――典型的かもしれない魔女の話――
「じゃあ、私達3年A組はお化け屋敷をやるってことでいいですね」
黒髪のショートヘアで、勝ち気な表情の少女が言う。黒板に書かれたいくつかの模擬店の案の中で、お化け屋敷という文字の下に正の文字がいくつも並んでいた。
教室内がざわめく。それは楽しみだという期待と、面倒だという怠惰なざわめきが混ざり合っていた。
なんだかんだと文句を言い合いながら準備を進めていく。文化祭までの日数はかなりあったはずなのに、あっという間に時間が過ぎていった。本番目前、そこまでくれば、クラス全員とまではいかないが、大体の生徒は楽しんで準備を進めていた。
「んじゃあ残りはお化け屋敷の中で使う小道具のチェックと、衣装のチェックだな」
肌が浅黒く、体ががっしりしている少年が言う。見るからに頼りがいのある少年の手には、いくつかの紙を挟んだバインダーが持たれていた。
挟まれた紙にはお化けの案が書いてあり、それぞれに必要な小道具、衣装のことが細かく記載されていた。
「吉岡さん、かなり魔女の役をやるのに気合いが入っていたみたいだよ」
頼りがいのある少年の隣にいた三つ編みの少女が、紙をめくりながら言う。見ていた紙には、魔女の絵が描かれていた。
「オカルト好きでいて自分から魔女をやるって言ってたもんなあ。全部自分で用意するって言ってたけど、今どこにいるんだ?」
「実験室に行ってくるって言ってたけど……」
「なんで実験室? フラスコとか使うのかな」
頼りがいのある少年と三つ編みの少女は、魔女役の少女の様子を見に、実験室に向かうことにした。
不思議なことに、実験室に近づくに連れて晴れていた外が暗くなっていった。窓から覗いてみると、黒い雲が学校の真上に集まってきているようだった。
「今日が文化祭本番だったら、かなり雰囲気あったのにね」
三つ編みの少女が外を見ながら言う。放課後になりつつある今は、各教室から離れた実験室の周りに生徒も先生もいない。尚更雰囲気が不気味になりつつあった。
「そもそも、なんでこんな離れた実験室で準備してるんだよ。普通にお化け役の女子は隣の隣の教室でやってたのに」
「なに、怖いの?」
「はあ!? 怖くねえから! ぜんっぜんそんなことねえから!!」
少年と少女がそんな言い合いをしていると、ガラスの割れる高い音がした。思わず口を噤み、二人は顔を見合わせる。
「……これ、クラスの連帯責任になるのかな」
「……俺、嫌だぞこれ報告するの」
とりあえず放ってはおけないと、二人は実験室へ足を踏み込んだ。何故かカーテンが閉められており、室内は薄暗い。その中にぼんやりと、人が立っているのが見えた。
「よ、吉岡さん?」
三つ編みの少女が声をかけると、
「ヒャーッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ!!!」
立っていた人は笑った。それは少年と少女の知っているクラスメイトの声ではなく、甲高い老婆の声だった。
ぼん、と鈍い爆発音が聞こえると、紫色の煙が人の足元に広がった。そこを中心に風が吹き始めると、どこからか蝙蝠が飛んできて、置いてあった実験道具の影が笑い、人体模型は人骨の標本と優雅に踊り始めた。
真ん中に立っていた人は、机の影から少年と少女の前に現れる。少女は思わず悲鳴をあげた。それに合わせて現れた人はまた甲高く、耳を突き刺すような声で笑った。
「よよ、よ、吉岡さん!? 吉岡さんだよね!?」
少年は声をかける。ただ何をされるかわからないので、腕を前に出し、顔を隠すように問いかけた。
だがそれを許すはずもないと、腕を掴まれて引き寄せられた。少年を引き寄せたこの騒ぎの中心人物は、知っているクラスメイトではなく、老婆。しかもよく見れば三角帽子に黒いローブ、釣りあがった目に真っ赤な口紅を塗った裂けている口。よく絵本などで見る様な魔女そのものだった。
「す、すごいリアルだね!」
うわずった声でそう言った少年に、魔女はまた甲高い声で笑った。
そして少年は押し飛ばされ、尻もちをついた。少女はまた悲鳴をあげている。少年が少女の方を見ると、ホルマリン漬けになっていた様々な生物が瓶から出て、少女を囲って回っているのだ。
「いやあ! こっちに来ないで! やめて!」
少女がそう言うと、今度はホルマリン漬けの生物達は一つの方向へ向かっていった。その先では、魔女がいつの間にか出していた大釜が用意されており、その中へ生物たちは意気揚々と歩いて行った。
魔女は人骨標本の骨を使い、大釜の中をかき混ぜる。勿論、笑いながら。時折何かを入れる仕草をすると、大釜の中から目に痛い色の煙が何度か上がった。
「ねねねね、ねえ、これ、夢? 本物? せ、先生呼んでこなきゃ……」
少女が実験室の扉に手をかけ開けると、廊下は無かった。断崖絶壁になっており、足元は底の見えない闇。ただ、得体の知れない笑い声がいくつも鳴り響いていた。
絶望したのか、あまりの高さに驚いたからなのかはわからないが、少女はふらっとそのまま倒れた。幸いにも実験室側の方に倒れ、落ちることは無かった。
「お、おい!」
少年は駆け寄ろうとしたが、人体模型がそれを阻んだ。人体模型は今度は少年と踊りたいらしく、腰に手をかけて手を取り、なめらかな動きで踊りをリードした。
「やめろよ! 離せ! なんなんだよ、お前等!」
少年がそう叫ぶと、人体模型は何を言っているの?というように首を傾げる。
踊りながら大釜に近づくと、少年はそのまま人骨標本と人体模型に拘束された。魔女は満足げに頷き、大きな錆びたスプーンを大釜に入れ、中身をすくう。
すくった中身を少年へと近づけた。スプーンの上にはムカデが蠢き、何色とも言えない色のスープに、腐り果てて今にも嘔吐したくなる匂いが立ち込める。
魔女はそれを、うっとりとした表情で少年へと近づけた。勿論少年は避ける。だがもう避けさせないと、魔女は少年の顎を掴んだ。
「やめろ! 離せ! 離してくださ……うわああああああ!!」
少年は叫ぶ。魔女の耳を引き裂くような笑いで眩暈がした。魔女の開けている大口の中に吸い込まれるように、少年の意識はいつのまにか飛んだ。
「……て……ください……起きてください!」
聞いたことのある声で、少年と少女は目を覚ました。目の前には、大人っぽい黒のレースをあしらったローブと、控えめなとんがり帽子をかぶった少女がいた。それは探していたクラスメイトだった。
「あれ……よ、しおか、さん……」
「よかったあ。もう~探しましたよ! なんで実験室のロッカーに二人で入っていたんですか? 急に倒れて出てきた時、すごいびっくりしたんですから……」
「ロッカー?」
少年はバッと後ろを振り向く。そこは通常、実験室の掃除道具を入れておくためのロッカーで、とてもじゃないが自分と三つ編みの少女が入るのは無理だと考えた。
三つ編みの少女はまだ気を失っているのか、目覚めていないようだった。
「私、一応保健室の先生に声をかけてきますね。そのあと委員長を保健室に連れて行きましょう」
魔女姿の少女は実験室から出て行き、パタパタと駆けて行った。
少年もその後ろを追うように実験室から出て、窓の外を見る。黒い雲は消えて、夕暮れ色が滲み始めた空が見えた。
しかし少年は見てしまった。あの耳を引き裂くような甲高い笑い声をあげながら、箒に乗って空を駆ける、魔女の姿を――……。
どこかの魔女達の物語 ねど @nedo_novel
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