Wakaba starts dancing
<1>
その女の子は、白絹の衣を纏った女性が嬉しそうな笑顔を浮かべているのを見たとき、心の中で何か煌めくものを感じました。きらきら、きらきら。それはそれは、とても大切な何かを見付けた時の嬉しさのような感情だと、成長した今でも憶えています。
大好きな人達が輝いている空間。中でもいっそう煌めいて見えた女性。そう、結婚式での『花嫁』の姿です。
――みんな、みんな幸せそう。その中でも花嫁さんは一番キラキラしている!
その空間の一人として居た女の子は、その『輝く姿』に憧れました。みんなが幸せそうな空間に、幸せを感じました。
こんなにも幸せで素敵な空間を作った人は、おとぎ話に出てくる様な魔法使いなのだろうか。そんな子供特有の思考が浮かび、自身もこんな空間を作れるようになりたいと願うようになりました。
――私も誰かを『輝かせる魔法使い』になりたい。
水無月紬の始まりは、きっとそこからだったのでしょう。
◇◇◇
春と呼べる季節も終わり、日本特有のじめじめとした暑さが身に染みてくる時期。春の終わりに出会った少女・水無月紬とのやり取りは今でも続いていた。
とは言っても、互いに追い求めるものがあって、それを追い求めている身であるが故に、基本的にスマホのみでのやり取りで終わってしまうようなものだが。
彼女と出会ったあの日、家に帰った湊は女装に使った一式(流石に下着は除くが)を六花に渡そうと考えていた。今回の女装に使った服やアクセサリーなどに自分の資金を使ったが、再び着る機会もないだろうし、それによって朽ち果ててしまうようならば、誰かに使ってもらう方がいいと判断したからだった。
その判断は、買い物をしている際に『私も着れそうなのが腹立つ』とぼやいていたのを聞いたことが切っ掛けだった。実際二人の背丈はそれほど違いもなく、なにより湊自身が細身であるために、少しゆったりとしたサイズになるだけで問題なく着れるだろう。
それが六花の女の子としてのプライドに傷がつくわけなのだが。
帰ってきた時間は互いの親が居るような時間で、話したい内容は互いの親には秘密にしている事柄なので、どうやって六花にそのことを伝えようと考えて、親に対して秘密という単語から、ふと思い出したことを実行しようと考えついたのだった。
――それの始まりは、双方の自室が向かい合った位置に存在したことが大きかったのだろう。窓を開けば、相手の部屋の窓が見える位置に存在していた。
双方が幼い頃に寝室として使っていた部屋が、今では二人ともそこが自分の部屋になっている。そんな今の自室になった部屋の窓には、何かを投げたら引っ掛かりそうな小さな柵が付いていた。親に聞けば、それは小さな頃の二人が、何かと互いと話したいがために窓を開けて顔を出そうとするので、窓から落ちないようにするための苦肉の策だったと、湊は聞いた。
漫画のように窓を開けば幼なじみと話が出来る距離にある。それは小さな子供だった二人には、親に聞こえないように秘密のお話をするのには、実に魅力的なものだった。
けれどそれには合図が必要で、合図を出したところで相手が部屋に居るかは分からない。そこで小さな二人が考えた合図は『紙飛行機を柵に引っかけるように飛ばす』ことだった。これならば相手が居なくても、紙飛行機の紙に用件を書けば、相手が窓を開けば紙飛行機の中身を読んで伝わる。さらには紙飛行機に内容を書いて相手に伝えるという秘密性が、二人の幼心を大きくくすぐり、昔はそれが楽しくて、ちょっとしたことでもその手段をとっていたのだった。
……双方の親がそれに気付かない訳がなく、紙飛行機を見付ける度に微笑ましい気持ちで見て見ぬふりをしているのを、湊と六花は知らない。
湊が本格的に絵を描き始めてからは、ぶっ通しでアトリエに籠もることが多くなり、六花がそこへやって来て会話をすることが多くなっていき、今ではその窓から話すことすら無くなっていた。
そうなってしまった今、そんな事を思い出した湊は、昔を懐かしむような気持ちになり、それをやろうという考えに至ったのだった。
自室にある紙に内容を書き、器用に紙飛行機を折っていく。昔はよく折っていたので、その作業は手に染みついていたらしい。絵を描くこと以外は基本的にポンコツな湊が、これだけ紙飛行機を綺麗に折れるのは、それだけ六花とのやり取りをしてきた証でもあった。
完成した紙飛行機を手に持ち、六花の部屋の方にある窓を開く。六花の部屋の窓を見ると、部屋に明かりが点っているのが見えた。どうやら今日はバイトもなく、家に居るらしい。
それを確認した湊は、幼い頃より高くなった視点から、昔と同じように部屋の窓に向けて紙飛行機を飛ばす。そうして飛ばされた紙飛行機は窓にコツンと当たり、柵に引っ掛かるように落ちる。
久しぶりにやったけれど諸々の腕は落ちてないな、と満足げな気持ちになっていると、窓のカーテン越しに人影が写り、カラカラと音を立てながらゆっくりと窓が開く。
久しぶりのことにドキドキしながら待っていると、そこには想定通り、部屋の主である六花が立っていた。想定外だったのは、窓を開けた彼女が心底珍しいものをみたと言わんばかりに、驚いた顔をしていただけで。
「……ずいぶんと久しい手段で、私に用件を伝えようとしてきたわね。今ならスマホでメールなり何なり、やり取り出来るのに」
「いやぁ、昔を思い出したら懐かしくなってきちゃって。やっぱり六花ちゃんに紙飛行機を飛ばす時は、いつだってドキドキするもんだねぇ」
「――それは私限定のことではないでしょう。他にするような相手が居ないから、比べようがないだろうけど」
そんな会話のやり取りをしながらも六花の手元は動き続けており、紙飛行機を拾って、それを破れないように丁寧に元の紙へと戻していた。
元に戻した紙に書いてある文字に目を通して、眉をピクリと動かした。そうしてから呆れたように深いため息を吐いた六花は、じっとりとした目で湊を見つめた。
「ーーバレたのはその人が凄かったとして、その後に連絡先を交換しあうとかなんなの。ナンパでもしに学園に行ったのか」
「ちゃんと最初の目的で学園に行きましたよ!? ただそこで出会った人と仲良くなれそうだなって、直感的に思っただけで」
「そういった理由がナンパっぽいって言ってるのよ。……渡会君の時もそんなことを言ってたし、アンタの勘って的中することが多いから、まぁ、そうなるんでしょうね」
「さぁ、どうだろう? 俺が感覚的にそう思えても、その後がダメだったらどうしようもないし」
感性で生きているような人間だからか、昔からそういった勘のようなものが鋭かったと、彼を昔から知る人間はよく言った。
実際湊の親友と呼べる諒太とも『この人と仲良くなれる』と思ったのが、出会ってから大した時間もかからなかった。今回も同じように親しくなれそうだと湊は思う。
しかし同時に、その時の感覚とは似ているが何かが違うとも感じていた。親しくなっていく方向というよりも、共に同じ何かで強く繋がっている方向性の感覚だった。
友情でもなく、親愛でもなく。彼女が自身にとって何と呼ぶべき存在になるのかは、全くと言っていいほど想像がつかなかった。
「……まぁ、アンタは言葉選びがどこか下手くそだから、それ以外の何かが発達してバランスがとれてるんだったら、いいんじゃない?」
「ーー俺としてはそんなつもりはないけれど、皆に言われるから反論できない」
――月瀬湊はどう表現すべきか悩むが、とりあえず言葉選びが下手である。彼をよく知る者は共通で口を揃えてそう言った。
彼は色を言葉で表現するときに、その色の名前を使わなかった。その色名と対象の色がしっくりこないからだと本人は語る。しかし、それは別に構わないことだろう。
しかし、月瀬湊の自身にしっくりきた言葉のチョイスが、実に下手くそとしか言い様がなかったのだ。
――六花ちゃんの髪の色、前は焦げた砂糖みたいな色だったけど、今度はそれに牛乳を溶かしたような色になったね。
六花が現在の髪の色である、ミルクティー色に染めたときの湊の言葉がこれだった。彼にとって、嫌な色は存在しない。むしろ絵描きという表現者であるが故か、色を例えとして表現に用いるときは本人にとって良い意味での言葉である。つまり、先ほどの言葉は彼の中では褒め言葉に該当するのだ。
しかしそれを知っていたとしても、自身の髪の色を『焦げた砂糖のよう』と例えられて、更にそれを『牛乳で溶かしたよう』と言われて、褒め言葉として受け取れる者がどれだけいるだろうか。そこでせめて『綺麗だね』という一言だけでも付けれないのか。月瀬湊はそういった人間だった。
「けれどまぁ、目的は果たせたようで良かったわ。これで目的すら果たせずに終わってたらと思うと、笑い話にもならない」
「それに関しては、本当に六花ちゃんに感謝してる。ほんとーにありがとう」
「どーいたしまして。それで、服は私が預かる形でいいのね?」
「うん、俺じゃあ服の使い道も、どうやったら綺麗に保管できるかも分からないし。服とかも、タンスの肥やしになるよりは使われた方がいいだろうし」
そんな風に互いに冗談交じりで言葉を交わして、明日渡す約束をした二人は、そこで会話が終了したと考えて、互いに部屋の窓を閉めようと行動に移した。
――その時に六花が何かを懐かしむような、どこか悲しげな声で何かを呟いたのを、湊は聞いた。
「――何で、こういう風なやり取りを始めたのかは、きっと憶えてないんでしょうね」
「……え? 六花ちゃん、今なんて」
その声は確かに聞こえたが、内容までは聞き取れなかった湊が、それを尋ねようと窓を閉める手を止めたが、その内容を尋ねる前に六花の方の窓は閉められてしまった。
そのことに首を傾げたが、あの六花が相手に聞き取れないような程度の声で話したのなら、彼女にとって大したことではなく、独り言のようなものだったのだろうと結論づけた。そうして湊も、そのまま窓を閉めてその日は終わった。
――そうして六花の呟いた内容を気にしないまま、季節は夏へと向かっていったのだった。
花嫁の肖像 シラビト サクナリ @sakunari
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