テンキーの子(仮)
弥生奈々子
出会いは突然に
高校1年の夏、親の急な転勤で微妙な時期に転校することになった。
新しい家のリビングで荷解きをしていると、アルバムから1枚の写真が落ちた。
そこには、小さい頃の自分と知らない子が並んで写っていた。すると、後ろから父が話しかけてきた。
「懐かしいなその写真。もう10年になるのか」
その言葉の意味がわからず、父の顔を見ていた。
「なんだ、忘れたのか?おまえは小さい頃この町に住んでいたのだぞ。」
再び写真に目を向け、父に写真に写る子について問いかける。
「おまえたちは毎日のように遊んでいたのに…、あとはお父さんがやっておくからそのへん歩いて思い出してこい」
そんなこんなで僕は今、見知らぬ土地の散策をしている。歩くだけで思い出すわけないだろう。そう思いながら写真の謎の少女(仮にA子としよう)を想起する。
なんの衒いも無く言ってしまうと正直A子は可愛かった。セミロングの黒髪に、見る人を射抜く理知的な瞳は深窓の令嬢を思わせる。しかし表情は柔らかで、年相応の幼さが美しさと同居していた。神が何らかの試練を与えて時の経過の残酷さを際立たせない限り成長した姿もさぞ美しいだろう。
「でもなあ」
いや、だからこそと言うべきか自分が覚えていないのが疑問である。成績は中の上で決して頭がいいわけではないがしかし、女っ気のなかった生活にあった唯一と言っていい華を忘れてしまうのだろうか。何か理由があるはずだ。例えば、幼い頃の心的外傷は自動的に脳が忘れるよう働くらしい。
これが極端な例にしても何か―――
「ちょっとどけどけどけ! そこの奴、ホントに邪魔!」
切羽詰まった声が脳内会議を中断させてきた。それと同時に身体は浮遊感を感じる。
結論から言おう。僕は新天地で、自転車にひかれていた。
「だっ、大丈夫ですか!?」
そう言って近付いてくる女性は自分と同級生か年下くらいだろう。
「すみません急いでて…怪我とかありませんか…?」
そう問いかけてくる女性に怪我がないことを伝え、その場を去ろうとした時ある事に気がついた。
この場には僕以外に女性1人しかしかいなかった。
確か僕は、2つの違う口調を聞いたはずだ。しかし、ここに居て自転車のハンドルを持つ者は丁寧口調の彼女であり、乱暴口調だった忌まわしき奴が見渡す限りいない。
ん...こんな違和感が以前に..も..痛たた、やっぱり何処かを打撲してしまったのだろうか、頭と胸の奥が痛む。...なぜ胸の奥なんだ?
ーーー痛みについて考えるのはやめよう。考えても痛みが消える訳では無い。今の状況をもっと冷静に見るべきだ。女っ気のなかった生活に、今、この瞬間、女性から声を掛けられた。新天地になり、気分も爽快!...事故にあったが。ここで僕は、積極的になり、新しい出会いのため頑張るべきだ。
ズボンについた土をはたきおとし、彼女を見てみた。
そこに立つ彼女は正しく現代に染まりきったとも言うべき容貌だった。
髪は外界の景色には溶け込まぬ黄金に輝き、肩にまでかかる長さでうねっていた。
顔は整っているように見えるが女性というものは怪盗二十面相よろしく変装が得意と聞く(二十面相は確か複数人説があったか)。事実この容貌で先程のような清楚で華奢な黒髪ロングの女史がする様な声掛けが出来るのだから驚きである。
笛の音のような可憐な声とは裏腹に目の前に立つ彼女は男を知りきったといった感じだ。スカートが短い。
「あの~?大丈夫ですか?」
「へっ!?ひゃっひゃい大丈夫でしゅ。」
やらかした。つい頭の中で生まれた理想像とも言える女史と目の前に立つ彼女を比べ現実という厳しさに面食らい呆然としていた。
それだけでなく異性と会話など数年ぶりだったので酷く噛んでしまった。これでは不審者と思われるやもしれぬ。いや、そもそも無言でジロジロ見てくる男など女からすれば不審者である。
「あ、あの…」
「くふっ」
アハハ、と彼女は笑いだした。
「噛みすぎでしょ…ふふっ。」
これが彼女とのファーストコンタクトでありワーストコンタクトだった。
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