厭世の音色
宮瀧トモ菌
えんせいのねいろ
ベーシストと
中学生の時、唯は合唱でアルトを歌うのが楽しかった。学級には、合唱は恥である上に面倒だと
次第に、ジャズやボサノヴァ
そして、
加えて、唯は悪運強く退治を逃れた
唯も自身を偏屈な女だと思うことがある。だが、人を見下しているつもりはない。人の意見を軽んじている訳でもない。一言で表すなら、感性の相違である。人が夢中になっていることの大半は、唯の琴線に触れずに過ぎていった。彼女が素晴らしいと思うことは、大概人に理解されなかった。
音楽に
人の意見を耳にすると腹が立つことばかりだ。彼女は
唯の通う学科は、女子が非常に希少な
そんな
清楚系の用件は、明日
唯にとってカラオケボックスは、家族か一人で訪れる場所である。友人と行ったことなど一度も無い。
唯が断る戦略を黙念と思案していると、清楚系は先約があるのかと
唯は約束は必ず遂行せねばならぬと考える。唯の心中に目も
案内された黒い部屋は暑いほどに暖房が掛かっている。一同は
隣は、この怪しげな会に唯を引き
唯の真向かいは綺麗な金髪の
唯は自己紹介が苦手である。
流れから察するに、唯はトリを務めることになる。拍手の度に心音は
飲み物を注文する段階に入って、「みんな、かっこいいね」と女子は仲間内で騒いだ。唯はそれを耳にして初めて、そうなのかも知れないと感じた。金髪の女顔が「いやぁ、そっちもみんなかわいいよ」と調子の
人を容姿のみで判断するのは愚かな人間のやることだ。老成した唯は既にそれを心得ている。当然、顔の話を
唯を除いて一同が酒を頼んだ後は、誰から歌おうと構わないのに、順決めジャンケン大会が開催された。連中は
出番を終えた茶髪は清楚系とハイタッチをして、男達は「
次は金髪の
今流れてくるのは人気バンドにありがちな楽曲である。イントロは滑らかな聞き心地なのに歌い出しが難解だったり、終わりが唐突だったり、単純に歌詞が優美でなかったり、全体的にメロディーが
曲が終幕を迎えると拍手が起こった。女達は、金髪の二枚目に「すごぉい、かっこいいー」と言って
演歌を奉唱するような骨の有る奴は居ないのかと唯は思った。これでは軟体動物とコンパをしているも同然である。連中の歌を聞いても面白くない。唯はカラオケ独特の少々安っぽい爆音ベースラインを耳で追うことにした。あまり聞かないジャンルの曲ばかりである。ベースを学ぶ
男達は
唯は、ならば自分が本当の歌を連中に教えてやろうという気を起こした。近年稀にみる唯の
唯は歌に自信があった。本日の調子は
唯が歌い終わると、茶髪が「えー、こんな歌知らなぁい。だれの歌?」と
「いやぁ、随分と古いな。それじゃあ知らなくても当然か」
背の高い眼鏡が、画面に表示されている曲のリリース年を見て笑い
唯は立った
次を担当する清楚系の曲が流れてくる。一同の関心は唯を離れた。唯は奥の硬いソファに腰掛け、グラスを手に持ち、ジュースを口にする訳でもなく、ただストローを
すると、甘い顔した金髪の男が近づいてきて横に座り、笑顔で話し掛けてきた。
「オレ爪占いできるんだ、ゆいちゃんもちょっと占わせてよ」
名を覚えられていることに僅かな恐怖を感じる。唯は他人から興味を持たれることが嫌だった。
それに、占いなど下らない。どうせ
唯がグラスをテーブルに置くと、伊達男はさも当然の様に唯の両手を取る。唯は
「おやぁ? 右手のひとさし指と中指の爪だけが短いですねぇ、ふむむ、なるほどなるほど」
色男は
端麗な男は
「出ました。ゆいちゃんはズバリ、むっつりスケベです!」
他の連中はカラオケに夢中である。男の声は唯にしか届かなかった。目の前の男はニヤニヤしている。
虚を突かれた唯が
「オナニーするから爪短いんでしょ? 一本で満足できないなんて、ゆいちゃんはずいぶんエッチな子なんだね」
血潮が引いた。唯には、血液が全て
次の
猿の鼻孔から鮮血が
猿に
猿は
唯はウッドベースに憧れていた。しかし、あの楽器は低音好きの一介の小娘に買えるような品物ではない。唯が持っているのは安価なジャズベースである。ツーフィンガー奏法で爪が弦に当たると、気持ち音が
爪は毎日磨かれた。それはベースの基礎練習と共に唯の日課であり、努力だった。それほどに神聖なものを、この猿は愚弄したのだ。唯が
結局、追放されたのは唯の方だった。彼女は冬空の
見上げると、悠然たる夜空に昇る
社会は、あの猿みたような
唯は独りだった。ベースは音楽の
唯は
唯は生真面目な天邪鬼である。彼女の未来に幸福が待っているのか。それは誰にも分らない。
厭世の音色 宮瀧トモ菌 @Tomkin2525
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