第68話 陽くんの笑顔はみんなの太陽だ。

<森崎弥生(もりさき やよい)視点>


 新潟から戻った私たちを待っていたのは、目が回るくらいの忙しさだった。それぞれが自分の仕事に戻り、没頭(ぼっとう)した。私たちはプロなのだ。大勢の人が係わっているのだから手を抜くなんてできない。気が付いたら一月が過ぎ去っていた。月(つき)ちゃんの夏休みももうじき終わろうとしている。東京にも時折り、秋風が吹き始めていた。


 今日、西宮陽(にしみや よう)くんのカフェ『YADOYA』が全世界に向けてオープンした。店内には一癖も二癖もありそうな人々が集まって賑わっていた。


 久しぶりに陽くんの顔を見た。たった一カ月なのにすごく大人びて見える。隣りに立つ佐々木瑞菜(ささき みずな)さんは、更に国民的無敵美少女に磨きがかかった。二人の後ろにあるデジタル時計が午後八時を示している。私は一枚ガラスの窓の向こうにいる二人に手を振った。


「おはよう!陽くん、瑞菜さん。久しぶり」


 二人はすぐに私に気付いて手を振ってくれた。


「こんばんは。弥生(やよい)さん。待ってました」


「わっ。弥生さん!また一段ときれいになりましたね。月(つき)ちゃん。元気(げんき)さん。弥生さんが来てくれましたよ」


 奥のカウンターで、八重橋元気(やえばし げんき)先輩と向かい合って話をしていた西宮月(にしみや つき)ちゃんが振り向く。月(つき)ちゃん、髪を伸ばしたんだ。何だか大人っぽく見える。でも、あの愛らしい動きは変わっていない。


「ぐおっー。弥生お姉ちゃん!月(ボク)、寂しかったよー」


 月(つき)ちゃんは、カウンターの前の椅子から飛び降りると私に向かって駆け出した。勢いあまって、一枚ガラスの窓に激しく激突して後ろに跳ね返った。


ドカン!


「ば、ばか!モニターが壊れるだろ。一枚、いくらすると思っているんだ」


 陽くんと瑞菜さんが月(つき)ちゃんのもとに駆け寄った。


「月(つき)ちゃんったら。弥生さんは宮本京(みやもと けい)社長とニューヨークなんですよ」


「だって、この窓がリアル過ぎて!んぐー。兄貴、弥生お姉ちゃんにすりすりできる機械を作るのじゃー」


 そう、私と宮本社長は新潟から戻ってから、ほどなくしてニューヨークに渡った。『Be Mine』の衣装デザインをアメコミ界に売り込むのと、コスプレ衣装の販売代理店を作るためだ。と言っても、交渉はほとんど宮本社長が一人でやってくれているので、私は『Be Mine』の社長として挨拶をして回るだけだった。空いた時間はもっぱら、こちらのエンターティメントを勉強していた。


 陽くんのカフェは東京、ニューヨーク、パリ、上海、シドニーの五カ所で同時にオープンしたのだ。それぞれのカフェの部屋の壁、四面がガラスの窓に見立てた巨大なモニターディスプレーでできていた。モニターは世界各地のカフェの等身大映像をリアルタイムで映し出しているのだ。これが陽くんの語った『ゲームの中にあるような仲間や協力者を見つける酒場のようなカフェ』なのだ。世界中の人が集まって色々なアイデアを語り合い、仲間を見つけることができる場所だ。


「すごいね、これ。陽くんが直ぐそこにいるみたい」


「でしょう。東京とニューヨークの間の約一万一千キロメートルが、たったの一メートル先にしか見えないなんて、すごい技術だと思いませんか。こんな技術が東京の下町の町工場にあるなんて、ほんと、驚きました。パソコンやスマートホンにはない臨場感(りんじょうかん)がないと、人間同士の付き合いはできないと感じました」


 陽くんはすごい。本当に神に選ばれた人だ。大事なところをしっかりと見抜いている。


「弥生さん。窓ガラスに手をあててみてください」


 私は陽くんに言われるがままガラス窓に手を置いた。指先にガラスの冷たさが伝わってくる。


「月(つき)、弥生さんの手にすりすりしてみて」


「んぐー。あったかい。弥生お姉ちゃんのぬくもりが伝わってくる」


「本当だ。月(つき)ちゃんのほっぺの温度を感じる」


「モニターの中に温度センサーとヒーターが入れてあるんです。これ、町工場の社長さんが試作してたものを取り入れたんですよ。握手はできないけど、振動センサーとバイブレーション機能も入れてあってハイタッチができるんです。大企業の人たちは笑うけど、コミニケーションって、基本はノリなんです。ゆくゆくは息遣いや香りだって再現するぞ、って社長さん仲間と張り切ってます。あっ、後、このモニターは幾つかの小学校にも実験的に採用されるんですよ!世界中の子供たちがつながって、友達になるんです。外国語の授業なんていらなくなります」


「すごい。『Be Mine』のオフィスを陽くんのカフェの中に作ろうかしら。パソコンのモニターだと、ちっちゃくていまいちコスプレの臨場感がないのよね。これも居眠りしながら考えたの?」


「ふふっ。弥生さん!陽くんは相変わらず居眠りばっかりなんですよ。困った人です。ヘタレを直す気なんて全然ないんです」


 瑞菜さん。楽しそう。まったく困っていない。女神と、その女神に選ばれしヘタレ。二人が巡り合うのは運命だったのだ。何だかほのぼのした気持ちになる。私も早く前に進まなくては。


「宮本社長はまだ来ないんですか」


 瑞菜さんが質問してきた。


「宮本社長?もう来てますけど」


「・・・?」


「ほらっ。私の後ろではマスクかぶってはしゃいでいる人」


「ぎゅわん。マスクライダーのヒロイン、羽佐間恵果(はざま けいか)。『カマレズ』め。ついに、そこまで地に落ちたか。歳をわきまえろ」


 月(つき)ちゃんは相変わらず口が悪い。でも、月(つき)ちゃんには気づかれてしまっているかもしれない。私が宮本社長に好意を抱き始めていることに。月(つき)ちゃんのカンは野生動物の様に鋭い。子うさぎだけど。


 撮影スタジオで、初めて宮本社長に出会った時の衝撃は今でも忘れない。こんな恐ろしい人がいるなんてっ正直、震えた。だって、ニューハーフのレズビアンですよ。私の好きな少女漫画でもお目にかかったことがない。名門、修学館高校生徒会風紀委員長のプライドをかけても認める訳にいかなかった。


 でも、一緒にニューヨークに来てみて良くわかった。この人に厳しさは優しさからきている。宮本社長は大人なのに正直すぎる。だから誤解されやすいけど、本当はとても純真な人だ。今、私はそんな宮本社長に魅(ひ)かれている。そう、恋の予感がする。


 32歳の変態さんと16歳の変態。私は宮本社長と一緒にいると自分の心に素直になれる。宮本社長って実はかなりお茶目(ちゃめ)な人だ。クールビューティを装っているけど、心は子供のように純真な大人だ。今まで会ったことのないタイプ。


「月(つき)ちゃん。アメリカは自由の国だから楽しかったら性別も年齢も関係ないんですよ。社長!いつまで羽佐間恵果に戻っているのですか。月(つき)ちゃんが呆(あき)れてますよ」


 宮本社長はマスクを外してやってきた。


「皆さん、お久しぶりね。今、こちらでは日本の特撮がブームになりつつあるんですよ。これは、一儲けできそう。陽くんも、面白いカフェを作ったわね」


「宮本社長。お久しぶりです。僕のカフェを気に入っていただけて嬉しいです」


「社長。何やっているんですか。ほんとにもう。でも、社長らしいです。弥生ちゃん、こんな人ですけど、社長のことをよろしくお願いします」


 国民的無敵美少女、佐々木瑞菜が頭を下げた。


「おい!あれ、佐々木瑞菜と一緒にいる子、本物のマスクライダーのヒロイン、羽佐間恵果じゃないか。ほら、ワイドショーで話題になっていた消息不明のアイドル」


「まじかよ!本当だ。ビックニュースだ」


「でも10年以上たってんだぜ。なんで年取ってないんだ」


「確かに。でも、んなもんどうだっていい。俺の永遠のお姉さん、羽佐間恵果ちゃんが帰ってきたー。仲間に知らせなきゃ」


 ギャラリーが集まって、佐々木瑞菜さんと宮本社長を囲んでニューヨークと東京で同時に盛り上がる。陽くんの作ったカフェはすごい。遠く離れた二つの場所なのに、同じ空気に満たされている。


「おーい。月(つき)ちゃん!僕のこと忘れてないかい」


 カウンターの向こうで元気先輩が月(つき)ちゃんを呼んでいる。


「うほっ。わずれてた。元気、今、タイトル防衛戦でシドニーにいるんだよ」


「カウンターの向こうもモニターなの?」


「もちろんです」


 陽くんは楽しそうに笑った。陽くんの笑顔はみんなの太陽だ。


 夏が終わっても、私たちの恋と青春は終わらない。時間は止まってくれないけど、まだまだ、何だってできる。私たちは恐れずに前に進む。


 ほんの一歩、たった一歩踏み出す切っ掛けがあれば、誰だって前に進める。試しにラブレターでも書いてみませんか。アナタにとってのアイドルは、すぐそこにいるかもしれない。





おしまい。




Season1、終了です。

お読みいただいてありがとうございます。

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