僕は半妖美少女を飼っている

アオピーナ

『リンゴとイチゴ』


 僕こと糸義倫語いとぎりんごは、学校からの帰り道を歩きながら、親友の小平隆平と一緒にあることについて話していた。


「──妖怪、か。だから最近、お前腕時計着けてんのか」


 僕の問いかけに、隆平はG-SHOCKを撫でて応えた。


「いや、別に時計を通して可愛い妖怪を見たいわけじゃねぇよ。ただ、なんか最近ネットニュースで見るじゃん」


「あー、そういう画像とか動画を上げれば、自然と『グッド』は集まるからな」


「なんだよ、倫語。お前もスカしてオカルトを嘲笑うタチか?」   


「嘲笑うわけじゃない。単純に、目撃情報の殆どがでっち上げなんじゃないかと言ってるだけだ」


 僕のその意見に、隆平は大きく息を吐いてツーブロックの金髪をガシガシ掻くと、学ランの袖を捲り、自慢の豪腕をかざして言った。


「じゃあ、今夜にでもバトって証明してやんよ。妖怪見つけて、タイマン張って証明してやんよ!」


 確かに、こいつは僕達の通うマンモス男子校である剛山学園の中でもトップクラスの身体能力だ。


「おー、それは頼もしい。今日も大胸筋が躍動しているな」


「逆に俺は、お前のそれの声を聞いたことが無いんだが?」


 揶揄うようにそう言って、隆平は僕の貧相な大胸筋を触る。


「止めろ、感じちゃうだろ」

「おっ、それは済まねぇ」

 

 まあ、そもそも、妖怪相手に生身の人間が通用するのかどうかは怪しいところだけれども。

 隆平は、今度は離した手で拳をギュウッと握り締め、もう片方で作った拳とぶつけて意気込んだ。


「とりあえず、期待しててくれよ。妖怪と剛山のバーサーカーが繰り広げる、血湧き肉躍る死闘をな」


「期待はしとくよ。バトルが終わったら是非、痣や傷が何個出来たか報告ツイートしてくれ。ハッシュタグは妖怪被害者の遠吠えな」


 僕は意気込んでいる隆平に対し、適当に手を振って付け加える。


「血が湧きすぎた挙句、プッツンし過ぎて暴走しないことを祈るよ」


 隆平は「ちっ、スカした野郎だぜ」と恨めしげに吐き、僕と共に駅の階段を駆け上がった。


 改札をくぐる直前に電車が行ってしまったのは、また別の話だ。



 その後、最寄駅二つ手前で隆平と別れ、僕は最寄りの『岩湖』で降りて、真っ直ぐ家に帰った。

 閑静な住宅街を通り、河川敷の近くにあるアパートの階段を登り、一番奥の部屋に立って鍵を開ける。


「ただいま」

「あ──」


 不意に、玄関開けたら何たらのご飯というCMソングが脳裏に流れた。

 現状を歌うならば、『玄関開けたら美少女の裸』。

 …………。


「……さて、仕切り直しといくか」


「何も無かったことにするんじゃないっ!」

 

 案の定、何かしらを投げつけられて家を追い出されたのだった。

 投げつけられた物の正体が僕の自慢のロードバイクだったと知った時、裸体を見られた彼女の代わりに僕が悲鳴を上げたのだった。



 夜桜苺よざくらいちご

 小さなテーブルの向こう、膨れっ面で僕の目の前で鎮座する少女の名だ。

 栗色のセミロングの上に湿ったタオルを乗せた彼女は、尖らせていた桃色の唇を開き、僕の為した行いを咎め始める。


「それで、あたしの裸を舐めるように見回した感想を十文字以内で答えやがりなさい。この変態」


「『秘部不可視の補正憎し』……どうだ、文面だけ見ればきっちり十文字だ」


 苺は律儀に口に出しながら指で数え、それが終わると僕を睨んでぴしゃりと言った。


「とりあえず、死になさい」


「そうしたいのは山々なんだが、生憎僕の身体がそうはさせてくれないんだ」

   

 すると、苺が立ち上がって足首をほぐし始める。

 因みに、白いシャツに何故か黒いショーツ一枚しか履いていなかった。


「じゃあ、予定を早めて今すぐアンタの血肉を貪ってやるんだから」


「ちょっと待つんだストロベリー。食事の時間はお風呂に入ってからだと約束しただろう?」


「ストロベリー言うな! この変態アップルが!」


「ごはあッ」

 

 美少女に蹴られたとならば美味しいシチュエーションだが、苺からのそれとならば話は別だ。

 僕は吹っ飛んで壁にぶち当たり、「すまない、後生だ……」と情けなく赦しを乞うた。

 苺は「ふんっ」と小さな鼻を鳴らし、豊満な胸を真っ白なシャツ越しに抱き、その仕草に奪われた僕の目を見て「キモッ」と蔑んだ。

 僕はイラっと来たので、論じることにした。


「生物の三大欲求を知っているか。性欲、情欲、(性的な)食欲だ」


「性欲、睡眠欲、(正常な)食欲でしょ? ホントバカじゃないの?」


「僕は馬鹿だ。しかしお前も馬鹿だ。お前が服を着ないと、僕は延々とその抜群なプロポーションを眺めざるを得なくなるぞ」

 

 僕の訴えに対し、苺は頬を、さながら苺の如く赤く染めてより強く胸を抱き、太ももをモジモジさせて恥ずかしげに言った。


「……こうでもしないと、アンタの方に支障が出るじゃない」


「確かに、僕は興奮しないと力を発揮出来ない……発揮出来ないけれど、客観的に見たらこのシチュエーション結構危ないから。腕利きのクリエイターの方々によって、薄い本の餌食にされちゃうから」


「そんなご多忙な方々がこんな家に来るわけ無いじゃない。それに、まだラッキースケベにしても序の口でしょ? こんなんで勃つ男なんて居るの?」


「僕だ」


「キモッ」

   

 再度軽蔑の眼差しを僕に向けると、苺は僕に近付いて、情欲が熱を帯びる大事な部分に、白磁のように透き通った素足を踏みつけた。

 そして、腰を折って顔を近づけた。ふわりと、シャンプーの甘い香りが鼻腔に届いた。


「何の、つもりだ」


「今日は、ここにしてあげましょうか?」

 

 苺がニタァと口角を釣り上げて言った。

 僕は背筋に悪寒を覚え、


「それは流石にやめておけ。後が大変だから」

 

「なんだぁ、つまらないの」

 

 苺はがっかりしたような表情をして顔を上げ、僕の魂の部分から足をどかせた。

 すると、タオルで髪の毛を拭き、今度はベッドに腰をかけた。

 それを見届け、僕はキッチンに行ってグラスを手に取り、冷蔵庫からペットボトルを取り出して注いだ。


「……ねぇ、倫語。アンタさ、今日の夜も大丈夫なの? 最近連日だからさ、キツそうなら無理しなくても……」

 

 急に声を優しくしてそう言った彼女に、僕はコップに入れた飲み物をグイッと一気に飲み干し、


「安心しろ、たった今全快になった。本当だ」

 

 僕はそう言って軽く微笑んだ。

 苺は一瞬、安堵したような表情を見せると、すぐさま髪を指先で弄り出し、「ホント、キモいんだから」と呟いたのだった。



 そして、夜が来た。

 ベッドの上で抱き合う、僕と苺。

 窓から差し込む月明かりが、控えめに僕と彼女の裸体を照らす。


「じゃあ、今日もよろしくな」


「なんでアンタがよろしく頼んでんのよ……じゃあ、いくよ?」

 

 僕の胸に合わせられた彼女の豊かな胸から、ドクドクと心臓の鼓動音が聞こえる。

 甘い匂いが漂うと共に、擦り合わせられた頬からも、暖かな熱を感じる。

 苺はその頬を僕の首筋へずらし、


「ん……」

 

 微かな喘ぎと共に、僕の首筋に──『歯』を立てて噛み付いた。

 僕は瞠目して、それが終わるのを待つ。

 苺はその間、控えめながらも吸うところはきちんと吸い、僕の生き血を啜っていった。

 やがて行為が一通り終わると、苺は僕を真正面から見据えて、「ごちそうさま」と、頬を赤らめ──それでいて、少し申し訳なさそうにして言ったのだった。


「いいよ、それが契約だし……」

 

 彼女の貌に、僕はどぎまぎしながら答えた。

 当の苺は窓の外を見て、


「……そろそろ、本番だね」

 

 頬を強張らせてそう呟き、僕も「ああ」と表情を引き締めて頷いた。

 


 外灯に照らされて現れたそれは、禍々しい骸骨の容貌をしていた。

 恰幅な骨の腹の中には、紅く蠢く無数の瞳。それらは骨の隙間から溢れ出し、アスファルトを、他人様の家を紅と目玉の影で侵していく。


「おい、妖怪。路面はともかく、ひと様のお

家に迷惑かけるのは止めろ。後処理が面倒なんだよ」

 

 注意した俺に続き、苺も黒いパーカーのフードを取り、藍色のホットパンツから覗くすらりとした脚を前に踏み出す。  

 そして、眼前の異形に指先を突きつけて言った。


「その通り! アンタ達、最近目立ちすぎなんだから!」


「よく言った。偉い、偉いぞベリー」


「頭撫でるな! そんで、ベリーって略すな!」

 

 複雑に編み込まれた栗色の髪を撫でる僕の手を、苺はプンスカ怒って払い除けた。

 すると、沈黙を守っていた骸骨の妖怪が、我慢ならないといった様子で身体を揺らし始めた。


「オマエが、『ハンヨウ』ダナ。ハンパにヒトのナリしやがって……マってろよ。イマすぐこっちガワにヒきコんでやるからよ!」

 

 そう言うや否や、骸骨は骨組みの鉈を振り上げて苺に襲いかかった。


「こいつはそんな尻軽じゃねぇよ」

 

 僕は呆れ混じりにそう呟いて、歯形が付いた首筋に手を当てる。

 途端、その部分から赤黒い瘴気が蔓延し、やがて一つの形を成す。

 ガキィンッ、と、甲高い衝撃音が鳴り響いた。


「今日もあたしの愛情は顕在ね」


「愛情(体液)な。あー、まあ美味だった。フィーリング的に」


「そこまで詳細に言うなっ!」

 

 すると、骨組みの鉈と交錯する『鉈』を見て、恰幅な骸骨は体内の目玉を大きくして驚きの声を上げる。


「な、ナンだそれはぁっ! さっきまでオマエ、ナニもモってなかっただろうがッ!」

 

 僕は赤黒いその鉈を押して骨組みの鉈を弾き、笑って説明する。


「僕はこいつ以上に、人の紛い者なだけだ。半妖の体液を飲んで己の性質にブーストかけるなんて、笑えるだろ?」

 

 骸骨は「いやいや」と激しく首を横に振り、


「ジョウダンはセイヘキだけにしやがれッ! オマエからはナニも臭わない! きちんとセツメイを──」


「──一九一回」


「ああッ⁉︎」

 

 奴の言葉を遮って放った数字で、骸骨が浮かべる疑問に拍車がかかった。


「多分、お前がその数字の意味を理解出来る日は、もう来ないと思う」


「ナニをコンキョに……」


「だって、後ろ」

 

 そう言って僕が指差した方向。骸骨は背後を振り向き、それを目にした。

 ──紫紺に光る長鋭な爪と牙を、猫のようで獰猛な瞳を、萌えるような黒い猫耳を、目の当たりにした。


「あたしは『半妖』。アンタみたいに、人に悪さは為さないんだから」

 

 そして、破砕音が鈍く響いた。

 骸骨は呻き声を上げながら骨組みの身体を崩し、それに伴って紅と瞳の影も消えていった。


「どうか、安らかに……そして、頂きます」

 

 苺は静かにそう言って、骸骨から浮上した光の玉を両手で取り、そっと口に入れた。

 何度も見たその光景を、苺の儚げな横顔を見て、僕は彼女と初めて出会った時のことを想起した。  

 血に塗れて、全てに絶望したような顔をしていた彼女は言ったのだ。


「あたしを、狩って……狩ってよ。じゃないと、あたしはまた……大切な人を……!」

 

 僕は、嗚咽と恐怖で震える彼女の身体をそっと抱き締めて、応えた。


「分かった。お前は今、僕に『飼って』と乞うたんだ。大丈夫。どんなに獰猛な半妖でも、猫は猫だ。ちょうど僕も猫を飼いたいと思っていたところだしな」

 

 あれから、一年が経った。

 生まれつき妖怪を引きつけやすく、死んでもすぐに『転生』をしてしまう『病気』を患っている僕は、幼い頃から何度も死に続け、その度に未練がましい己の身体に輪廻転生しているのだ。

 だから、自分自身を忌み嫌い、恐怖する気持ちは良く分かった。


「……苺。そろそろ行こう。もうすぐ、夜明けだ」


「うん、そだね」

 

 『月猫』の力が収まった彼女は、自然と僕の手を握って歩き出す。

 僕も、彼女の手を少しだけ強く握り返し、隣を歩く。

 隆平に、言ってやりたかった。

 妖怪という存在は、強くて恐ろしい。

 受けた傷や刻まれた死を具現出来る僕であっても、苺が居なければ正直、勝つことは難しいだろう。

 ──僕と苺は、皆が寝静まった夜、力を奮って妖怪を退治する。


「そういえばお前、今日学校休みだったの?」

 

「うっ、それは、その……」


「サボった……とか言ったら、明日は一日

中、猫耳を着けてニャンニャンして貰うぞ。『妖術』の猫とは別にな」


「わ、分かった……ニャン」


「潔くてよろしい」

 

 ──僕と苺は、妖怪を退治して、彼らから

魂を貪る。

 その果てに、『普通』という輝かしい未来が待っていると信じて。

 その希望を胸に、僕は夜桜苺という美少女を飼っているのだ──。



「ていうか、興奮しないと力が出ないって嘘なんじゃないの?」

 

「バレた?」

                 


 続く?

 

 


 


 

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