて思いつつ、慌てて毛に声を掛けてみた。


「ガジュ?」


 呼びかけると、毛がクルッと振り返った。

 嘘こけ、毛がどうやって振り返るんだと言われても、振り返ったんだから仕方ない。

 毛には目玉が発生していた。でも毛だから目玉のスペースが足りなくて、毛を間に挟んで丸い目玉がくっついていた。ありていに言って不気味過ぎたし、そうくるとは思わなくて僕も楓ちゃんも「キャーッ!?」と悲鳴を上げた。

 楓ちゃんはいいよ?

 天井まで飛びのけるからさ。

 でも、僕は動けない。しかも毛はクネクネと毛をくねらし、僕の方をめっちゃ見ていた。


「お、おい、なんじゃソイツは!」


 天井に張り付いたまま、楓ちゃんが不気味そうに言う。


「わかりません、全然わかりません! ちょ、コイツどっかやってください!」

「嫌なのじゃ! 儂はそういうの無理なのじゃ!!」

「楓ちゃんがやったんじゃないですか!」


 言い合っていると、毛がにゅーっと僕の根っこに伸びて来た。


「ひぃ、ひぃ……ッ、おい、気を付けるのじゃ!」

「い、いや、いやいやいやぁ……」


 僕は葉を逆立て、一生懸命反り返って伸びて来る毛から逃れようと試みた。

 けれど、努力も空しく毛は僕の根っこの股に見えるところまで伸びて来て、プスッと突き刺さってきた。


「ギャッ!? ひぃ、ヒィン!?」


 別に痛くはないのだが、僕は驚いたのと不気味なので打たれた犬みたいな悲鳴をあげた。


「おげぇー!? だ、大丈夫かの!?」


 楓ちゃんも驚いたのと不気味だったのだろう、オッサンの嘔吐みたいな叫び声を上げて、僕を心配した。

 毛は両目を閉じてドクン・ドクン……と脈打ち始めている。


「楓ちゃん……なにか注入されている感がします。僕、どうなるんです?」


 不安な気持ちいっぱいで楓ちゃんに尋ねると、楓ちゃんは天井に顔を張り付けたまま僕の方を見もせずに小さな声で答えた。


「どうにもならんのぅ」

「酷い! 挿し木したの楓ちゃんでしょ、コイツ抜いてくださいよ!」


 と、楓ちゃんに必死で助けを求めていたその時、毛がひときわ大きくドクンと脈打った。僕の中にもその振動が来て、ゾワッとした感覚に思わず声を上げた。次の瞬間、僕は別の場所にいた。というより、その場所を誰かを通して見ていた。


 誰かを介して見える僕の目前には、黒くて長いローブを頭から被った若い男―――ほとんど子供だ。高校生くらい―――がいて、何か話しかけてきている。

 視界も音もそんなにハッキリしていなくて、ぼやけているので何となくしか分からないのだけれど、男が熱心にこちらへ話しかけているのは分かった。


―――……お会い……きて……です……俺は……。やっぱり……思っ……通り……。


 なんだ? 

 何を言っているんだ?

 そう思い耳を澄ますと、聞き覚えのある声がこちらはクリアに聴こえてきた。


―――ヤナワラバア!


 ガジュだ!

 僕は乗り出す身なんてないけれど、気持ちを前のめりにした。

 すると、シュンッと、視界が変わって再びいつもと同じアコちゃんの部屋の、ガラス鉢の中にいた。

 相変わらず楓ちゃんは天井に張り付いて、青い顔で僕を見下ろしていた。


「おい、そなた、大丈夫かの? あまりの事に、気を失ったのかの?」

「いえ……今、ガジュの声を聴きました。し、視界も……あれは、多分ガジュの視界だ……!」

「なんと!」


 僕は股に突き刺さっているガジュ毛を見た。

 きっとコイツのお陰だ。

 楓ちゃんも合点がいったのだろう。天井から下降してきて、センスで口元を隠し、しげしげと毛を眺めた。 


「ふぅむ、媒介という奴じゃの。毛は呪術によく使われるし」

「なるほど……楓ちゃん、凄いじゃないですか! 本当は知っていたんじゃないですか?」

「ん・ん~? ……まあのぅ、ホホホ!」


 ほっぺ艶々の楓ちゃんにチョロさを感じながら、僕は再びガジュとシンクロできるように集中した。

 すぐに視界がさっきの場所に変わった。

 ハッキリ見えないけれど、アングルは、アコちゃんの部屋にいる時と似ている。

 勉強机の棚の上らへんだ。きちんと片付いた男子学生の部屋みたいだ。学生だという証拠は、ブレザーがハンガーにかけられているから。アコちゃんと同じ高校の制服だ。部屋の配色はモノトーンで、壁にポスターなどは無い。大人しいか大人っぽい部類の学生だろう。

 さっきは目の前でなにやら熱心に話しかけて来ていたが、今はいない。

 部屋にはガジュだけみたいだ。

 ガジュは「ワジワジー」と苛立たし気に独り言を言っている。


―――おい、ガジュ。聴こえるか?

―――スー?

―――聴こえるんだな?

―――ハイサイ!


 無邪気にテンションを上げるガジュに、無事でよかったとホッとする。

 

―――一体どうしたんだよ? この部屋のヤツに捕まったのか?

―――ヤイビン……。ウトゥルサン。

 

 途端にシュンとした調子だ。

 一体どうして、と思っていると、こうなんです……とでも言う様にガジュが視界を動かした。

 ガジュが映したのは足元だ。白い紙の上に居る。そして、その白い紙には赤いペンで奇妙な模様の円が描かれていた。

 なんだ、これ……?

 訝しんでいると、ガジュがそっと細い足を赤い円から出した。途端、パチッと電気が弾ける様な光が散って、ガジュの足を円の内側へと弾き飛ばした。

 

―――アガーッ!

―――だ、大丈夫か!?

―――ヤムン……。


 閉じ込められている―――?

 僕はそう察した。この赤い奇妙な模様の円は、ガジュみたいな妖めいた存在を封じこめたりする円じゃないだろうか。

 僕はちょっとゾッとした。

 なんなんだ、アイツ。

 どうしたら良いかわからなくて呆然としていると、部屋のドアが開いた。

 あの男が部屋に入って来た。

 手に、布巾をかけた皿を持っている。


―――おそ……です。どうぞ……。

―――カシマサン! シナサリンド、オオゥ!?


 僕が一緒だからだろうか、ガジュはなにやら威嚇をしていて威勢が良い。

 しかし、男は「まぁまぁ」と言って宥める調子だ。

 そしてサッと皿から布巾を取った。

 そこには、大量の魚の目玉が盛られていた。

 




「ヒッ!?」

「どうしたのじゃ!?」


 思わず元の場所に帰って来た僕を、楓ちゃんが覗き込む。


「ヤバイ」

「ん?」

「ガジュのヤツ、相当ヤバイのに捕まってる!」

「捕えられておるのか?」


 僕は頷いて、ブルッと身を震わした。

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