■第二信②

 一方、荘はそんな凪の内心を見透かしつつ、何としても自分の流儀に従わせてやるとでも言いたげな、不敵な面構えを崩しませんでした。二人は若干の距離を置いて、静かに火花を散らしました。軍配は、どうやら荘に上がったようです。凪は視線を逸らして瞬きし、改めて彼を一瞥すると、右の拳で頬骨の辺りを擦りました。単なる癖ですが、そこに横一文字の浅い傷を作って以来、痛痒いたがゆいのか、しばしばこうした仕草を繰り返すのです。凪は右手を下ろすと、今度は左手をグッと握り締めました。真鍮のナックルダスターがトロリと光りました。その動作は荘に対する宣戦布告と受け取れましたが、僕にはそれは武器よりも、むしろ細い指を縛める拘束具としか映らず、とても痛々しく思えるのでした。

 凪が金のピアスを煌めかせてスタスタきびすを返すと、陸が急いで後を追いました。

「どういうこった?」

 海は頭はいいのですが、ちょっと口下手なので、僕が代わりに荘の質問に答えました。

「基本、双子のどちらかが凪を護衛するんです。適当なタイミングで交替して。状況によっては二人ともはべります」

「何だ、そりゃ」

「隙を見て凪にケンカを吹っかけてくる連中がいて。凪だって充分賢いし、強いけど、さすがに取り囲まれたら厄介だから、のいい二人が睨みを利かせておくんです」

 そのときも、反・凪派のリーダー格のげんと、彼の側近であるさいろうが、ニヤニヤしながらこちらに目を向け、何やら小声で話していました。

「フン、金剛力士ってか」

 不穏な空気が流れ始めたのは徹じいの前任者が亡くなってからでした。僕たち二十数名はザッと三つの集団に分裂したのです。凪を中心とするチーム、つまり僕らと、反・凪派、そして日和見グループで、比率はおよそ1:1;0.5といったところです。徹じいは僕たちの融和を望んだものの、じきに諦めた様子でした。

 徹じいの思いつきで、僕らは荒れた庭園を耕し、僅かに残っていた植物を蘇らせ、増やして、遠い目標ですが自給自足の生活を指向し始めました。格別楽しそうでもないけれど、凪は土と向き合うことで内省する時間を持てるのが気に入ったらしく、真摯に取り組んでいます。僕や陸海兄弟も。

 ですが、一心に耕具を振るう僕らをバカじゃないかと嘲笑う面々がいるのです。鳴鐘と同じく、徹じいは提案しただけで強制しなかったので、作業に従事するかしないかは一人一人が自由に決めればよかった。参加しないなら黙ってりゃいいのに、遠巻きに囃し立てる愚か者どもがうるさくて。腹に据えかねた凪が、ある日とうとう、そいつらを殴る蹴るの大暴れ。結果、対立は更に深まりました。

「後は好きにしろ。用ができたら呼ぶ」

 僕と海は顔を見合わせ、小さく頷いて階段を下りました。

「どうする?」

「海は?」

「ジム」

「あ、そう」

 海は「どうしてついて来るんだ」という目色。僕がトレーニングなんかしないのを知っているからです。ちょっと凪の様子を見たかったのです。僕らは渡り廊下を歩いて別棟へ移動しました。陸と凪はTシャツに短パンという格好で各々マシンに向かっていました。陸もまた、「おまえ一体何しに来た」という表情を浮かべましたが、凪は手を止めず、僕などまったく無視して汗を流しているのでした。僕は壁に寄りかかって三者三様の動作を眺めました。が、やはり視線は凪の上で長く留まってしまいます。

 凪はレッグプレスというマシンのシートに着座し、呼吸と共に脚を伸縮させ、ウェイトを上げたり下げたりしていました。例の殴る蹴るの後、キックを強化する必要がある——と、不敵な笑みを浮かべていたのを思い出します。僕は、凪が肉体的にも精神的にも傷つくことを望みませんが、時と場合によって暴力の行使は致し方ないと考えます。いや、真面目に勉強する、あるいは立ち働く者を、冷やかしたりからかったりする方がおかしいという凪の理屈は正しいのだから、誤った人間には制裁を加えるべきです。やり過ぎてケガさせるとか、最悪、死に至らしめてしまったとしても。

 おや、眉をひそめていらっしゃる……。

「……あ、いた。詠、ちょっと来て」

 卓が呼びに現れたので、その場を離れました。図書室での調べ物について訊きたいことがあるというので、ついて行き、用が済んだ後は部屋に戻って、この手紙を書き始めました。そうそう、発送は週一回というバッチ処理なので、僕の気分と筆の運び具合によって、複数同着の可能性が大いにありますから、順番がわかるよう、封筒に通し番号を書いておきます。どうぞよろしく。


                                  詠より

                                   敬具

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