毒入り肉まんを食べたらホッとする

またたび

毒入り肉まんを食べたらホッとした

「ただいまー」

 家に帰って、手を洗いちょっと着替えて、早速向かうは冷蔵庫。

 小腹が空いたのだ。

 今日はネットリテラシーとかいう頭を使う授業で体力を使いまくった。ネットにある情報を何もかも信用してはいけないよ、という話だった。

「ふふ〜ふふふ〜」

 麦茶を飲もう。ケーキなんかあったら最高だな。ちなみに私のケーキ愛はすごい。死ぬならケーキを食べた直後に死にたい! って思うくらいにだ。そんなことを思いながら鼻歌交じりに冷蔵庫を開ける。

「おおっ、肉まんあるじゃん。母さんが買ってきてくれたのかな?」

 二つあった肉まんに手を伸ばし、一つ目を軽く頬張る。うん、美味しい。

 さてさて二個目をいただきますか……。

 その瞬間。

 ガチャ。

「あっ、おかえり」

 妹の静夏が帰ってきた。

「えっ、お姉ちゃん?」

「うん。そうだけど」

「部活は?」

「いつもより早く終わった」

「そ、そう……」

 なんだか様子が変だ。

 まあ今日に限ったことではないのだけど。

「学校どうだった?」

「普通」

「そっか」

 私と妹の静夏は一つ年齢が離れており、現在私は高校二年生。静夏は高校一年生だ。

 しかし、それぞれ違う高校に通っており、お互いの学校事情はそこまで知らない。

「えっ」

 妹が少し驚いたような声を出した。

「ん? どうしたの?」

「そ、それって肉まん!?」

「そうだけど」

「だ、だ、ダメっ!!」

「ちょ」

 静夏が私の腕を強く握り、止めた。

「静夏、何するのさ!」

「お、お願いだからやめてお姉ちゃん!」

「まさか独り占めするとでも思ったの? 肉まんは静夏の好物だし、そもそも二個あるんだからちゃんと静夏にも渡すに決まってるじゃん!」

 さらっとさっきまでの思考を誤魔化し、嘘をついてしまった私。反省。

「そうじゃなくて……」

「そうじゃなくて?」

 そして妹は真剣そうな表情で、一瞬唾を飲み、間を置いて私にこう言った。

「その肉まんに毒があるかもしれないの」


「どく? どくってあの毒のこと?」

「う、うん」

「……まじ?」

「うん」

 静夏は、冗談を言う子じゃない。だから真面目に聞くがいまいち現実味のある話じゃない。

「どういうことか説明して」

「分かった……」

 簡単に要約するとこうだ。

 この肉まんは静夏が昨日買ってきたものらしい。昨日からあったかどうかは正直覚えてないが、静夏が言うのならそうなのだろう。だが、次の日学校へ向かうと靴箱に一枚の紙が入っていたという。

『お前の家に入り込んで肉まんに毒を仕込んでやった』

 そんな内容だった。

 普通はこんなことを信じないが、肉まんの存在を知ってる、そして、静夏自身に思い当たることがある、以上の点から信じることにしたらしい。

「それ本当なの!?」

「う、うん」

「思い当たることって?」

「実は……最近私、誰かに付きまとわれてるの」

「付きまとわれてる? そ、それってストーカーってこと!?」

「そうなるのかな」

 なんてことだ。

 静夏に最近元気がなかったのも、それが原因なのだろうか?

 私は姉失格だ。何にも知らなかった。

「で、でも静夏、なんで私やお母さん、父さん。担任にだっていい。誰にも相談しなかったんだ!? それに、毒入り肉まんの紙を受け取った時点で、家族に連絡するべきだったんじゃないか!? 誰かが食べて被害が出たらどうするんだ!!」

「ご、ごめんなさい……で、でも私。このこと、誰にも知られたくなかったの。家族みんなに心配もかけたくなかったし……。それに毒入り肉まんのことだって、私がいつも最初に帰るからこっそり私が処分すれば大丈夫だと思って……」

「……っ!」

 怒りたかった。怒りたかったけど。

 そんなこと言われちゃお姉ちゃん怒れないよ……静夏……。

「あ、あのさ、静夏」

「うん……」

「静夏の気持ちよく分かった。ごめんね、お姉ちゃん、分かろうともしないで怒って……」

「そんな、お姉ちゃんは悪くないよ!!」

「ありがとう静夏……。それともう一つ言いたいことがあるんだけど良いかな?」

「う、うん」

「私、一個肉まん食べちゃったんだよね」


「えっ!?」

 妹はさっきよりも驚いた声を出した。

「だって肉まんはここに……。そ、そういえばさっき二個あるんだからって……」

 妹の呟きに不安を感じざるを得ない私。

「ええっと、あのさ。まさかだけど、静夏が買ってきた肉まんって……」

「い、一個だよ、お姉ちゃん」

「まじ?」

 じゃあこの二個目はなんなんだろう。

 それに、結局毒入り肉まんの話は本当なのだろうか?

「うーん……でもお姉ちゃんがパッタリ死んでいない以上、この肉まんは毒入り肉まんじゃないってことだよね?」

「さらっと恐ろしいこと言うなおい。——まあでも確かにそうだね」

 ということは、考えられるのは二通り。

 今、目の前にある肉まんが毒入り肉まんである可能性と、そもそも毒入り肉まんなんてデマでしかなかったという可能性だ。

「ってことはその肉まんが毒入り肉まんってことだよね、お姉ちゃん!?」

「いやいや。そもそも毒入り肉まんって話がデマって可能性もあるでしょ」

「あっ……そ、そうか……」

「それよりも。そのストーカーが誰かとかは分かるの? 誰かとまではいかなくても、外見の特徴とか」

「いや、それが分からないの。ただ、付きまとわれてるって気配がするだけで……」

「そ、そっか」

 さっき妹の悲痛な叫びを聞いた。

 誰にも助けを求められないつらい気持ち。そんな中、無力だった私。なのに今でさえ泣きそうな彼女に私はこれ以上質問攻めにできるだろうか? いや、できるはずがない。

 だって静夏はずっと私を悲しそうに見つめているのだ……。

 それは恨み? それとも……。


「お願い。お姉ちゃん。その肉まんを私に渡して」

「えっ?」

 妹は肉まんに手を伸ばそうとする。

 それをはじく私。

「ダメに決まってるでしょ!! 毒かもしれないんだよ!? 処分する!」

 でも静夏は引き下がらない。

「でも誰にも、誰にもこのことを、知られたくないの! もちろんお母さんにもお父さんにも! それに処分しちゃったらダメだよ! もしそのストーカーが誰か分かったときに証拠になるかもしれないんだから!」

 後者は一理ある。

「分かった。処分はしない。でもこんな危ないもの、静夏には渡せない」

「……私が解決しなきゃいけない問題だもの。お願い、お姉ちゃん。私にその肉まんをちょうだい。それに、お姉ちゃんは肉まんを一個食べてるんだよ? 毒入り肉まんをお姉ちゃんの近くに置けないよ」

「食いしん坊の私だってさすがに毒入り肉まんって分かってて食べるわけないだろ!?」

「そんなの分からないし……」

 一歳しか離れてないのもあるが、私と静夏は昔からそっくりだった。

 好きなことも、言動も、考え方も。

 好きな食べ物は違っていたが、それ以外はお互いに熟知できるほど共通点があった。

 そうだ。あんなに、あんなにも、私は静夏のことを知っていたのに……高校が別々になってからは、もう静夏のことが全然分からなくなっていた。

 今の静夏の発言もさっぱり理解できなかった。なぜ毒入り肉まんをそこまで手元に置きたがる。本当に私が食べるとでも思ってるんだろうか?

「毒入り肉まんって分かってて食べることは絶対にない。食いしん坊の私でも言えることだ。普通の人間ならそんなことしない。だから安心して、静夏」

「……で、でも」

 テレレレレ。

 電話が鳴る。私が出た。

「はい、もしもし?」

「あっ麻里? お母さんだけど」

「どうしたの?」

 伝えるべきだろうか……。しかし、静夏の様子……もう少し待つべきだろう。

「そろそろ帰ってるかなと思って連絡したの。昼に一回家に帰ったときに、冷蔵庫を開けたら肉まんが一個あったから、静夏と喧嘩にならないようもう一個買っておいたわ。二人で仲良く食べてね?」

「えっ、あっうん分かった」

「じゃあまたね」

 ツーンツーン。

 電話が切れた。

 そっと後ろを振り向くと静夏が心配そうにこちらを見つめていた。

「お母さんから。どうやらもう一個の肉まんは、お母さんが買ってきたものだったらしいよ」

「そうだったんだ……!」

「うん」

 謎が一個解けた。

 でも、ここまできたらもう謎を一つ足りとも残しはしない。

 私は今までの会話の中で辿り着いたある答えを静夏に問いかけることを決意した。

「静夏……。一つ聞きたいことがあるんだけど良いかな?」

「えっ?」

 間違っててほしい。

 間違ってなきゃ私は今よりも自分を責めてしまう。憎んで仕方なくなってしまう。

 でもその可能性を否定しきれないのだ。

 だから一筋の希望に縋るように、間違っててほしいと彼女に問いかけるのだ。

「ねえ静夏。毒入り肉まんって、自分で用意したんじゃないの?」


「えっ?」

 また彼女は驚いた。しかし、先ほどとは違って実に小さな声で、悲しげな声だった。

「さっきのストーカーの話、靴箱に入ってた紙の話、それも全部嘘だったとか」

「そんなわけないじゃない……!」

 私は話を続ける。

「まず疑問点が一つ。静夏は私がこの肉まんを処分しようとしたとき、こう言ったよね? 『処分しちゃったらダメだよ! もしそのストーカーが誰か分かったときに証拠になるかもしれないんだから!』」

「確かに言ったけどそれがどうしたの……」

「でも最初に私が静夏に怒ったとき、こうも言ってたよね? 『私がいつも最初に帰るからこっそり私が処分すれば大丈夫だと思って……』って」

「あっ……」

「これって矛盾してると思うけど。処分する気はなかったはずなのに、静夏が私より早く帰ってきてたらこっそり処分しようとしてたってことだよね?」

「そ、それは! お姉ちゃんと色々話したときに、考え直したんだよ! 冷静になってさ! 最初は不気味に思ったから処分しようと思ったけど、これが大事な証拠になるって気づいたから!」

「それと疑問点はまだある。毒入り肉まんなんて絶対手元に置きたくないものだ。万が一、毒で死んでしまったら笑えないし。でも、静夏は無理にでも自分の手元に置こうとした。さっきの矛盾した言葉もそうだけど、静夏は自分の手で解決したいというよりも、毒入り肉まんを自分の手元に取り戻したいように見える」

「そ、それは……!」

「そして、一番の疑問点は毒入り肉まんだと決めつけていたこと! 信じる要素がいくつかあったとはいえ、あり得るかもしれない……程度に思うのが普通だ。なのに、デマである可能性は最初からないと分かっているみたいに毒入り肉まんだと決めつける。さっき言った『うーん……でもお姉ちゃんがパッタリ死んでいない以上、この肉まんは毒入り肉まんじゃないってことだよね?』という発言もおかしい。パッタリなんて言葉を使ってるけど、毒が即死であるとは限らないじゃないか! まるで毒の種類や効果を分かってたみたいに」

「お、お姉ちゃん……」

「そして最後に行き着いた答え……。静夏、私言ったよね? 『毒入り肉まんって分かってて食べることは絶対にない。食いしん坊の私でも言えることだ。普通の人間ならそんなことしない』って」

 静夏はもう何も答えない。

 そして私は今、口にしようとしている言葉が心から怖い。

 言わずに済むなら言いたくない。

 でも言わなくちゃいけないと思うから。

 言うよ。

「普通の人間ならそんなことするわけないんだ……。そう、死のうとしている人間でもなければね……」


「ねえ静夏、答えてよ。そんなわけじゃないって言ってよ! 死のうとしてたなんて……自殺しようとしてたなんて……そんなの嘘だよね! ねえ!!」

 私の必死な叫びに、静夏は俯いてた顔を上げた。

「ごめんね、お姉ちゃん。その通りだよ。私は死のうとしてたんだ……その毒入り肉まんで」

 信じられない。

「そんな、そんな……どうして!!」

 静夏は喋り続ける。

 その内容は聞くに耐えないものだった。

「私。学校でいじめられてたの。それはもう口に出せないくらい酷い、いじめ。でも家庭は幸せだった。家族みんな優しかった……愛しかった……だから我慢できたの。どんなつらいことも。でもある日限界がきた。もうこんな人生嫌だ、って思っちゃったの」

「なら私や家族みんなに相談すれば良かったじゃない……! なんで、なんで、一人で溜め込むのよ!?」

「言ったでしょ、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんも、お母さんも、お父さんも、大好きだったの。そんな家族を悲しませること、言えるわけないじゃん……」

「……っ!」

「だからネットで買ったの。即死できるような毒。それを肉まんに入れて死のうとした。だって、死ぬなら自分の好きなものを食べた直後に死にたいでしょ?」

 あぁ……そんな言葉。

 私がさっき考えてたこととそっくりじゃない。

 やっぱり私たち姉妹は考え方も似てるんだね。

「昨日死のうとしたけど、できなかった。それは覚悟が足りなかったから。でも今日ようやく決心がついた。みんなが帰って来る前にどこかに行ってこっそり死のうとした。——だけどお姉ちゃんが帰ってきてた。挙句に肉まんを食べたなんて言うから本当に驚いちゃった。お姉ちゃんには生きててほしいの……」

 そう言って静夏は、テーブルの上の肉まんを瞬時に行動して手に取り思いっきり頬張った。

「さよならお姉ちゃん……愛してるよ」

「静夏っ!?」

 食べてしまった。

 結局。私は妹を救えないのか。

 そう思った。

 でも、天は私に味方したようだ。


「ぐっ……!?」

「えっ? お、お姉ちゃん……?」

 私はふらふらとして、床に思いっきり倒れた。

「なんで!? どうして!? どうしてお姉ちゃんが……!」

「どうやら遅効性の毒だったみたい……静夏、ネットリテラシーって知ってる? ネットにある情報をなんでも信じちゃいけないのよ?」

 まだもう少し生きていけるらしい。

 伝えたいことを伝えられそうだ。

「静夏……聞きなさい……」

「お姉ちゃん! お姉ちゃん!!」

「静夏が私たちを愛してるのと同じくらい、私たちも静夏を愛してるの……。だから、静夏が死んだら結局私たちは幸せな家族じゃない。つらいなら話せばいいの、怖いなら頼ればいいの、泣きたいなら思いっきり泣けばいいの……そして思いっきり笑って幸せになればいいの……! ねえ静夏? 私はあなたにとって立派なお姉ちゃんだったかなぁ?」

「立派だよ! 立派に決まってるじゃん!! 誰にも負けない私だけの、自慢のお姉ちゃんだから! だからお願い……お姉ちゃん……死なないで……!」

 静夏の涙が私の頬を伝う。

 なんて優しい子なんだろう。

 この子の未来を守ってゆけたことが、心から誇らしい。

「静夏……。もし私の気持ちが伝わったなら、私のぶんまで強く生きてね……お母さん、お父さんにもしっかり頼るのよ……。もう毒入り肉まんなんて食べないでね? もう死のうとなんて思わないで……!」

「うん……思わないから、思わないから! だから!」

 暖かい気持ちが心を占める。

 この子の姉として生まれて良かった。

「じゃあね静夏……。本当に良かった、静夏を守れて……。毒入り肉まんを食べたらホッとした……静夏が生きてゆけるから……。今まで、一緒にいてくれてありがと」


 静夏の泣き声が部屋中に響く。

 誰かはいつだって誰かを守るため生きているものだ。

 毒入り肉まんを食べたらホッとした 了

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