第72話 ヘレンちゃん。真実の愛です
<西宮陽(にしみや よう)視点>
僕と佐々木瑞菜(ささき みずな)さんは豪華客船『オーシャン パラダイス号』の屋外プールにいた。お酒が飲める年齢ではないので、トロピカルジュースを片手にデッキチェアに寝そべり、南国の夜空を眺めている。
「東京の空と違って遮るビルや邪魔な明かりが無いので星が良く見えますね」
「はい。天の川に手が届きそうです」
星々に彩られた世界で、天に向かって手を指し伸ばす瑞菜さんの姿の神々しさにしばらく見惚れる。月明かりに照らされて水着からのぞく瑞菜さんの白い素肌が青白く輝く。黒髪が潮風に揺れる。
「私ばかりを、そんなに見つめないでください。恥ずかしいです」
「ごっ、ごめんなさい。国民的無敵美少アイドルと呼ばれている佐々木瑞菜さんと二人でこうして過ごしているのが、今更ながら信じられなくなります。あまりに幻想的すぎて、目を離したら消えてなくなるんじゃないかって心配です」
「じぁあ、消えない様にしっかりと捕まえてください」
瑞菜さんが手を伸ばして僕の手を握った。白くて細い手をギュッと握り返す。やわらかくてスベスベしている。僕は幸せをかみしめた。
「ダン・B・リトルさんをはじめ、沢山の資産家さんを説得できたみたいですね」
「はい。クラウドファンディングだけでは数千万円規模の事業が限界でしたが、内容さえ良ければ数億円単位のことができる様になりました。なにより大手企業との交渉がやりやすくなりました。彼らをつてにして、今後は『YADOYA』を使って世界中の資産家とプレゼンテーションを行います」
「陽くんがとっても大きな人に見えます。このまま、手の届かない世界に行ってしまうんじゃないかって、こっちがおかしなことを考えてしまいます。陽くんと出会って、私、弱くなったように思うんです。無敵美少女のはずなのに陽くんを誰かに取られちゃんうんじゃないかって、気が付くと心配している自分がいるんです」
瑞菜さんが僕の手をギュッと握り返してくる。彼女の気持ちが嬉しくて僕も手に力を込める。
「大丈夫です。僕の全ては瑞菜さんのものです。瑞菜さんがいなければ今の僕は存在できないし、瑞菜さんなしで僕は生きる意味を持たない」
「ふふっ。陽くん、色々な人と出会って口が上手くなっていませんか。もう、私の心は蜂蜜みたいにあまーくとろけちゃってます」
その時、黒い影が物陰を縫う様に動いた。繋いだ僕たちの手を振りほどく。
「だ!か!ら!主役を差し置いて脇役が勝手に二人の世界を作らないでくれる」
「ヘレン・M・リトルちゃん?」
どっ、何処から現れたんだ。神出鬼没過ぎる。
「主役と言えばヘレンに決まっているじゃない。庶民がこんなロマンチックな場所で二人っきりでイチャイチャするなんて許さないんだから。ここは王子様とお姫様であるこの私が愛を語らう場所なのです」
「あら、王子様はどちらに」
瑞菜さん。どうしたんですか。ヘレンちゃん相手に瑞菜さんらしくない。
「ミスター、ヨウ。今晩からあなたを私の王子様に任命します」
「はあっ?えっ?ヘレンちゃん。意味がわかりませんが・・・」
「意味など、どうでもいいのです。先ほどのお食事会で私の直感がビビッときたのです。恋に理屈は要りません」
「ヘレンちゃん。恋人は一方的に任命するものじゃなくてよ」
「私に任命されて断った男の子は今まで一人だっていないんだから。ねぇ、ミスター、ヨウ。アナタもそうでしょ!」
「お断りします」
「はっ?へっ?何で!うっそ!私の聞き違いよね」
「聞き違いじゃありません。もう一度言います。ヘレン・M・リトルの王子様をご辞退いたします」
ヘレンちゃんはプールサイドの冷たい床に突っ伏して、拳を見詰めて強く握り締めた。何だか芝居がかっている。
「・・・。くっ、どうなっているの?この私がフラれるなんてことがあろうはずがない。執事はいないか!ヤナイ、ヤナイは何処じゃ」
プールの入り口にいた黒い影がススッと動く。お二人とも忍者ですか?動きが変と言うか、恥ずかしい。残念な感じが痛々しいんですけど。
「ハッ。姫(ヘレン)様!お呼びですか?」
あっ!ダン・B・リトルのお食事会で欧米系のスタッフに混じって僕を睨んでいた東洋系の青年。彼が彼女の横で膝まづいてキメポーズ。ヘレンちゃんの執事だったのですか?真っ黒の燕尾服姿がプールサイドと言う場所に相当に不釣り合いなんですけど。
「矢内真司(やない しんじ)!これは異なこと。ミスター、ヨウがわたくしの申し入れを断ったぞよ。どのような理由か説明せい!」
えっ!彼が説明するの?そんな遠回しな。彼とは一度も話したことがありませんけど。
「姫(ヘレン)様!失礼ですが、西宮陽(にしみや よう)様は愚民の出です。姫(ヘレン)様のようなご身分の高い高貴な人間ではない事を案じられたものかと」
高貴?ご身分?なるほど、そう言うことですか。ならそれに乗っからせていただきます。
「そうです。ヘレンちゃん。僕の様な身分の低い田舎者の相手をせずとも」
「身分が違うからこそ燃えるのです。恋とはそう言うものです。違いますか?」
「陽くんには私と言うフィアンセがいるんです」
「瑞菜さん・・・」
「障害は恋のビタミン剤。国民的無敵美少女アイドルかなんか知らないけど、負けませんわ」
「僕なんかよりこちらの青年の方が」
僕はヘレンが矢内真司と呼んだ燕尾服の青年の腕を取って彼女に握らせた。僕の勘に間違いない。
「何をバカな!使用人と恋に落ちるなんてみっともないまねはできません。私のプライドが許しません」
言葉とは裏腹にヘレンの様子がおかしい。真っ白な肌がピンク色に上気している。
「それこそ偏見です。より高い障害を乗り越えてこそ真実の愛が芽生えるのです。僕なんかと遊んでいる場合ではありません。愛は恋に勝ります」
勢いに任せてとんでもないことを言っているかもしれない。しかし、今、怯(ひる)んだら負けだ。
「真実の愛?」
「そうです!ヘレンちゃん。真実の愛です」
「西宮陽!僕はアナタが大嫌いです。オチャラケはここまでです。僕は実力でヘレン・M・リトルのハートを射とめて見せます」
「やっぱり・・・」
「余計なことはしないでください。西宮陽!僕はアナタに恋敵(ライバル)として宣戦布告をします」
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