ファミレス 〜ときめき〜
「はあああ〜〜」
振袖を脱いで動きやすいワンピースに着替えてから私達はファミレスへと向かった。その途中で気付いたことがある。
「綾瀬くんと写真撮るのすっかり忘れてた......」
絶対思い出になるのに。なんで忘れてしまったんだろう。
「あんたのことだから始終緊張してたんでしょ、そんなんだからだよ」
羽芽ちゃんはそう言いながら私を見る。図星。
「...ま、カメラ目線じゃなくてもいいならあたしが撮っといたのあげるけど」
「えっ!!」
思わず身を乗り出して羽芽ちゃんのスマホを見るとそこには座って楽しそうに話す私と綾瀬くん。
「声掛ける前に撮っといた」
「あああありがとう友よ〜!!」
送られてきたそれをすぐさま保存してお気に入りマークをつける。
「へへ......」
それを何度も眺めてはニヤけるのを続けていると羽芽ちゃんにドン引きされた。
「しかしあんたチョロいよね、また好きになるなんてさ」
「私も一瞬思ったよ、だけど今の私には優しさがものすごく染みるの!」
「あー...高校辞めてから大変だったって言ってたね」
そう、私は心の弱さゆえに高校を中退していた。
そこから何度も壁にぶち当たったけれど努力し、今では一応生きて行けるだけの収入を得ることができている。その努力をしている時、向き合っていたのはパソコンとスマホだけだったため人との関わりが何も無かった。そのせいでちょっと優しくされただけでも嬉しくなってその人にすぐ懐いてしまうのだ。
「でもそんなんじゃ悪い奴に騙されるよ」
「綾瀬くんは騙したりしないし」
「どうかね〜あいつこの何年かでチャラくなってたしわかんないよ?」
確かになんであんな風になったのかは気になる。まだお互い高校生の頃帰り道で見た時はそんなに変わってなかったのに。
「何かあったのかな......」
連絡先交換したし聞いてみる?
いや、でも勇気出ないな......。
私はいつも受け身だった。傷つくのが怖いから。
写真の綾瀬くんを見ていると羽芽ちゃんが口を開いた。
「たまには積極的になってみたら?」
「え、無理だよ」
何か気に障ることをして嫌われたくない。
「受け身でしかない女はチャラ男の都合のいいオモチャになるって聞いたぞ」
「うっ」
「受け身な部分はあってもいいけど受け身すぎちゃだめなんだって」
「んんん〜〜」
そうは言っても突然積極的になんかなれない。
「今日の夜に自分から送ってみれば?メッセージ」
「...まあ、それくらいなら」
できそうかもしれない。好きな人とメッセージのやり取りをするなんて初めてで緊張するけれど、自然な感じで頑張ってみようかな。
...でも自然ってどんな感じだっけ。
「にしても増えてきたね、人」
羽芽ちゃんのその声で辺りを見回す。確かにいつの間にか人が多くなっていた。
よく見れば先程の成人式で見かけた人達もいる。
「あっちとか騒がしいし二次会でもしてんのかね〜」
人が多いのが嫌いな羽芽ちゃんはげっそりしながら遠い席を指差した。
「ほんとだ、結構沢山......あ」
「ん?どうした...お、」
私達の目線の先には茶髪。
「見間違いじゃなければあれ綾瀬くん、だよね」
「綾瀬だな...よく見つけたね」
羽芽ちゃんはそう言うと口角を上げる。ニヤついている羽芽ちゃんをジト目で見つつ綾瀬くんに視線を戻した。彼は飲み物を飲みながら騒いでいる元同級生達を見ている。
「なんかつまんなさそーじゃね?
やっぱあたし達行かなくて正解だったわ」
つまらなさそうな綾瀬くんを見ていると何だか気の毒だなと思った。
何とかして抜けれないのだろうか。綾瀬くんのことだからきっかけがない限りは最後まで残りそう。優しいし。
「......」
きっかけ、か。
何か出来ないだろうか。
「う、羽芽ちゃんどうしよう」
「んーあんたぐらいの奥手女子ができることと言えば見つめることくらいじゃない?」
「だよね......」
積極的な子だったらこういう時どうしただろう。全然想像もつかないけどきっとストレートに助けるんだろうな。
自分の無力さに悔しくなりながらも綾瀬くんを見つめることしかできない。
せめて、こちらに気付いてくれたら。
そう思っている間にも元同級生達のテンションはどんどん上がっていく。そろそろ他のお客さんの迷惑にならないか心配になってきた。
内心ハラハラしているとそれまで席に座っていた綾瀬くんがグラスを持って立ち上がった。どうやらドリンクバーを取りに行くらしい。
これはチャンスかもしれない。
...だけど一体どうしたら。
「緋彩」
「ん?」
「行ってこい」
「...え」
私が意見する暇も与えず羽芽ちゃんは私の体を押した。
「わっ!」
思いのほかその力が強くてよろけてしまったけれどなんとか踏み止まる。
ニヤけている羽芽ちゃんを少し睨んでから私はとりあえず綾瀬くんがいるドリンクバーコーナーに足を進めた。
忍び足で近づくと綾瀬くんはグラスを片手に何を飲むか悩んでいるようだった。
...ここまで来て何だけど、どうやって声を掛ければ自然だろう。
「あれっ?綾瀬くんもここで二次会だったんだ、奇遇だね!」
...とか?
いやいやそんなの無理だ。文字数が多すぎて私には無理。それならやはりこっそりと言うのが私に出来る声掛けなのでは?
...よし、そうと決まれば早速!
そう思いながら改めて綾瀬くんの方を向いた時。
「讃岐さん?」
「アッ」
後ろの方で羽芽ちゃんが爆笑している。
...先に気付かれてしまった。どうしよう。
「讃岐さんもここいたんだ、全然気付かなかった」
「端っこの方座ってたから......
そ、それより綾瀬くん二次会楽しんでる?」
細かいことを気にするのがめんどくさくなった私は思い切ってそう聞いてみる。
よくやった!
「あー......」
綾瀬くんは苦笑いした後私に近づいて来た。
予想外の出来事にその時点で私は固まってしまったが、彼はそれに気付くことなく更に顔を私の耳に寄せる。
「あんま大きい声じゃ言えないんだけど
...正直あんま楽しくないって思ってた」
綾瀬くんの声が間近にある。その事実とくすぐったさにまた顔に熱が集まっていく。
綾瀬くんにとってはただのこそこそ話だったのかもしれない。だけど私にとっては刺激が強すぎた。
「そう、なんだ」
「ん、なんか顔赤くない?大丈夫?」
「大丈夫!!うん!」
ドクドクと鳴る胸を押さえながら自分にも言い聞かせた。
「...ならいいけど」
綾瀬くんはそう言って笑う。その笑顔にまたキュンとしてしまった。
思わず見とれていたけれど目的を思い出してハッとする。相変わらずチョロい。
「あの、さ。楽しくないなら無理して参加しなくてもいいんじゃないかな」
そう言って綾瀬くんの顔を見る。
「いや、でも......」
綾瀬くんが何か言いかけたその時、大きな声が聞こえてくる。
「あれ、綾瀬いなくねー?」
「飲み物じゃない?」
その声はどんどん近づいて来る。どうやら二人ほどがこちらに来ているようで。
私は思わず綾瀬くんの腕を掴んだ。そして羽芽ちゃんが居る自分達の席へ走り出す。
「ちょっ讃岐さん、」
「こっち!」
席まで戻るとずっと見ていた羽芽ちゃんが口を開いた。
「綾瀬、この下隠れてな」
羽芽ちゃんが指差したのはテーブルの下。何か言いたげな綾瀬くんを無理やり奥に隠れさせて、それを隠すように私達が座った。
「羽芽ちゃん、でもこれ下から見えるんじゃない?」
いくら私達の足で隠れるとはいえまだ完全に見えなくなったわけじゃないと思うんだけど。
「ダイジョーブ」
羽芽ちゃんがそう言うとその直後にウェイターさんが何かを持ってきた。
「ポテトでーす」
ウェイターさんはタイミングよく元同級生達が私達の近くを通りきるまでその場に立っており、彼らが引き返して行くとウェイターさんも奥へと戻って行った。
つまり、ウェイターさんが来てくれたおかげでウェイターさんの足+私達の足で綾瀬くんが完全に隠れて見えなくなったのだ。
「...え、羽芽ちゃんすご!」
「ま、たまたまだったんだけどポテト頼んどいて良かったわー...綾瀬、あそこに戻りたくないんだったらさっさと付き合いやめれば?」
テーブルの下から出てきた綾瀬くんは何故か目を逸らしながら私の隣に座った。
と、隣......!
「おー...ありがと、助かったわ」
「なに、なんでそんなに目逸らしてんのよ」
「いや...目の前に足、あったから」
その言葉にブッと吹き出した羽芽ちゃん。
「え、そのナリで女子の素足に慣れてないとか...っ」
偏見かもしれないけど確かに意外だ。
「わ、笑うなよ」
綾瀬くんはほんのりと顔を赤くしている。
新しい一面を見れたのが嬉しくなって思わず口角が上がった。
「はー、でも安心した」
ひとしきり笑った後羽芽ちゃんが口を開く。
「案外チャラくなさそうじゃん、綾瀬」
そう言うと立ち上がる。
「羽芽ちゃんどこ行くの?」
「ん?彼氏んとこ」
「は!?羽芽ちゃん彼氏いたの!?」
私の叫びに彼女は返事することなくただ笑う。
「じゃああとは任せたからね綾瀬」
「おー」
「ちょっとー!」
羽芽ちゃんは千円札をテーブルに置いてそのまま店を出てしまった。
ほんとに帰っちゃったよ......。
唖然としていると綾瀬くんが口を開いた。
「じゃ、俺達も出よっか」
2年ぶりに会った君はすっかり変わっていました。 香田 透 @ruihana__
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