VSヒロイック
腰まで伸びる黒髪を、首の後ろ辺りで一束に括ったその面立ちは年の頃にしては幾分幼く見えた。
半袖膝上の丈のセーラーワンピースの上から何故か薄手の和装調コートを羽織る女性の和洋折衷なコーディネートは酷くちぐはぐで、それでいてあまり違和感を覚えない。
そんな彼女はくるりくるりとゆったりした足捌きで廻りながら鎖の猛攻を掻い潜る。
「ねーやめなよぉ。お話ししよ?そんな危ないの出さないでさ」
(相変わらず敵意を放たない…本当に戦う気が無い?)
無抵抗の相手へ一方的に攻撃を仕掛けるのは正直心苦しい。人畜無害と断定できるのなら、殺しだってしたくない。
だが無理だ。コレの存在は少女の本能が全力で警鐘を鳴らし続けている。放置してはならないと。
おそらくこの場で自分が退いても、他の誰かが相手をしなくてはならない場面が来る。
それは駄目だ。他の少女達に任せてはいけない。特化した責任感が、遭遇してしまった脅威への対処を懸命に支えている。
今現在降り立っている世界は人の気配をあまり感じさせないほぼ未開の地。白雪に彩られた山々の麓。
条件が良かった。これが人で溢れ返る場所ないし世界だったら、きっとヒロイックは本気を出し渋っていただろうから。
ここなら、なんの躊躇も気兼ねもなく全力で戦える。
「ねーえー?やめてってば。お洋服が汚れちゃ―――」
言葉途中で遮る金属音。視界を埋め尽くす千の鎖が鈍色の壁として女の眼前に迫る。
「おっとと」
軽い跳躍で鎖の特攻を回避しゆるりと地面に着地…するタイミングを魔法少女は狙い通りに刈り取る。
両足を払われ、横向きに浮いた女を剛拳が真下に叩き落とす。地面に深々沈む女の足に巻き付く鎖がすぐさまに身体を引き上げ振り回し投げ飛ばす。
「リヒトゲヴィヒト!」
中空から出現した分銅が女を追尾する鎖の軌道を蛇のように変化させ、山の一角に飛ばされた身体を打ち付けた女へ殺到する。
まだ終わらない。
「はあ!」
さらに鎖を召喚。攻撃が効いているのか身動きを取らない女の周囲を縦横無尽に飛び回り、何重にも巻き付きやがてその姿は鋼鉄の繭に呑み込まれる。
まだ終わらない。
一条のリボンに重なり続ける同様の薄布。束成り五十メートルを超えたそれは大剣と呼ぶにはあまりにも長大に過ぎた。
斬艦刀に匹敵するリボンの剣が、少女の意思に応じて飛翔して鋼鉄の繭の中心を寸分違わず垂直に両断した。
「…………!」
山の一割を切り崩した大威力。魔法少女の英雄が振るう常識外の破壊。
薄茶の粉塵に煙るその奥を睨み据えながら、魔法少女ヒロイックは静かにさらなる鎖とリボンを生成する。
ヒロイックは聞いてしまった。強化された魔法少女の聴覚が、両断間際の繭から漏れる呟きを拾った。
聞こえたにも関わらず、それは一部ノイズが走ったかのような不明瞭さをもっている文言。
―――真名解放、〝 ■ ■ ■ ■ 〟。
「もう。困ったお転婆さんなんだから」
煙を片手の一振りで全て掻き消して、女が腕や足の塵を払いながら現れる。
傷は、たった一つの擦過傷も見当たらない。
「うん、そうだね。ちょっと理由はできちゃったかも」
「ッ!!」
鎖の一斉掃射。骨肉を抉り貫く高速の鉄鎖は正確に人体の急所を狙う。
「せっかく可愛くおしゃれして彼に会おうとしたのに。可愛いねよく似合うねー、って。誉めてもらいたかったのに」
両手を垂らして構えを取らない女の足元から突如として競り上がった岩が強固な盾として鎖の接触を遮断した。
だが防げるのは初撃のみ。立て続けの激突に岩は砕け防壁としての役目を数秒で終える。
その先にいた女の姿は数秒の内に消えていた。
(…後ろ!)
「今は私たち、おこだよ」
なんの変哲もない女の拳とリボンを手甲のように巻きつけたヒロイックの拳とが真正面から衝突する。
爆ぜたのはヒロイックの拳。ぶつかり合った衝撃と共に、比喩でなく右拳から肩までが爆ぜた。
「っッ」
「うーん。やっぱり
口調とは裏腹に強烈な回し蹴りがヒロイックの側頭部を捉え、首が一回転半して止まる。
魔法少女は核さえ守れば死ぬことは無い。弾けた腕も捩じ折れた首も魔力で治る。
けれど。
「こうかな?」
腕が治る間に雷撃が全身を焦がし、首が治る前に氷槍が腹部を貫いた。
攻撃速度に、回復速度が追い付かない。
「うんうんいい感じ!」
燃え盛る火球がヒロイックを上空に打ち上げ、その先に配置されていた別の火球が斜め下へ魔法少女を吹き飛ばす。
同じように火球が三度四度とピンボールのようにヒロイックを縦に横にと火球の爆散で振り回す。まるで先程の鎖のお返しとでも言わんばかりに。
(不味い、まずい。回復より先に迎撃、反撃…いやそれ全部を同時に行わなければ…)
こちらが一手打つ内に相手は五手先に到達している。お行儀よく順序立てて行っていてはいつまで経っても状況を打破出来ない。
「すごいね、全部治ってる。まだ死なないの?」
予備動作無しで無数の術式を操る和装羽織の女はヒロイックを蹂躙する傍らできょろりと視線を巡らせる。
「たぶんここにあるんだよね、次元パズル。あれがあれば、きっとオリジンの邪魔を振り切って彼に辿り着ける。と、思うんだけど」
次元パズル。この女はそう口にした。
倒すべき理由が、明確に一つ増えた。
「わた、さない」
変化が起きる。
攻撃手段に用いていたリボンは少女の着ている黄色いドレスの上からその肢体を包み込み、敵の術法から身を護ると同時に切断性を付与したリボンを射出する。
「第二形態?あは、ボスっぽい」
「…絶対に渡さない。皆のために、次元パズルは必要なの」
自縛城塞の発動。これより先は砦一つを相手にするに等しい。
「この名に懸けて。そして先に逝ったあの子の灯火に誓って。私はヒロイックに世界を救う」
特撮ヒーローの変身シーンは阻害してはならぬもの。そういった暗黙の了解的なものを女は何故か律儀に守っていた。可能性の集約体は、本来の大元たる存在が決してやらないようなことをあえてやる傾向にある。
「そう、私はヒロイック。貴女を倒して、パズルを手に入れて、私は必ず世界を救う」
「私たちはひよりんだよ。やっとお互い自己紹介できたね」
備えるリボンや鎖と同数だけ、火は剣となり水は矢となり木は斧となり土は槍となり金は弾となる。
ヒロイックが先手を取り、ひよりんが後手から先手を上回る。
そして残り九割を残していた山は全て巻き添えで平地に変えられた。
「……?」
山の地中に眠っていたモノが日の目を浴びたことに気付いたのがたった今次元を裂いて現れた青年だというのが、やはりどこまでも皮肉に縁近い男の宿命だったのかもしれない。
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