三つ巴の争奪戦 (前編)
(ここか)
黒い鉄塊との戦闘を終えて次なる世界へ渡った石動堅悟は、そこでほとんど確信めいた気配を掴んだ。
実物を知らずとも解る、この歪に世界を曲げる物体の在処。
薄く積もる雪を踏んで、堅悟は眼前に広がる巨大な山を見上げる。
この中。その中央に眠るものこそが次元を拓くモノ。
そして。
「チッ」
忌々しく舌を鳴らして剣を手元に呼び出す。
堅悟の背後で轟音が地を揺らして響く。
目当てのモノが眠る山の斜面に深々を身を沈ませる何かがいた。車両が全速力で突っ込んだような、とてつもない速度を伴って山に激突している。
ずっと遠方にいたこの地点からでもそれはわかっていた。対立する何者かが力を叩きつけ合う戦闘の余波。現にこの山が現在分割された形をしているのは、飛んできた衝撃がもたらした被害に他ならない。
「…無茶苦茶ね、何もかも…」
激突の影響で開いた大穴から出て来る、千切れ掛けたリボンと鎖を体に纏う黄色いドレスの女。堅悟に負けず劣らず、その表情は苦虫を噛み潰したように渋い。
よほど相手に意識を割いていたのか、ドレスの少女は真横十メートルの位置に立つ堅悟にたった今気付いたようだった。
一瞬だけ呆けたように、そして次にはその顔に憤怒が満ちた。
同時に堅悟も勘付く。この年端もいかない少女には見合わぬ戦闘能力。致命傷にも関わらず平然と動き続ける頑強さ。
(あのガキの仲間)
「い、するぎ―――堅悟ッ!!」
堅悟が剣を振るうより、少女ヒロイックが激情を吐き出すよりも尚早く。
「あ!みーつけたっ。そこだよね?」
太陽と見紛うほどに煌々と燃ゆる巨大な玉が、二人ごと分割された山を押し潰した。
-----
「えーと。ん?どれだろ…?」
先刻まで山であったはずの場所で、女は周囲をぐるりと見回す。
次元パズルは神秘の塊。ちょっとやそっとの衝撃でどうこうなるものではない。
それがわかっていたからこそ、手早く山ごと破壊する術を実行した女―――ひよりんであったが、それはそれで掘り起こす手間が増えてしまったことを今更ながらに後悔していた。
「もいっかい全部吹き飛ばせばいいかな。でもパズルごとどっか行っちゃったら困るし…」
もう一度次元パズルの放つ気配を辿ってピンポイントで掘るしかない。結局二度手間になり若干自らの浅慮に嘆く。
ともあれ。これでようやく愛しの『彼』に近付けると思えばなんてことはない。すぐさま泣きそうだった感情を切り替えて楽しみに胸を躍らせる。不自然なほどのスイッチの入れ替えを不自然にも不気味にも思う者はいない。
いるのはただ、殺意に滾る青年と少女のみ。
「やっぱり頑丈だね。そこのおにーさんも」
瓦礫を巻き上げて剣を握る堅悟が確殺の刺突を繰り出す。
「おおーすごいね。魔剣かな?それとも聖剣?」
魔力を刃に纏わせ起動する『絶対切断』。それはあらゆる世界のルールや条理に平然と刃を沈ませる。
ただし、
「それ私たちにも通るよ?ちゃんと当たればだけど」
コツと存外に軽い音を立てて、ひよりんなる女の人差し指が大剣を真横に弾く。
初見では絶対に見抜けないはずの弱点がある。
それを、この女は、たった一秒で看破した。
(どんな眼ェしてやがる)
堅悟は一撃必殺に拘らない。剣を手放し武術での殺害を目論んだ意図を当然のようにひよりんは察する。
そんな二人を囲うように瓦礫から飛び出る無数の鎖。その隙間を縫うように飛び込んでくるリボンの刃。
「…り、りりぃ。りりりりりりりりりり―――!!!」
同じく瓦礫の中に埋もれていたヒロイックが姿を現し、二人を襲うものとは別に一条のリボンが地中から何かを包んで持ち上がる。
解かれたリボンに包まれていたのは小さな黒い結晶体。放たれる異質から、それが何かを判別できない者はこの場にいない。
(…これが、)
「次元パズル?わぁ、見つけてくれてありがとね♪」
「―――!?」
手の内へ収めるよう手繰ったリボンが途中で切断される。
どうやって抜け出したのか、どんな術を用いてあれだけの包囲を振り払ったのか。わけがわからないことだらけのヒロイックの視界が一気にブレる。何らかの力の発動は感じ取れたが、くの字に折れ曲がる身体にはそれしか理解できない。
残るリボンも全て断ち斬り、いよいよひよりんの小さな手が宙に浮く黒水晶に伸ばされ、
「…どしたの?おにーさん」
ささくれだった大きな手に掌握を遮られる。
ひよりんほど器用に抜け出ることは叶わなかったのか、頭部や腕から出血をしている。だが最強の魔法少女が展開した包囲を突破して大事に至っていないのは、流石世界は異なれど英雄と呼ばれた者の一人ということか。
異様によく利く眼を小さく丸くして、ひよりんは自分よりもいくらか背の高い青年の顔を見上げる。
「私たちが彼のとこに行けたら、もう使う予定ないから。そのあとならあげるよ?」
「興味ねぇ。俺はなクソアマ、それをぶっ壊す為に来たんだよ」
腕を掴む利き手から白銀の装甲が肉体を侵し始める。それは
ヒロイックと同じく、堅悟も一目で脅威を正しく認識した。
全力で殺さなければ殺される。
「そっか。じゃ仲良くなれないね、おにーさん」
「ああ、テメェを殺す。後ろのクソガキ諸共な」
「…デッドロック。思ったより早く、仇は地獄に送れそうよ」
目と鼻の先同士で、術式展開の暴風が崩れた山の瓦礫をさらに彼方へと弾き出す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます