君の為なら、僕は妖精を産める③

「ヒッヒッフー! ヒッヒッフー!!」

「全然ダメじゃ、もっと念をこめよ!」

「ヒッヒッフー! ヒッヒッフー!!」

「ダメじゃダメじゃ! どうせ出産と便通をごっちゃにしておるんじゃろ、ココに集中するのじゃ、ココ!!」


 我流で必死にいきむ僕に、死神幼女は手厳しかった。

 駄目出しの度に、人間の股みたいに見える僕の根っこの所を、たたんだセンスでパシパシ叩く。

 

「ほれほれ、そなたが言うたのじゃぞ。ここは股だと」

「あ、あ、やめてください」

「産んでみぃ、ほれ、ほれ!」

 

 キジムナーを産むと決心してから「では、どう産むか」を考えた僕は、自分の根っこに目を付けた。

 太くてうねうねと絡まり合うように根付いている僕の根っこには、まるで人間が股を開いている様に見える部分があったのだ。

 大発見とばかりにその事を主張した当初、幼女は足の沢山ある虫を見るような目で僕を見たものだった。しかし僕はめげなかった。それどころか、今に見てろよと思った。

 絶対にこの股からキジムナーを産んで見せる!

 僕の意志は固かった。

 自分の根っこの、股みたいに見えるところに心を集中させ、ウンウン唸る僕の熱意に負けた幼女は、日を追うごとに協力的になってくれた。なんかもう、早く終われ。という空気を感じないでもなかったが、それでも嬉しかった。出産は孤独だと不安だからな。

 しかし、頑張りも空しく、キジムナーは一向に産まれなかった。

 

「おっかしいなー」

「……儂も心底そなたが可笑しいのじゃ」

「妖精が生まれる条件ってなんでしょう」

「条件とな?」

「はい。神様なんだから、わかりませんか?」


 僕が聞くと、幼女は細い人差し指を頬に添えて答えた。

 派手な色の毛虫のように思っている僕に対し、なんだかんだ協力してくれて親切な幼女だと思う。


「そうじゃのう。自然に生まれる事もあれば、誰かの夢や想いから生まれる事もある……何かの出来事の必然の為、というのもあるかもしれんのぅ」

「なるほど。じゃあ、僕の出産は全てに当てはまる事になりますね!」

「恐ろしいほどの前向きさじゃの」

「僕は、神様ってもっと全能感に溢れているものだと思っていました」


 否定的な幼女にやり返すと、幼女は小さな唇をムッと盛り上がらせて目を細めた。

 人間の幼女の機嫌を損ねた様な気持ちになって、まずかったかな、と思っていると、幼女はツンと顎を上げた。


「フン、儂は死神じゃ。死神に全能感なぞ役に立たぬ。死を司っておるのじゃからな」

「そうかなぁ……死だって……ん?」


 僕は幼女に何か言い返そうとして、ハタと思考を一旦停止させた。

 それから、「そうか!」と、全身の葉を逆立てる。


「なんじゃ?」


 切れ長の目を猫の目みたいに開いてこちらを見る幼女に、僕は叫んだ。


「死神が出産に立ち会ったらダメじゃないですか!?」

「ハッ!!」

「なんかこう、同じ極の磁石みたいな感じになってる気がします!」

「な、なるほど、そう言われるとそうかもしれぬ……」


 幼女が腕を組んで考え込み始めた時、ベッドで眠っていたアコちゃんが、うなされて寝返りをうった。

 愛らしい寝顔が、カーテンの隙間から零れる月明かりに照らされる。

 アコちゃんは日中、相変わらず元気がない。

 暗い部屋に、アコちゃんが眠りながら鼻をすする音が小さく響いた。


「アコちゃん……」

 

 ツン、と、たたまれたセンスの先が僕の根っこの股みたいに見える部分を突いた。

 今までこんなに優しくここを突かれた事が無かったので、僕は戸惑って幼女を見た。


「うっわ……気色悪い視線を向けるな」

「え、すみません。今までこんなに優しく突かれた事が無かったので」


 素直に伝えると、幼女は顔を思い切り歪め、両袖で口元を覆った。


「いちいちキッショいのぅ、今夜は暇を貰う。一人で励んでみるがよい」

 

 幼女はそう言うと、ふわりと闇に溶けてしまった。

 僕はそれを見送った後、急に心細い気持ちになってアコちゃんの寝顔を眺めた。

 一人でなんて、産めるだろうか?

 僕は、少しだけあの幼女の“神様の力”みたいなものを期待して、強気になっていた。しかし、幼女は死神で、生まれる場面とは相容れない。だから僕は一人だ。そうなると、一気に弱気になった。


 ―――そもそも、元は男なのに?


 そう思って自分の根っこの股みたいに見えるところを見下ろす。


 ―――これ、股?

 ―――股があれば産めるの?

 ―――これ、股??? 


 まごまごしていると、月光に照らされ青白く光るアコちゃんの滑らかな頬に、涙が一粒、二粒と零れていった。

 アコちゃんは眠りながら泣いていた。

 僕の心の中が真っ白に……否、真空になった。

 アコちゃん、君の苦しみは一億倍になって僕を殴る。

 だから今、僕は二億粒の涙を流した事になる。

 誰かが言ってた。『涙の数だけ強くなれるよ』!!

 僕は二億強くなった。一がどの程度か知らんが、二億あればそこそこだろう。

 僕は全ての葉をザワザワさせ、叫んだ。


「アコちゃん、待ってろよ!!」


 グッと根っこの股っぽいところに力を入れる。ここは僕の股なのだと信じて。

 大きく息を吸い、吐く。その事がなんの役に立つのかは分からぬまま。

 そして、「ヒッヒッフー!」ではなく、ただひたすらに、「オラァ、来いやー!」と念じて踏ん張った。

 何が「ヒッヒッフー」だ、産まれるもんも産まれんわ!

 来いやぁっ!

 キジムナー来いやぁ!!

 真空になった僕の心の中で、愛が膨らむ。ちょっと何言ってるかわからないかもしれないけど、真空とはそういうものだ。自分でも何言ってるか最早わからん。でもこの愛の膨張感や「生まれる!」という勢いを大事にしたいと思います僕は。


「うおおおおおお!!」


 僕は葉という葉の葉脈が千切れるんじゃないかという位、いきんだ。


 死ぬまで守ると決めていた。

 けれど撤回する。

 生きていようが死んでいようが、僕は君を守る!

 君の為なら、僕は妖精を産める!!


 スポンッジュルジュルッと、何かが僕の中から飛び出し手ごたえを感じた時、僕は「ウソォ!?」と自分で自分に衝撃を受けて、意識を失った。

 そして、意識が無くなる瞬間、幼女がこの場にいないのを少しだけ残念に思った。

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