Season2

第69話 クールな横顔に私はメロメロなんです。

<佐々木瑞菜(ささき みずな)視点>


 季節はあっという間に過ぎ去り、もう直ぐ10月を迎えようとしています。西宮陽(にしみや よう)くんの作ったカフェ『YADOYA』は連日、色々な人が集まってきて賑わっています。活気と熱気に満ちている姿を見ると『私もお仕事を頑張らなければ!』と勇気と元気をもらいます。


 のはずですが、今、私はベッドで気持ちよさそうに寝ころぶ陽くんの頭を膝の上にのせて、耳かきをして上げています。窓の外には突き抜けるような青空に、真っ白な雲がゆったりと風に運ばれて行きます。のんびりとした時間が室内を支配しています。


「ねえ、陽くん。目的の人は見つかりそうですか?」


「はい。想定以上の成果が出そうです」


「良かったです。どうしたら、こんな奇抜なアイデアが浮かんでくるんですかね。陽くんは本当に仙人みたいです」


「そんなこと無いですよ。8月、9月ととんでもなく忙しかったので、瑞菜さんとのんびりしたかっただけです」


 陽くんは私の膝枕の上で大きくあくびをしました。何だか今日の陽くんはとっても可愛いです。私は耳かき棒で陽くんのお耳をお手入れしながら言いました。


「はい、おしまい。交代の時間ですよ」


 ふふっ。今度は陽くんの膝枕で私の耳をお掃除してもらう番です。へへっ。二人っきりの空間ですから。窓の外に特ダネを狙うパパラッチもいません。て言うか、いる場所そのものがありません。


「ありがとうございます。とても、まったりできました」


 陽くんは起き上がると窓に向かって歩き出しました。私はベッドに座って彼の後姿を見つめます。強い日差しが差し込んで陽くんの姿をシルエットに変えます。西宮陽くん。国民的無敵美少女アイドルこと私、佐々木瑞菜(ささき みずな)が選んだ男の子は、溢れる光に包まれた天使様に変わりました。


「せっかくだから、少し窓を開けましょう。潮風が気持ちいいですよ」


 ロックの外れるカチリと言う音まで高級感が漂っています。風が爽やかな潮の香りを運んで来ます。外に広がる大海原。灼熱の太陽。そう、ここは常夏のハワイへと向かう豪華客船『オーシャン パラダイス号』の客室(キャビン)の一つなのです。


 全長366メートル、全幅49メートル。巨大なショッピングモールを、そのまま海に浮かべたかのような船体には、屋外と室内の二つのプール、テニスコート、フィットネスジムにダンスホール。アクティビティ満載で、まさに『海に浮かぶリゾートアイランド』そのものなんです。


 世の中の贅沢を全て詰め込んだ場所。船内とは思えない豪華なブランドショップやレストランの数々。外洋に出てからはカジノも始まりました。ここは特別なお金持ちだけが集う場所なのです。


 陽くんはベランダの手すりにつかまって、青く輝く海を見つめています。普通なら新婚旅行だってこんな贅沢はできません。私は彼を追って横に立ちました。


 手すりに置いた陽くんの手の上に自分の手を重ねます。もう何度もやっているのに未だにドキドキします。陽くんは私の肩をそっと引き寄せてくれます。ああ、なんて贅沢な時間なんでしょう。幸せと言う言葉だけでは語りつくせません。


「今頃、私立修学館高校の生徒たちは、教室で授業の真っ最中なんでしょうねー。忙しすぎて気にしていられませんでしたが、変な感じですね。いつの間にか色々な人に頼られて、知らず識らずに別の世界に飛び出しちゃった気分です。ちょっと怖いくらいです」


 遠くを見つめる陽くんの横顔は少し寂しそうです。長いまつ毛が潮風に揺れています。動き出した歯車が陽くんの意志とは別に、あっと言う間に、彼を責任のある立場に押し上げて行く。私はその恐ろしさを良く知っています。私は彼の手をギュッと握りしめました。


「大丈夫です。私も一緒ですよ」


「瑞菜さんは中学1年生の時から、こんな世界にいたんですね」


「はい。国民的無敵美少女ですから」


「瑞菜さんに負けているわけにはいきませんね。僕も頑張らないとです」


 陽くんは過去の郷愁と現在の恐れを断ち切るかのように、エネルギーに満ちた常夏の世界を見すえます。まっすぐ前を向く大きな瞳に光が宿ります。そのクールな横顔に私はメロメロなんです。国民的無敵美少女の私がです。


「あのー。あのですね。陽くん、私の耳かきを忘れていませんか」


 陽くんは顔を真っ赤にしています。ふふっ。とっても可愛いです。私はこの幸せを一生忘れません。

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