黄昏時に見る君は

みゅう

第1話 ヒルとヨル

「お、お待たせ」


 扉が開き、慌てた様子で真昼まひるが玄関から出てきた。


 真昼と僕の付き合いは長い。記憶のない零歳児れいさいじの時から数えると今年で十五年を迎える。だから登校前に玄関先で待たされても最早もはや何も思わない。


 読んでいた本を閉じ、かばんにしまう。


「行くか」

「あ、うん」


 僕が敷地外に歩き出すと、すぐに真昼がその隣に並んだ。


「今日は何読んでたの?」

「昔アニメ化した文芸部のやつ」

「あー。前にようちゃんちで見たやつだ」

「そう。それの原作」


 なぜ今このタイミングなのかは自分でもよく分からないが、急に本屋で気になって先週衝動買いしてしまった。

 まぁ、それを言ったら、僕が本を買う時は、大抵が衝動買いなのだが。


「ふわぁ」


 大口を開けて欠伸あくびをする真昼。

 彼女は万年寝不足で、いつも朝は欠伸をしている。


「気を付けろよ」


 声を掛け、ひじの辺りをつかみ、こちらに真昼の体を引く。


「わ」


 あやうく側溝そっこうに足を取られそうになった真昼が、すんでのところでそれを回避する。 

 というか、僕が回避させた。


「びっくりした」

「前見て歩けって」

「だって、涙が」


 欠伸をした拍子に出た涙をいていたせいで前を見られなかったと、真昼はそう言い訳したいらしい。子供か。


「お前そんなんで大丈夫か? もう高校生になったんだし、いつまでもポワポワしてられないだろう」

「ポワポワしてるかな? 私」

「してるだろ。この前だって、弁当箱とお菓子の箱を間違えて持ってきて、昼休み困ってたじゃないか」

「あれは、いつもお弁当が置いてある場所に、たまたま同じような大きさの箱があったから……」

「だからって間違わないだろ、普通」


 いくら大きさが同じだと言っても、見た目はもちろん手触てざわりも違うし、持った瞬間気付きそうなもんだが。


「でも、みんな美味 おいしいって食べてくれたし」

「それとこれとは話が別だろ」

「うっ」


 自分でも的外れな言い訳をしている自覚があったのだろう。僕の指摘に真昼が、一発で黙り込む。


「洋ちゃんのいじわる」

「なんでだよ。僕はお前のためを思って――」


 そう言っている間にも電信柱にぶつかりそうになった真昼を、僕はたくみなテクニックによって回避させる。


「言ってるんだよ。僕だって、毎度毎度お前の面倒みてやれるわけじゃないんだぞ」

「いいもん。高校出たら私引きこもるから。そうしたら、変な事だって起きないでしょ」

「いや……」


 多分こいつの場合、仮に引きこもっていても家の中でなんかしらの変な事を起こすだろうし、何より――


「そんなんで、どうやって生活していくつもりなんだよ。一生親のすねをかじり続けるつもりか?」

「うっ、それは……」


 どうやらこの返しは想定外だったらしく、思わず言葉に詰まり考え込む真昼。


「親のすねはかじらない」

「だったら、どうするんだよ」

「洋ちゃんに養ってもらう」

「――っ」


 上目づかい気味に発せられたその言葉に、僕は不覚にもドキッとさせられてしまった。


「ダメ?」


 そして更なる追い打ちが僕を襲う。


「……ノーコメントで」


 答えに困った僕は、咄嗟とっさにそう答える。


「えー。なんで?」

「うるさい。そんなん、今急に決められるか」


 なんて事を言っている時点で、答えは決まっているようなものだが、あえてそこはボカさせてもらう。実際に口にするのとしないのでは大違いなのだ。




 夜、夕食を終えた僕は、一人自室で机に向かって勉強をしていた。


 自分で言うのもなんだが、僕は比較的成績がいい。

 昔からテストの点数は悪くないし、中学の時の通信簿は四か五が常に並び続けていた。


 それもこれもある意味では真昼のせいだった。

 真昼はいつものほほんとしており、要領も決して良くはない。なので、放っておくと平気で悪い点を取るし、通信簿にも二や一が並ぶ。

 だから僕がテスト週間に頑張 がんばって勉強を教え、これまではなんとかしてきた。今の高校に入れたのも、半分以上は僕のお陰と言っても過言ではないだろう。


 というわけで僕は、日頃からひまを見つけては勉強をしている。日頃からしておかないと、とてもじゃないが真昼の成績を維持出来ないから。それに、僕には勉強が出来ない時間というものがどうしても存在するので、出来る時にやっておかないと、近い未來地獄を見る事になる。僕ではなく、真昼が。


 玄関の扉が開く音がして、誰かが我が家にやってくる。


 両親はすでに二人とも家にいるので、誰かが帰ってきたという事はない。というか、僕にはやってきた人物が誰なのか分かっていた。十中八九、やつだ。


 階下から話し声がしたと思うと、すぐに階段を登る音が。そして僕の部屋の扉が開く。


「よー」


 次の瞬間、何かが僕に向かって突っ込んできた。

 僕はそれを避ける――事はせず、体の向きをそちらに変えてしっかりと受け止める。


「ばんわ、よー」

「こんばんわ、よる


 抱き着いてきた夜を優しく床に立たせて、僕はそう挨拶あいさつを彼女に返す。


 夜との付き合いは長く、もうこの程度の事では微塵 みじんも心は動かされなかった。

 というか、この程度の事で動揺しているようでは、夜の相手は務まらないし、身が持たないだろう。


「よー、夜様が来てやったんだ、存分に構え」

「はいはい」


 勉強を諦め、僕は椅子いすから立ち上がる。


「今日は何をするんだ?」

「ツイスターゲーム」

「そんな物はウチにはない」

「じゃあ、オイスターソース」

「それはあるかないか分からないが、遊ぶ物ではない」

「じゃあ、トースタールーム」

「どんな部屋だよ、それ。パン屋か? パン屋なのか?」


 そもそもそんな言葉存在しないだろ、多分。


「じゃあ――」

「もういい。とりあえず、オセロでもやるか」

「オセロ? まぁ、いいけど」


 夜の同意を得られたので、机の上に置いてあったマグネットタイプの簡易オセロばんを手に取り、ベッドへと足を進める。

 ベッドにはすでに夜があぐらをかいて座っており、僕はその体面に同じくあぐらをかいて座った。


 オセロ盤を二人の中央に置く。


「どっち?」

「うーん。今日は白」


 なら、僕は黒だな。


 それぞれの石を持ち、盤上に向かう。本来のオセロなら、石を前もって石を持つ事はしないが、マグネットタイプの場合、お互いがくっついてしまうので、あらかじめ持っていた方がやりやすかったりする。


「じゃあ、私が先攻ー」


 二つの石をそれぞれ盤の中央に置き終わると、夜がそう宣言をし、早速石を置く。

 そして僕が置く。


「そうそう。なんか今日の朝、真昼に告白されたんだって」

「告白? そんなもん……あー」


 あの事か。


「あれは告白というか、どちらかというとプロポーズ……でもないけど。とにかく、告白ではないだろ」

「結婚しちゃう?」

「しねーよ。……今は」

「そりゃ、そうだ」


 僕の返答がおかしかったのか、夜が腹を抱えて笑う。


 そんなにおかしかったか? 今の。


「てか、お前はいいのかよ。その、僕と真昼がそういう事になっても」

「なんで? よーはいい男だし、二人がそうなるなら私は別に」

「そうか」


 夜にとっても無関係な話ではないわけだし、もう少し反応らしき反応があると思ったのだが、どうやら僕の考え過ぎだったらしい。


「よー」

「ん?」

「いただき」


 にぃっと歯を見せて笑うと、夜が石を盤に置き、僕の石をドンドンと引っくり返していく。


「あっ」

「油断大敵ー」


 これはもう、さすがにここからの挽回は難しそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る