②王司の家

 家(マンションの一室、電車で帰った)に帰ってきたのはすっかり日も沈んで街灯の時間。都会の賑やかさで空に星はあまり見えない。


「ただいまー」

「おかえりなさい。晩ご飯できてるからね」

「へーい」


 自分の部屋でサスペンダーを外して制服を脱ぎ、眼帯と義手を外す。姿見に上半身裸の姿が映る。まぶたから頬近くにかけて多くの傷跡が残る閉じられたままの左目、肘から先のない右手。筋肉の目立つ引き締まった体にも、あちこち傷が残っている。


 部屋着のジャージに着替え終わると、リビングへ。晩ご飯の準備が進められている。好きだから家に入る前に気づいた。カレーだ。ぼさぼさ頭の父は皿にご飯を盛り、身だしなみをきちんとしている母にルーをかけてもらおうと待っている。


「かけてくからいいところでね」

「おーしばっちこーい」


 両親のやり取りに嬉しくなりつつ、箸とスプーンを食器棚から取り、テーブルへと置いていく。できあがっていたサラダも同じくだ。


「ありがとう」


 それが終わると彼も皿に自分でご飯を盛り(できるだけいっぱい)、母にルーをかけてもらう。父と同じ申告制だ。良いところで止めないと、母は本当にそのままかけ続けてこぼしかねないくらいお茶目だからしっかりと声を出さないといけない。


「ここ!」

「前よりわずかに少なくない?」

「いやわかんないよそんなの」

「いや、父さんもわずかに少ないと思うな」

「テキトー言ってる」

「テキトーやるのが父さんの仕事だからな」

「父さんのテキトーさにありがとだね」

「ちょいちょい、母さんの仕事分だってあるんだからね」

「もちろんもちろん、ありがと」


 三人そろってテーブルに着き、「いただきます」 母のカレーは市販の色んなルーを混ぜているのだが、その配分が絶妙で、使っているルーだけ教えてもらったシラセもなかなか再現できない。母の味。


「ごちそうさまでした」


 母と並んで洗い物の手伝いをする。左手しかないので、洗い終えたものを食器乾燥機に入れていく係だ。中学一年生のまだ両手があった頃は(幼い頃になくした認識になっている両親は忘れてしまっている)、母親に見守られながら一人でやることもあった。


「そういやニュース見た?」


 洗い物が終わり、テレビを流しながら一家団欒していると父が話題を振ってきた。あれのことだとすぐにわかる話題。


「ビルがいきなり崩れたってやつ?」

「そうそう。あそこ、古い建物多いからなあ。すぐ近くも寂れてたけどバリバリの観光地になって、でもあそこはそのままで、捨てられた街になってる」


「捨てられた街」


「昔はあの辺りもすごい栄えてたんだって。でもまあ時間の経過とか、交通の便とか、ほかの街の方が魅力的になったとか、そういうので寂れていくんだろうねどこも」


 父も母もこの土地で生まれ育ってきてはいない。別の県からやってきている。母はあまり興味がなさそうだったが、父は好奇心の強い性格でこの土地について色々調べていて、地元育ちの人たちよりも詳しいことが多かった。


「これで危ない建物が多いって、解体の方に話が進むんだろうけど、解体だってお金がかかるから難しいよなあ。再開発はもっとかかるし。まあ栄えればすべて良しって話でもないんだけど」


 ふと月世界願望園のことが思い浮かぶ。人のいない遊園地、誰も見ていない電飾の塔。引きずり込まれた者しか知らない、見えない園。


 あのただれた顔の満月は、真っ暗になった街の上を今も一人浮かんでいるのだろうか。

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