第70話 おばさんって言ったな!
<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>
耳の中をコショ、コショされるなんて小学校以来です。くすぐったくて気持ちいい。西宮陽(にしみや よう)くんの膝枕は太陽の匂いがします。ふわーって心も体も綿菓子みたいに溶けちゃいそうです。
「瑞菜さんの耳って可愛いですね!」
「耳に可愛いとかあるんですか?」
「そりゃあ、ありますよ」
「耳なんて、みんな同じに見えますけど。そうだ、私、耳たぶが小っちゃいんですよね。福耳じゃないんです」
「耳たぶ、引っ張ったら伸びますかね」
悪戯っ子みたいに無邪気に微笑む陽くんは久しぶりです。真面目な横顔も良いけど、ちょっとふざけた顔も可愛いです。
「止めてください。伸びませんから」
「いやっ、アフリカの部族で耳たぶを引っ張って伸ばす風習があるって聞きました。首輪を沢山はめて首を伸ばす部族とか、下唇に皿を入れて伸ばす部族もいたかと思います」
「耳たぶも、首も、下唇も伸ばさなくていいです。もう十分に国民的美少女なんですから。陽くんはそんな変わったアフリカの部族が好きなんですか?」
「瑞菜さんが完璧すぎるから・・・。ちょっと悪戯してみたくなっただけですよ。ほら『クレオパトラの鼻がもう少し低かったら、世界の歴史も変わっていたであろう』ってパスカルも言ってますし」
陽くんが私の鼻を摘まみました。私は陽くんの膝に乗せた頭を左右に振った。
「もう、止めてください。私の顔で遊ばないでください」
「ハハハ。冗談ですよ。瑞菜さんって、どんな顔をしても美少女なんですね。僕の心を虜にします」
「もう、恥ずかしいことを言わないでください」
「瑞菜さん」
うわっ!陽くんの顔が真剣になりました。かっこいいです。ひやっ!迫ってきます。どうしましょう。私、キスされるかもです。ドキドキです。
ピーン、ポーン!
呼び鈴が鳴りました。良いところなのに誰ですか。邪魔しないでください。
ピーン、ポーン!
「お客様が来たようです」
陽くんは立ち上がって客室(キャビン)の入り口のドアへと向かいました。
ガチャ。
ロックを外す音が響いてきます。
「ハーイ!ミスター、ヨウ。こんにちは」
銀髪の少女が慌ただしく駆け込んで来ました。欧米人にしてはシミもソバカスも、何一つない真っ白な肌。大きな青緑色の瞳。筋の通った鼻。細長い手足と小さな頭。まだ幼さが残るけど、女性の私でもその美しさに心を引かれます。彼女が私の前に立ちます。
「ミスター、ヨウ。この人、誰?」
「佐々木瑞菜(ささき みずな)さんです」
「・・・」
彼女が私の顔をキッと睨み付けています。何だか嫌な予感がします。
「こんにちは。佐々木瑞菜です。よろしくお願いします」
「ふん。メイドにしては可愛いわね」
「メイド?違います」
私は負けずに睨み返した。ちょっと大人げないことは分かっていますが、最初が肝心です。陽くんが二人の間に割って入ります。
「瑞菜さんは僕のフィアンセです」
「フィ、フィアンセ?婚約者?婚前旅行?・・・。いやらしいわね。英国淑女(えいこくしゅくじょ)であるこの私、ヘレン・M・リトルは、このような破廉恥な行為を絶対に認めないんだから」
どこかで聞いたことのあるような話し方です。陽くんの幼なじみ、森崎弥生(もりさき やよい)さんと陽くんの妹、西宮月(にしみや つき)ちゃんをミックスしたような、お茶目な子が現れました。
でも、でもです。そんな事よりヘタレな陽くんが、私を『フィアンセ』って言ってくれました。とっても嬉しいです。幸せ過ぎて泣いちゃいそうです。私は陽くんを見つめます。陽くんも私を見つめ返してくれています。
「ちょっと。脇役のお二人さん。主役のヘレン・M・リトル様を差し置いて、勝手に二人だけの世界を作り出さないでくれる!」
「陽くん・・・。この子、何者なんですか?」
「イギリス王室ともゆかりのある名門、リトル家を知らないなんて、愚か者ね。世界経済を陰で操るとまで言われている投資グーループの総帥、ダン・B・リトルお爺ちゃんの孫のヘレン・M・リトル様がこの私よ!さあ、ひれ伏しなさい。愚民たちよ。おほほほほほ」
「陽くん。この子、顔とスタイルが飛びぬけて良い分、残念さが引き立っているんですけど」
「ざ、残念って言ったなー。このおばさんが!」
「おっ、おばさんって・・・。おばさんって言ったな!始めて言われたんですけど。すごくショックです。もう許しません」
「まあ、まあ。瑞菜さん許してあげてください。ヘレンちゃんはまだ、14歳なんですよ」
「ブァーン!ミスター、ヨウ。ヘレンね、ヘレン、このおばさん嫌い!」
私は思わず彼女を睨み付けてしまう。陽くんの後ろに回って隠れるヘレンちゃんは月ちゃんみたいだ。
ピーン、ポーン!
今度は誰ですか!今、取り込み中なんですけど。
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