③二人のごはん

 シラセが家で両親と団らんしている同じ時。カーテンがなく部屋の明かりがそのまま漏れている学生寮のアパート二階の一室。そこはイリスの部屋で、みのりもいた。


 小さなローテーブルと勉強机、テレビとベッドがある。すべてこの部屋についてきていたものだ。


 ローテーブルに白飯とみそ汁、簡単なおかず(みのりが作ってきたもの)を置き、囲っている。


「どう? 調子は?」


 Tシャツにパーカー、スウェットパンツのみのりが気遣う。制服よりもスタイルの良さが目立つ。


「うん、ありがとう。どうやら一時的な疲れだったみたい。それにおいしいごはんでもうとても元気」


 イリスは自分の世界から持ってきた腰を締めたチュニックを部屋着にしていた。家では楽に獣の耳と尻尾を出して、フォークとスプーンを使い、新しい味に唸る。


「ありがと。ゆっくりしてよ。あんなのと戦ったんだし。それにしてもあたしのところはこことよく似てたからあんまり困らないけど、イリスは全然違うところだから大変よね。魔法?」


「うん。言葉とか色々ここでのことは魔法でなんとなくわかっているけど、それでも戸惑うことはある。電車とか自動車とか、お金を入れれば飲み物が出てくる自動販売機とか、おもしろいものも多いけど」


 彼女の額にはみのりが持ってきた冷却シートが貼られている。魔法とは違う技術にずっとわくわくしているようだ。


「神官なんだよね? 魔法じゃない、進んだ技術ってどうなの?」


「わからない。考えたこともなかった。でもリテラトも技術は進んでいるし、いつかはこんな風に……そのとき祈りを捧げてきた人たちがどういう風に変わっていくのか、魔法とは違う誰でも簡単に使えるものが増えたときのこと……」


 途中から独り言のようになって質問の答えを探し続けている。体操服を着た獣耳の彼女は小さく可愛らしくも神官で、信仰についてつい考え込むのだ。それだけ彼女はリテラトの神を愛し、同じく人々も愛している。


「ごめんなさい、みのりちゃん。今の私には答えられない。でも、とてもいいお題。考えてみるね」

「なんかすごいね、あたしそんな神様とか考えたことないから」

「いらっしゃらないの? ヤシマには」


「いるよ。色んな宗教に色んな神様がいる。この世界と同じ。みんなお参りはしたりするけど、信じてるとはまた違うというか、なんだろう……」

「おまいり? 祈りを捧げるということならば、みんな忘れてはいないということだね。忘れられて寂しいのは、きっと、主も人も同じだから」


 言い終えてはっとする。きっと目の前のみのりと同じ顔をしている。伏せてしまう眼鏡の奥の目、影のある顔。忘れられることの寂しさは想像以上だった。そしてあの左目と右手を失った痛々しい姿。


「でも、シラセはシラセだったよ、みのりちゃん」

「でしょ? 記憶なくったって目もなくったって……何か話したんだ? あそこから出るとき」


 そう言われて思い出す。月世界願望園から馬を二人乗りして出ていったことを。体をくっつけ手を重ね言葉をささやきあった。するととても恥ずかしくなり、うつむいてぼそぼそと答えるしかなかった。


「みんなのため、帰るために戦っているって。死ぬつもりはないって言っていた」

「そっか」


「みのりちゃんが出会ったシラセは、右手がなかったのだよね」

「そう。目はあったけどね。星人(ほしびと)っていう敵にみんなが銃でなるべく離れて戦ってる中、一人だけ場違いなきらきら王子様みたいな服着て、感情もあんまり出さずにマントばさばささせてサーベルで斬っていくんだもん、最初は怖かったな」


 それでも柔らかい表情、口も優しく動く。慣れないところではとても緊張して目をあちこちに散らせてしまう彼女だが、気を楽にしている。


 イリスとみのりが初めて出会ったのは三日前。それぞれの世界から魔法でシラセと近づける環境を整えてもらいやって来て、同じように歩いてこの学生寮の前で顔を合わせた。


 同じ少年に会いに来た二人だからなのか、同じような魔法でやって来た二人だからなのか、お互いにこの世界で生まれ育ったのではないとわかった。不思議にも。


 イリスが素直に自分のことを話せば、みのりはとても動揺して体をかちんこちんにこわばらせて同じだと言った。あのときと比べれば、気を許してくれているのだとわかる。


「でも、話してみればそうじゃないってわかったし、シラセも色々悩んで考えてた。私と同じ、まだ中学三年生で、戦いで右手なくしたのに、みんなのために戦ってて、とても遠くて」

「でもそこにいるよ」

「うん、そうだね」


 ご飯を口に入れる。


「本当、おいしいよみのりちゃん」

「次はリテラトのも食べさせてよね」

「もちろん」


 お互いに笑顔を見せあう。月世界願望園が気になるが、今は少しだけ忘れる。明日もまた学校へ行き、クラスメートたちとももっと仲良くなり、この世界での生活に慣れていこうと思う。


 やがて帰るときまで。


 そして二人は気づいていない。二人の様子を遠くから覗く者に。背の高いブルネットの髪の少女。シラセが追いかけたあの少女が二人を覗く。単眼鏡から目を離すと、無糖の缶コーヒーをぐいっと煽った。


「邪魔をするなよ」


 ぼそりと呟き、少女はまだ覗き続ける。

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星渡りの王子様と再会の少女たち 武石こう @takeishikou

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