リハビリ 鬼と悪魔の昔恋語(3)

 お嬢様の去った後、薄暗い部屋に残された二人は、今後どうするかを話し合っていた。


「私は植木の手入れがあるのでここを離れなければいけません。――もちろん、この部屋にい続けてもいいですが、あなた様はどうされますか?」


 この場にい続けてもいいが、身の保証については責任を負えない。――無論、命が狙われているわけではなかろう、その責任はあまりにちっぽけではあることを考慮すると、この場にい続けたほうが賢明ではある風に思う。


「うーん。他に選択肢があるのか? お前は俺を見捨てるのか?」


「そういうわけではありません。ただ、この屋敷に匿ってもらっている以上は、この屋敷に尽くさなければいけません。今日も、まだ仕事が残っています。それらを終わらせることが最優先と考えます」


「かたっくるしいな」


 言う通り。堅苦しいのは理解している。だが、一人の感情どうこうでこれらはどうにかできる問題ではない。メイドの衣食住が関わってくるから。

 先ほどの言葉の受け止め云々は、確かにメイドの精神面の問題だからどうにか処理できるが、仕事は仕事だ。それが、生命維持に必要ならなおさらだ。


「分かった――ここにいても暇だ。暇だから逃げてきたのに、また暇になるのはこりごりだ。だからこういうのはどうだ? 俺がお前の仕事を手伝う」


「は、はあ……」


メイドとしてはそうしてくれるのは、ありがたい反面、うっとうしくもある。これが同じメイドとして手伝ってくれるならありがたいが、申し出ているのはメイドでもなく、一等地の坊ちゃんだ。


「では、どうされますか? ――今のあなた様の恰好では、誰かに見つかれば終わりですよ」


「もちろん着替えるよ。――逃げてくる途中に、今日メイドの新入りがくるってのも聞いたしな」


 まあ、問題はないだろうが――お叱りを受けそうではある事案だ。


「分かりました。男性用のメイド服を取ってまいります、ここで少し待っていてもらえますか?」


「もちろん」


 そうとだけ言ってメイドは部屋から出る。

 どうしてこうなってしまったんだ。私はともかく、私と一緒にいるはずのない貴族が一緒にメイドの仕事をしてくれるというのはどういうことなんだ。

 混乱しながらも、しっかりと言われたことは行う。先ほどとは違う物置――もう何年も使われていないその部屋に男性用のメイド服はあるだろう。なんでも、最後の男性メイドは50年以上前だったそうだから、最年少のメイドはもちろん他のメイドたちも、メイド長でさえも会ったことがない。

 ――ただ、メイド長が言っていたことだが――ご主人様曰く、そのメイドは小さいながらも非常に尽くしてくれた。メアと変わらない年で、君より仕事ができていたんだから。――よく周りを見ていた。メイド以上の仕事をしてくれたよ、彼は。――いやいや、君がだめとか、そういう話ではないんだ。彼と比べること自体間違ってるよ。見た目は子供のようでも、あれは私よりも長生きしているような――そんな気がしたんだから、私も彼のようにはなれないと感じたし、今でも彼を尊敬し、それでも彼のようにふるまいたいと思っているよ――らしい。

 そこまですごい人物なのだ、きっと大物になっているだろう、いつかご主人様にそう言われるメイドになりたい、と思ったこともあった。

 使われていないその部屋の扉を開く。物置部屋だけあって、ほこりが舞っている。

 幸い、メイド服はクローゼットの中にしまってあることを知っていたので、ほこりを気にせずクローゼットを開ける。

 ――服のサイズに関しては問題ないだろう。むしろぴったり過ぎて怖い。

 ハンガーにかかっている服を取りはずし、手にかけて持っていく。

 男の子のいる部屋に戻ると、男の子の姿は見つからない――いや、隠れているのだろう、見つからないように。


「私です。男性用のメイド服を持ってきました。渡すので出てきてください」


「おっ、ありがとう――着替えるから出て行ってくれないか?」


「――私が部屋の前で待っていたら、不審に思われるかもしれません。それでもいいと言うのなら……」


「分かった分かった。この部屋にいろよ。そんなしょうもないことで捕まったらばからしい」


「分かりました」


 再び奥のほうに戻っていく男の子。――しばらくしてから、ごそごそと音が聞こえる。まあ、誰も入ってこないだろう。メイド服を着たら、元の服をどこに置いておこう。この物置に置きっぱなしにしてもいいが、またここに無事に戻ってこられる保証はない。だからといって持っていくこともできない……もしかして、この話に乗った時点で、どう頑張っても怒られる未来しかないのではないかとメイドは想像する。

 いやな思いが頭をよぎったが、それを遮るように男の子が奥から出てきた。

 その姿は、メイドと同じぐらい、いや、もっと様になっていた。まるでメイド長の言っていた人物のような――。


「さっ。行こうぜ」


 そう言ってメイドの手を取り、鋏を取り、二人は非行に走った。

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修学旅行物語 ヤマ @yamanoheya

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