置いてけぼり
彼女との再開は意外とすぐだった。
転校初日に担任と共に教室へ向かっていると後ろから大きな足音が聞こえた。
足音の正体を知るために振り返ると彼女がいた。
彼女も気づいたのか手を振る素振りを見せたが
「おまえ、また遅刻か!」
彼女はそれに反応し
「まだ出席とってないからセーフでしょ」
彼女はそのまま走り去った。
「それはおまえの言うセリフじゃねぇだろ」
担任がそうつぶやくと僕に一言の謝罪を述べ足を運び始めた。
「今日からここが君の教室だ。皆優しいからすぐ仲良くなれるよ」
そう担任は言い、教室の扉を開いた。クラス全員の視線を受け、たじろいでいると彼女が座っていることをすぐ発見することができた。
彼女は小さく手を振ってくれていた。
そこからは一通りの自己紹介を終え、休み時間を迎えた。
結論から言えば僕の晴れ舞台ならぬ荒天舞台の、新しい仲間への自己紹介は上手くいったとは言えなかった――最悪は回避したが、上首尾でなかったことは紛うことなき事実である。
出来る限りありきたりで、没個性的な人間像を生み出すことを愚策した僕だけれど台本以前の問題だった。開口一番声が裏返った。何を言ったかすら最早覚えてない。
大体80個の目が僕の方を向いている現実にこっちが目を剥きそうになった。逆上もいい所だ。
搦手なしの自己紹介で舌が絡まった。噛みすぎてまともに言えた言葉の方が少ない。恥ずかしくて逃げ出さなかった自分を褒めたいレベルだ。
お前はよくやったよ。よくなかったけど。
しかしまだ致命的なミスを犯したわけではない。失笑の的にはなったが嘲笑はされていない。道化師になっただけだ。
人間関係は下に見られるくらいで丁度いい。
実際は浮いているわけだが。
それに僕は転んでもタダでは起きなかった。自己紹介中にクラス内の大体のカーストを見極めていた。
波風立てずに目標を立てよう。まずは2人組を作る時に1人にならないように。
まあ、転校生なんて珍しいもの1人くらい話しかけてくれるだろ…そう思い席に着いて数分がたった。
「誰も話しかけてくれない…」
早くも孤立しかけていると隣から声をかけられた。
「早くもぼっちになりかけてるね」
やはり!転校生というステータスに興味を示さない人間は居ないな。
僕は第一印象を良くするためニヤける顔を抑え、爽やかな笑顔を作ろうと力を込めた。
「ん...ふふ、まだ緊張してるのかな?面白い顔になってるよ。」
話しかけてくれたのは、知った顔であり何も知らないが、忘れられない出会いをした彼女だった。
彼女は僕に手本を見せるように微笑み返してくれたが、どんな人でも警戒心を解きそうな柔らかい笑顔を見せられては参考にならない。
僕はその笑顔に魅せられていた。
「っと、もうこんな時間か…」
なんて言って彼女は立ち上がった。
「ど、どこに行くの?」
もうすぐ1時限目の筈だ。気だるげに彼女は答える。
「ん、テキトーにブラブラと。」
どうやら、彼女は生粋のヤンキーだったらしい。
時は進んで昼休み
彼女は帰ってこず1人寂しく教科書と睨めっこをする時間が過ぎ去ったようだ。
さあ、ここからが問題である。通常転校生というステータスに興味を示す人間は一定数居るだろう。
そう、通常であれば。
授業終わりの休み時間のうちに話しかける者は誰もいなかった。その理由は、頭の隅では分かっていた。声が上擦った僕を見た彼らは思ったのだろう。此奴はヤバい。そんな奴に話しかける者は誰もいなかったみたいだ。薄情者共め。
ならば、自分から行動する他ないだろう。教室を一望した時にある程度目星はつけておいた。
先ずは普遍的なグループに行くしかあるまい。
賑やかそうに話してる男子生徒達へ努めて普通に話しかけてみた。
「やあ、1人で居るのは寂しくてさ。よかったら一緒にご飯を食べてくれないかな?」
よし、どもらなかったぞ。
「う、うん。いいけど…」
? けど?けどといったか?もしかして等価交換として何らかの対価が必要だと?飯食うだけで?僕そんなヤバいやつかな?
「な、なにか?」
「橘さんと話してたけど…もしかしてそういう方?」
「橘さん…とは?」
質問を質問で返すと男子生徒は少し驚いていたが、急に友好的に
「いや、やっぱり何でもない。購買なんだけどいいかな?」
彼らは何事もなかったかのように昼飯の準備を始めた。
彼らと共に購買へ向かっている途中、出身や趣味などを聞かれた。正直に返答をしながら昼飯を買い、教室へ戻ると女子生徒の 何人かがドアの前で立っていた。
女子生徒の一人が近づいてきて
「橘さんがいると迷惑なのよ。どうにかして!!」
「いきなりそんなこと言われても」と思いつつ、周りに押されながら教室へ入った。
彼女が僕の席に座っていた。
彼女はこちらに気づき、手を振った。
「おーい、待ってたぞ。いろいろ聞きてぇことあんから付き合えよ」
後ろの友人候補達に状況説明を求めようと振り向くと彼らはいなかった。さらに女子生徒達は鋭い目線を受けることになり、急いで目線を戻そうとすると彼女の「いくぞ」と声と共に腕を引っ張られた。
彼女の強引な誘いを断れず、流れに身を任せていると屋上へと連れて行かれた。
屋上に上がる間会話はなく、手持ち無沙汰な僕にできることは前を歩く彼女を眺めることくらいだった。彼女――橘さんは見れば見るほどステレオタイプな不良だった。詰められたスカート、濃い目の化粧、明るく染められた頭髪。典型的すぎて逆に不自然さまで覚えるレベルだった。言うなれば本物をコピーするのに苦心した模造品みたいな。考えすぎか。どんなに余裕振ったところで僕みたいな人間からするとかなり怖いし。今も心臓がbpm120でフル稼働している。
いや、挨拶時とファーストコンタクトの印象はそこまででは無かったのだが雰囲気が変わっている。これは早くも僕の脳内カーストを変更しなくては。
そもそも、唯々諾々と着いていってるが屋上なんて解放されてるものなのだろうか。正直アニメの中の絵空事だと思っていたが…なんてウダウダ考えていると屋上の扉前に到着した。
その扉には当然の如く立入禁止の張り紙が貼られていた。
ドアにはやはりと言うべきか鍵がかけられていて内側から開けることは出来なかった。
「残念、これじゃ入れないね」
そう言って教室に戻ろうとするが彼女はまだドアの前に立っていた。
「ほっ!」
あろう事か彼女は蹴り一発で鍵のかかったドアをこじ開けてしまった。
...白!?不可抗力だ!仕方ない!僕は自己弁護する。
「ここのドアは簡単に開くから覚えていた方がいいぞ。」
彼女は肩の力を抜くように大きく背伸びをした。日頃からこんな方法で屋上に入ってるから、ドアの鍵が仕事しなくなったのでは...
「ここは人が居ねぇから落ち着くだろ。私おすすめのリラックスポイント。」
「そ...そだね。あはは...」
蹴りを見た、見えてしまったあれによって僕の中では恐怖と後ろめたい気持ちがあり、目が合わせられない。
「いろいろ聞きてぇが、今一番知りてぇことから聞くぞ。」
彼女の目は真っ直ぐ僕を捉えている。
「…………。」
「…………………?」
見つめ合って数秒。彼女は目を見据えた状態で何か思案している。
……ダメだ。人と目を合わせ続けるのはつらい。
「………たか?」
「はい?」
「今…見たか。」
…………いや違うんですよあんなの不可効力でしたって。少なくともそんなスカートで蹴りを繰り出すのが悪いんですよ。
「……見ました。」
「どうだった?」
「良かったです。」
一体なんのプレイをさせられてるのだろうか僕は。
「それだけ?」
「へ?……えーと少し幼い感じなんですね。」
いや、聞いてきたのは向こうだから。僕は悪くないから。
「あたりまえだろ。子供の頃の物なんだから。」
「そんな長く使ってるんですか?!」
「……お前、覚えてない?」
「…パンツをですか?」
ヤンキーと言うより痴女だったみたいだ。
「パッ⸝⸝⸝もういい!」
そう言って蹴破られた扉へ向かう彼女を止めようとして首筋にあるペンダントにようやく気づいた。
彼女にペンダントのことについて聞くと、彼女の雰囲気は先ほどと変わり、落ち着きのある声で話しかけてきた。
「ついてきて…」
その声に導かれるまま、屋上へ出ると街全体を一望することができた。
言葉を失い、見惚れていると
「懐かしいでしょ…昔一緒に過ごしたよね」
彼女はそう言いつつ胸元のペンダントを見せながら、向き合う形となった。彼女の真剣な瞳には潤いがあった。
「ほんとに生きててよかった…」
その言葉に戸惑いつつ、本質に気付けずに立ち尽くしていると
「ごめん、」
彼女は唐突に走り出し、僕はなにもできなかった。
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