異世界転生モノの小説が増えたわけ

無月兄

第1話

 私の名前はメガ美めがみ。今年から時空の狭間にある神殿で働くようになった、新米の女神だ。

 その日、私が神殿へと出勤すると、同僚の女神ことメガ子めがこが、転生者の応対をしている最中だった。


 私達女神はあらゆる世界を管理し、そこに危機が訪れた時は、それを回避するため適切な対処を行う。言ってしまえば、魔王なんかが出てきて困った事になってる世界に、転生だの転移だので勇者を送り込んで事態の解決に当たらせている。

 だが……


「おい、なんなんだここは。俺は確か、トラックに轢かれたはずだぞ!」

「はい。あなたが轢かれたのは、私の運転する『異世界転生トラック』です。おめでとうございます、そのトラックに轢かれた人は、異世界に転生して勇者になれるのです」


 専用トラックで轢き殺し異世界転生させる。それが私達ヒラの女神の主な業務だ。メガ子がそれをこんなに丁寧に説明していると言うのに、やって来た男は怒ったように目を剥いた。


「ふざけるな。なんで俺がそんな事をしなきゃいけないんだ! だいたい、勝手に人を轢き殺すな!」

「ご心配なく。異世界に行けばチート能力が与えられます」


「オラを家に返してくんろーっ!」

「ああ、もう!」


 せっかく勇者に選んでやったと言うのに、ほとんどの人は嫌がったりまともに話を聞いてくれなかったりで埒があかない。今回の勇者も、またギャーギャー喚いてばかりでちっとも期待は持てなかった。







「はぁ。まったく、どいつもこいつも。ちょっと聞いてよメガ美~」


 さっきまで勇者の対応をしていたメガ子は、神殿裏にある事務所に戻って来るなり、泣きつくように不満を漏らし始めた。


「世界を救うなんて大役に選ばれたのよ。英雄になれるし、戦うためのチート能力だって与えてやるって言うのに、呼び寄せた奴らは揃いも揃って『やりたくない』だの『元の世界に返せ』だの。まともに話を聞いてくれる人の方が少ないじゃない。これじゃ、何人トラックで轢いても埒があかないわよ」


 彼女がこんな風に愚痴を溢すのも無理はない。

 ほとんどの勇者候補がそんな反応で、つべこべ抜かすなと無理矢理力ずくで異世界に送り込んだ事もあったけど、そんな奴らはちっとも勇者として勤めを果たしてはくれなかった。


 その度に、私達ヒラの女神は上司である女神課長とかから怒られるわけだけど、ここまで来るともはや一人二人の責任なんてものじゃない。

 我々『異世界商事』全体の業績を左右する、深刻な問題と化していた。


「どこかに『俺が世界を救ってやる!』くらいのやる気に満ち溢れた勇者はいないのかしらね。どうせ元の世界にいたって社会の底辺を這いつくばってるような連中なんだから、異世界で一発逆転を狙ってみなさいよ」

「実際、真面目に勇者やってみて、人生勝ち組になった人もいるのにね」


 使命を果たせば英雄になれるし、私達女神からプレゼントされるチートスキルを得たら、世の中イージーモードだって夢じゃない。勇者になるメリットはなかなかに大きいと思う。

 問題は、そんな勇者の良いところをみんななかなか分かってくれないことだ。


「みんなが『俺も勇者やりたーい!』なんて思ってくれていたら、私達も楽なのにね」

「そんなことになったら苦労しないよ」


 ため息をつくメガ子に苦笑して返す。だけどその時だった。私の頭に、ある考えが閃いたのは。


「そうよ。みんなが勇者になりたいと思ってくれたらいいのよね。問題は、どうやったらそんなことができるか。でも、この方法ならもしかしたら……」

「えっ、なになに? いいアイディアでもあるの?」


 上手くいくかどうかは分からない。だけど、試してみる価値はあるかも。









           ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆








「これ、読んでみて。上手くいけば、これでやる気のある勇者を増やせるかもしれないから」


 とあるアイディアを閃いてから数ヶ月後、私はメガ子のパソコンに、ある文章データを立ち開けていた。


「なにこれ、小説、っていうかラノベ? タイトルは、『俺が異世界で勇者になって人生一発逆転するまで?』。長くない?」

「抽象的なタイトルをつけるより、それくらい分かりやすい方がいいじゃない。それより読んでみてよ。私、昔ラノベ作家になりたいって思ってた事もあるんだ」

「いいけど、これがいったい何になるって言うのよ?」


 彼女の疑問はもっともだ。勇者にやる気を出させると言っておいて小説を読ませるなんて、何を考えてるんだと思うだろう。しかし、これにはちゃんとした理由があった。


「知ってる? サブカルチャーが世間に与える影響って大きいんだよ。昔、『キャプテン翼』や『SLAM DUNK』が流行ったおかげで、サッカーやバスケをやる人が増えたし、最近じゃ『仮面ライダー』の主人公の職業が、小学生男児の夢に影響を与えてるって説もあるんだよ」

「そうなの? って、あんたまさか」


 どうやら私の考えに気づいたようだ。こんな風に、異世界で勇者になって活躍する話を書いて広めれば、自分もこんな風に勇者になりたいと思う人達が増えるはず。


「最近じゃネットに小説投稿サイトも増えてるから、とりあえずそこから初めてみようと思うの」


 そう言ったその時だった後ろに、人の気配を感じたのは。


「興味深い話ね。私にも聞かせてもらえる?」

「あっ。あなたは私達直属の上司、女神課長!」

「私の紹介を兼ねたリアクションをありがとう。それより今の話とその小説の中身、教えてくれない。正直、最近の勇者事情はどうしようも無いところまで来てるからね。何か大きな作戦でも考えないとって思ってたの」


 仕事が優秀で出来る女って感じの彼女も、この現状には頭を抱えているようだ。私の書いたこの小説が、少しでも役に立てるのなら。そう思いながら自作の小説を披露すると女神課長もメガ子も、揃ってそれを読み進めていく。

 初めは二人とも黙って読んでいたけど、次第に質問と言うかツッコミが出てきた。


「なんで主人公の周りは女の子ばかりなのよ。しかもみんな可愛い上に、ちょっと優しくしたらすぐに主人公に惚れるじゃない。どれだけチョロいのよ」

「全体的にピンチになったり苦労したりする場面がほとんど無いけど、物語としてそれでいいの?」


 二人の疑問はもっともだ。たしかにこれじゃ、主人公に対して都合がよすぎると言われても仕方ない。だけどそれには、ちゃんとした理由があった。


「この話を書いた目的は、読んだ人が、自分も異世界行って勇者やりたいって思うこと。そのために考えたのが、ストレスフリーなお話です」

「どういうこと?」

「誰だって可愛い女の子にモテたいし、カッコいい活躍をしたい。そんな願望は持っていると思うんです。だけどそのために苦労するのは嫌。女の子が自然と集まってきて、勝手に恋に落ちてくれたらいいな。地道な修行や大変な思いなんてせずに、なんの苦労も努力もなく凄いって言われてチヤホヤされたい。ストレス溜まるような事なんて一切したくない。そんな純粋な欲望を書いてみたんです!」

「純粋って言うか、それって一歩間違えればダメ人間になる気がするんだけど」


 私としては渾身のアイディアだと思ったけれど、メガ子はなんだか微妙な反応。これはもしかすると失敗したか? そう思っていると、それまで黙っていた女神課長が口を開いた。


「それ、悪くないかもしれない。私が担当した勇者も、やる気を見せた奴らはたいてい、『勝ち組』や『ハーレム』と言った言葉と同じくらい、『楽』だの『簡単』だのと言った言葉に反応してたわ。結局みんな、楽して良い思いがしたいのよ。私は、その設定を支持するわ」

「本当ですか!」


 たくさん考えた設定だったから、評価されたのは素直に嬉しい。だけど課長は、それからさらにこう続けた。


「けどね、仮にこの作品や設定が受けたとしても、それだけで世間の勇者に対する意識を変えるのは難しいかもしれないわね」

「それは、確かに……」


 世の中には、その一作でブームを巻き起こすような『名作』と呼ばれる作品がある。スポーツものなんて、そんな作品一つで競技人工が増えた例もある。だけど私のこれがそんな名作達と肩を並べられるかと言われると、とてもそんな自信はない。


「じゃあ、結局どうにもならないってことですか?」


 悲しい気持ちで呟く私。だけど課長の言おうといていることは、それでは終わらなかった。


「だけど一つでは無理でも、たくさんの作品があれば、それも可能かもしれない」

「どういう事ですか?」

「あなだけじゃなく、何人もが同じような異世界勇者の話を書いて、ネットに投稿するの。他にも女神の力を使って、既に実績のあるWeb小説家に、神託として異世界チートを書けと言うお告げをしてもいいわ。ある程度話題になったら、異世界は受けるって思ってマネする人も出てくるでしょ。私達の力で、異世界ブームを作るのよ」

「まさか、そんな方法が……」


 目から鱗だった。ブームを作る。それは、たった一つの作品を書き上げるよりもずっと難しく、だけどより凄い事のように思えた。


「やりましょう。みんなが勇者に憧れるくらい、異世界チートを浸透させましょう」


 なんだか当初の思いつきよりも、ずっとずっと大事になったような気がする。だけどこれが世の中を、そして私達の仕事を変えるかもしれないと思うと、自然とやる気が溢れてきた。










           ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆











 ~時は流れて~


「おめでとうございます、トラックに轢かれた人あなたは、異世界に転生して勇者になれるのです」

「マジで? やった、これで俺もチートハーレムで無双できるぞ!」


 神殿の一角では、勇者に選ばれた男性が、両手を上げて喜んでいる。

 私達が異世界ブームプロジェクトを立ち上げてから早十数年。今や異世界転生ものは、ラノベの、Web小説の一大ジャンルとなっていた。


 ここに来るまで本当に苦労した。私は次々に新作を書いていったし、同僚の女神達は、そんな私の小説の評価を上げるため、投稿している小説サイトのアカウントをいくつも作って評価してくれた。いけないことだって? 世界を救うためだから、多少の不正には目を瞑ってよ。


 何はともあれ、そんな異世界ブームに伴い、神殿に連れてきた勇者達の反応も、かつてと比べて劇的に変わっていた。転生できて大喜びはもちろん、今や世間は、自分も転生したいと願う人で溢れている。新人の女神達も、そんな彼らを異世界に送るため、今日も張り切ってトラックで突っ込んでいっている。私達の努力がこの状況を作ったかと思うと、感無量だ。


 とは言え、全ての問題がなくなった訳じゃない。


「メガ美、大変。今トラック協会の人達が来て、異世界転生にトラックを使うのはやめろって言ってるの」


 またか。もう十年以上の付き合いとなるメガ子からの報告を聞き、私はため息をつく。

 トラック協会から似たようなクレームが来たのは、何もこれが初めてじゃない。異世界転生が流行れば流行るほど、その起点となるトラック事故も増えていく。それが、トラック協会にとっては耐えられないらしい。かつてはまだ小規模だったからまだしも、異世界ブームとなった今、放ってはおけなくなったと言う訳だ。

 異世界ブームも、良いことばかりじゃないんだね。


「仕方ないわね。私が対応するから、少し待っててもらって」

「はーい」


 指示を受けその場を去ろうとするメガ子。だけどふと足を止め、クルリとこちらへ向き直る。


「大変だね、メガ美

「やめてよ。まだその呼び方、まだ慣れてないんだから」


 大成功した異世界ブームプロジェクト。私はその発案者として、見事出世を果たした。別に私は出世欲なんて無かったし、その分こうして大変な仕事も回ってくるけど、そう言う立場に登ってしまったのだから仕方ない。


「さあ、女神の仕事を果たしに行きますか」


 入社から十数年。今日も私は、女神として頑張っています。


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