三つ巴の争奪戦 (後編)


 『絶対切断』は唯一無二の性能を誇る最強の能力である。

 一切の力の後押しを必要とせず、ただ触れるだけで万物を両断する聖剣。その範囲は物質物体のみならず、概念や現象にすら干渉を可能とする。

 誰しもがこう聞けば無敵の力と感じるかもしれないが、当然のように非正規英雄の扱う神聖武具には何らかの欠点ないし弱点が存在する。石動堅悟の持つ聖剣もその例に漏れない。

 聖剣の『絶対切断』の発動に際し、剣の刃を当てること。これがその弱点。

 当たり前と思うなかれ。これは厳密には大剣の外縁部、文字通り『刃』と称される部分に接触させることを条件とするもの。

 つまり聖剣の刃以外には『絶対切断』の性能は乗らない。

 ごく一部。限られた達人の域でしかこの弱点を突ける者はいないだろう。何せ聖剣を振るう英雄自体もまた達人超人の類。性能に驕らず全力で振るわれる人並み外れた剣速を前にして。

 は、ほぼ存在しないと言っていい。




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 石動堅悟は元の世界では異常の象徴として認知され語られている。

 他の誰もが成し得なかった、そもそも考えもしなかった英雄と悪魔の混合。そんな異質の力を振るう男だったから。

 しかしだからこそか。彼の力は他の追随を許さない唯一無二のものになった。

 銘を聖邪同体兵装アーティカルパーツ装甲剣鬼エクスカイザー

 永く最強の悪魔と呼ばれ続けた装甲悪鬼カイザーから引き継いだ能力を自身の持つ聖剣と融合させ肉体に取り込んだもの。

 その身は白銀の装甲に覆われ、あらゆる能力が全ての英雄悪魔を上回る。これぞ神を殺した男が幾年の寿命を対価に手にした力。

「おお、すごいね速い」

 元々持っていた大剣を利き手に、逆の手には銀色をした細身の日本刀を握る二刀流。浸食度合いと連動する白銀の装甲は利き腕全体を既に覆っている。

 二振りの刃が荒れ乱れる中を飛び跳ね器用に避け続けるひよりんの余裕はまったく引っ込む様子が無い。

(まだ足りないか)

 装甲は鎖骨へ渡り首筋から顔の表面へ這い寄る。発動時間に制限のある切り札を惜しんでいる場合ではない。

 さらに増した速度で振るわれる剣は既に衝撃を遠方へ放つほどに強力なものと化しているが、それでも彼が捉えられるのは四周を囲い続ける鎖とリボンだけ。

 堅悟がひよりん単騎に狙いを定める中、ヒロイックは両名を捕縛する術式を指向していた。

 だが当たらない、絡み取れない。

 一度でも捕らえられれば彼女の魔法は脱出を容易とさせない。しかし二刀使いの剣士も羽織をなびかせる怪物も物量で強引に包囲する拘束の魔法に掛からない。

 ヒロイックが静かに歯噛みする中、同様の心中にあるのは他二名も同じだった。

(思ったより紙一重か。クソ、こんな化物相手にしながら片手間で押さえられる敵じゃねえってのに)

 出来ればどちらかに絞りたかった。このひよりんなる女はもちろん、デッドロック以上の力量を持つ魔法少女も侮り難し力を振るう。鎖、リボン、どちらかに捕捉された時点で終わりと考えていい。

(パズルがうまく起動しない。まーた邪魔するの?オリジン)

 対して堅悟やヒロイックの攻勢を余裕をもっていなしていたひよりんは、次元渡航の力を発現しないパズルの操作に難航していた。

 『ひよりん』なる存在の可能性に至る、その大元オリジン。かつて本物オリジナルとしてクローン体の処理にあたったその者からの遠隔阻害によってひよりんの行動は著しく制限されていた。

(流石だねぇ。でも駄目だよ、絶対ぜったい、私たちは彼のところに行くんだから)

 出来れば集中できる場所で次元パズルのみに意識を向けたかったが、二人分の殺意がそれを許さない。

 となれば。

「やめてくれないと殺しちゃうよ?ほんとに」

「「!!」」

 ビタリと二人の動きは縫い止められる。何らかの術式により停止させられたことに気付き、まず堅悟が全力で大剣を握る利き手の指を外した。

 手から離れた大剣は重力落下でそのまま身動きを縛られている堅悟の足元に落ちる。剣先が地面に突き刺さった瞬間に術式は解けた。

 やはり地面から。『絶対切断』で断絶した地中の陣が破砕する。

 対してヒロイックは実にシンプル。体は動かずとも魔法は使える。すぐさまリボンで己を引っ張りその場から離脱した。

 それぞれが直前まで立っていた場所を大槍が貫き、回避に徹した二人は再び自身が得意とする距離まで詰めようとする。

「うんうん、…おっけー!」

 朗らかに笑うひよりんの眼だけがまったく微動だにせず両者を捉え続ける。その深奥にあるものを探るように。

 いや、探るなどという段階はとうに過ぎていて。

?」

 足元の地面が膨らみ、そこから一振りの短刀が跳ね上がり現れる。眼前まで上がった短刀を掴み、無邪気に一閃振るった。

「…ッ!」

「な…に…っ?」

 一瞬遅れガードに引き戻した大剣の範囲外、堅悟の脇腹に裂傷が入る。さらに貫通した斬撃は背後にいたヒロイックの右脚を腿から切り離していた。

 無論ヒロイックとて防御は行っていた。自縛城塞の装甲を容易く破って切り裂いたその一撃はただの斬撃ではない。

 青筋を浮かべる堅悟が吐き捨てる。

「『絶対切断』…!」

「うん、そう。便利だねーコレ。あとは、?」

 リィィ、と不可思議に煌めく瞳が次なる一手を繰り出す。

 裂傷、四肢離断。共に復帰の遅れた堅悟とヒロイックの手足に巻き付く朱色の布帯。

 拘束の魔法。

「私の力まで」

(! やべっ)

 驚くヒロイックと次の挙動を察知した堅悟を縛り上げたリボンが空高く引き上げる。

「〝遍く大地に降り―――〟あー、長いの噛むからやなんだ。詠唱破棄ポイッと」

 凄まじい速度で投げ捨てられた二人の丁度中間。高空の只中にぽつりと小さな光球が出現した。

 在り得ないほどの熱量を秘めたそれは、どの世界にも共通して存在しているはずのもので、こんな場所に決してあってはならないもの。

「〝星煉壱式・原初の陽光はじまりのひかり〟」

 人の手で生み出した天照大神が神格の顕現。星を照らし、星を灼く光。


「テッメェェエエエエエエエエエエ!!!」

 爆光と爆熱に呑み込まれる間際、堅悟の咆哮が渾身の一矢に込められ放たれた。





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「ふっふん、にゃるほど。やっぱやるねーおにーさん」

 擬似太陽の熱波を貫通して大地を深々と抉り貫いたのは、彼が『絶対貫通アポロン』と呼んでいた大剣の変形弓。

 頬から顎にかけて滴る自らの血を拭い、ひよりんは平穏な世界の平凡なビルの屋上で一息つく。

 もう既に三者が交戦していた世界からは立ち去った。今頃は地核まで到達した強弓と大地を軒並み焼き尽くした陽光によってあの世界は崩壊の秒読みに入っているだろう。

「さてさて。それじゃ今度こそ次元パズルを使って愛しの彼のところへー!…………行きたいんだけど、なぁー?」

 跳ね飛んで屋上の鉄柵に乗っかり振り返ると、先程まで寝そべっていた屋上の貯水タンクが吹き飛んでいるのが見えた。

 旋回して背後に回った巨大な駆動音。ビル屋上と同じだけの高さを飛翔している黄色い機械がそこにいた。

「あっはは!次はロボットかぁ。いやいやいいよ、色々新鮮な体験ができて。いいんだけどさ」

 鉄柵から降りて、剣と盾を構える騎士然とした機体を見上げる。全てを見通すその眼は、ほんの少しだけ何かの感情を発して細められていた。

「タイミングが悪いかな?今せっかくパズルを取ってきて楽しかったのに。キミのせいでちょっと哀しい…いやムカつく、かな?」

 喜怒哀楽をスイッチする特殊な性質を持つ女は、今その主格をおこにセットした。




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「―――逃が、ず、がぁ……!!」

 咄嗟に装甲剣鬼エクスカイザーの全開放で身体を銀鎧による防御で覆った。

 残りの魔力リソースも全て回して守りに徹したというのに、全身を焼き焦がす焦熱は深々と肉体を蝕んでいた。

 喉も焼けてまともに喋れない。いくら非正規英雄の再生能力をもってしてもこれは深手だ。見渡す限りの燃える大地にはもうあの女の姿は無い。

 どこへ行ったかわからない。虱潰しに世界を切り開いて渡り歩くしかない。

 ヒロイックは片足を失った直後だったからか、まだ溶岩の海に沈んだまま上がってこない。デッドロックの一戦から経験したが魔法少女はあれくらいではまだ死なない。さっきからいくつかのモニターが溶岩の周辺をうろちょろしているのもそれを証明していた。

 この状態であれの相手はしていられない。とにかくこの世界はもうじき死ぬ。世界を渡ることが先決。

 聖剣で次元を斬り、前のめりに倒れ込むように次元の裂け目に身を潜らせた。次の世界の安全性など考えていられない。

 あの次元パズルは必ず破壊する。ひよりんなる女に使わせるわけにはいかない。

 それだけを強く意識しながら、石動堅悟は焼け死ぬ世界を後にした。

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平行世界の侵略者(自主企画用) ソルト @salttail

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