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 どのくらい眠っていたのだろうか?


 ゴトン!


 また足下から鈍い音が聞こえる。


 手にスマホなんて握っていたっけ?


 恐る恐る目を開けて足下を見ると、やはりスマホが落ちていた。


 席を立ってそれを拾いながらドアを見ると、やはり開いている。


 慌ててスマホを内ポケットに納め、鞄を掴んで飛び出すように電車を降りた。


 ホームに立って辺りを見回すと、家路に向かう人の群れが、ホームの階段をゾロゾロと登っていく。


 見慣れたはずの情景だが、しばらく感慨深く眺め、群れの終わりが目の前を通り過ぎると、群れを追う様に歩き出した。


 改札を抜け、駅の外へ出ると、バス停まで急ぐ。


 そしてバス停に辿り着き、スマホを内ポケットから取り出して初めて気付く。


 スマホが壊れていた事に。


 バスの運賃の決済はICカードでは無く、このスマホを使っていた。


 一応、定期に付いているICカードでも決済は出来るが、殆ど残額が無いので、一度駅に戻ってチャージしなければならない。


 自分の用意の悪さに思わず舌打ちをしたが、壊れたスマホを眺めながらふと思い付く。


「たまには歩いて帰るか・・・・・・」


 壊れたスマホを通して、ミクが歩いて帰れと言っているように思えたからだ。


 今の会社に勤める事になって初めて、駅から家まで歩く事にした。


 普段はバスから見下ろしていた繁華街を通りながら、ファミレスや大手ハンバーガーショップの店の中を窺って一安心する。


 判で押したような、同じ容貌の店員では無かったからだ。


 塾帰りなのだろうか。ミクそっくりの髪型をした女子高生が、ハンバーガーショップの中で友達と談笑している姿に、一瞬ドキリとした。


 そうだ、生まれてくる子が女の子なら未来みらいと書いて未来みくという名前にしよう。男の子の場合は・・・・・・まあいいや。女の子に決まってる。


 何の根拠も無いけど、何故か女の子が生まれてくるような気がした。


 歩いて一時間の道程も、その子の事を考えるだけで苦にならなくなってきた。


 一体どんな子で、どう育つのだろう?


 そして自分はどう関わっていこうか?


 本当に楽しみだ。




木暮未来こぐれみくの、オリジナルボディーは見つかったか?」


 大きく暗い部屋に、一つの大きな円筒形の水槽を囲むように、それを小さくした九つの水槽が並んでいた。その九つの水槽にはそれぞれ人の脳が浮かび、発言するたびに水槽上部から発する淡い光が点滅する。


「鋭意捜索中ですが、発見の見込みは薄そうです。既に地下へ潜っているものかと」


「木暮博士にも困ったもんだ。五百年ぶりに目覚めたと思いきや、オリジナルボディーで外へ出ては好き勝手する。こちらから居場所を探るためハッキングを仕掛けてみれば、巧妙に仕組まれたダミーのお陰で本人へ届いたためしが無い。そのくせ向こうは、こちらのセキュリティーをザル扱いにして、ハッキングをし放題だ。一体誰が、こんなモンスターを生み出したんだ?」


木暮秋央こぐれあきひろ春海はるみ夫妻ですな」


「過去の人間に愚痴はこぼしたくないが、娘の教育はちゃんとしろと言いたいですな」


「ところで彼女、何故あの男を、変異体の保管室へ連れて行ったのでしょうか?」


「それなんだがな。取得出来たあの男のデータを、共有するから見てくれ」


 そのデータを回された他の八つの脳は、一様にそれが示す内容に驚愕する。


「なっ! これは! まさか博士は、パラドックスを引き起こして、全てを無かった事にするつもりか」


「いや、それはどうか分からん。実際にパラドックスが起こるかどうかなど、誰も証明出来んからな」


「本当に起こるのなら、あの男が消えた時点でそうなっている。ただ彼女は、警鐘を鳴らしたかっただけに違いない」


「まあどちらにしても、彼女が目覚めたと言う事は、我々の計画のどこかに、瑕疵かしがあるのを認めねばなるまい」


 プロジェクト当初に未来が描いていた青写真と、それを元に彼等が進めている計画とが大きく乖離した時、彼女が目覚めると言う事を、この場にいる誰もが知っていた。


「いっそ、彼女の好きにさせてみては如何いかがかな?」


「その場合は我々のリセットも考慮に入れねばならないが、その覚悟はお有りか?」


「それは困る。我々にも少なからず野望はある」


「じゃあいっそ敵対して、全てを我々が乗っ取るというのは?」


「それこそ愚策というもの。完全に手玉に取られている我々に敵う訳あるまい」


 その台詞に一同が黙り込む。


 すると最初に未来本人の行方を尋ねた脳が、話を纏めに掛かる。


「兎に角、彼女を探し出して、どう言った瑕疵かを問うしか仕方あるまい。兎に角、各々が手分けして、彼女とのコンタクト方法を見つけ出す事にしよう」


 すると他の八つの脳はその言葉に対し、口々に『賛成』や『異議無し』と同意の言葉を残すと、それぞれ点滅していた淡い光が消えて、その場に暗闇と静寂が訪れた。

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リモートソサエティー《遠隔社会》 寅ノ尾 雷造 @KO-IZU

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