005:スキルの価値、そして悪へ。


「おじさん〜こんな時間に何やってんの?」

 

「…………」


 さ、最悪だ……。

 どんだけツイてねぇんだよ俺は……こんないかにもチンピラな奴に絡まれるなんて……。


「え? 無視? 無視はひどくなーい?」


 ガタガタと体が震える。

 めちゃくちゃ情けない。

 怖い以上に自分が情けなさすぎて死にそうだ。

 10歳以上年下だろう奴に……怯えるしかないなんて……。


「……こんばんわ」


「はいこんばんわ〜」


「じゃああの、俺は用事がありますので……」


「ちょいちょい待ってよ。今暇してたじゃん。俺の愚痴を少し聴いてくれてもよくない?」


「…………」


 最悪すぎる……。

 ……いや、待て。

 俺には〈テレポート〉があるじゃないか。

 多少不自然でもこれで逃げれる。

 意識を一瞬でも逸らせればいい。


 よし、やってやる。


「……あッ!!」


「ん?」


 俺は唐突にチンピラの後ろを指さして叫んだ。

 それに釣られてチンピラも後ろを振り向く。

 

 今だ! 今しかない!


 ───〈テレポート〉


 ズキンッ


 うっ……。


 頭が……痛い。

 テレポート……できてない。

 なんで……。


「なになに急に〜。ビックリするじゃん」


「……すみません。珍しい鳥がいまして、つい……」


「ふーん。おじさんウケるね」


 なんでだよ……なんで〈テレポート〉できない。

 クソがッ。


「じゃあちょっと愚痴聴いてよ。俺彼女の家に同居してんだけどさ〜、すげー大喧嘩してさっき家追い出されちゃったんだわー」


「……はぁ」


「んまぁ、愚痴はこれで終わりなんだけど」


「…………」


 ……何を聞かされてんの俺は。


「そ、そうなんですか。それは災難ですね、じゃあ俺は───」


「だから俺今すげームカついてんの。ちょっとおじさんで憂さ晴らししていい?」


「はい? ……ッ!」


 視界が揺れる。

 それが『殴られた』ことによるものだと理解するのに数秒かかった。

 そして理解すると同時に、俺の冷静さは完全に消え失せた。

 

 殴られた殴られた殴られた殴られた……。


 俺の心はさらに恐怖に染まる。


「いきなりごめーん。痛かった?」


 痛かった……だと。


 ふざけんなよ、そんなの痛いに決まって………………あれ?


 痛くな……い?


 あれ、痛くないぞ。


 例えるなら、華奢な女の子にビンタされたような……見た目以上に全然痛くない。

 ちょっとビックリするだけ。


 今、俺殴られたよな?


 こいつが実は超弱い……ってことはさすがにないよな、腕めっちゃゴツイし。


 痛くないと理解した瞬間、俺の心は少しだけ落ち着きを取り戻した。


 なんでだ、なんで痛くない。

 俺の思考はかつてないほど高速で回転し、ひとつの結論にたどり着く。


 ───〈打撃耐性〉


 信じられないけどこれしかない。


「あースッキリするわー。もうちょっと殴らせてね〜」


 続け様に俺は殴られる。

 顔や腹を何度も何度も殴られる。

 そして最後に蹴り飛ばされて、俺は無様に転がった。


 だけど───全然痛くない。


 まじかよ。


 スキルってこんなにヤバいのかよ……。


 俺の心は驚愕に埋め尽くされた。


 もはや恐怖の入り込む余地などありはしなかった。


 〈テレポート〉だけじゃないんだ。


 他のスキルもとんでもないんだ。


「やり返してこないの〜?」


 地べたに転がった俺を見下ろし、チンピラは煽ってくる。

 だが残念。

 俺の心は微塵も揺らがない。

 1mmの動揺もない。


 なぜなら───俺の〈煽り耐性〉は驚異のLv.2だからだ。


 俺に安い煽りは通用しない。


 ……もしかしたら、俺はやり返せるんじゃないか?


 このチンピラをぶちのめすことができるんじゃないか?


 勝てるかもしれない……そう思った途端になぜか少しだけ、勇気が湧いてきた。


「じゃあもうちょっとだけ我慢してよ。そしたら俺は行くからさ〜」


 チンピラが近づいてくる。


 その時俺は、自分が〈身体強化〉を持ってることを思い出していた。


 よくよく考えれば布石はあったのだ。


 運動不足の俺が1度も止まることなく家から駅前のコンビニまで走れるなんて……そんな道理はなかったんだ。

 そこからそもそもおかしかったんだ。

 とすれば、俺の身体能力はかなり向上している。


 いける。


 やってやる。


 人を殴ったことなんてないが、1発キツいのをお見舞いしてやる。

 やられるだけの俺が、まさか反撃してくるなんて微塵も思っていないだろうなコイツは。


 なら、相手の虚をつける最初の1発が肝心だ。


 どこを狙うか?

 

 漫画とかではこういう時…………『顎』だよなやっぱ。


 よし。


 考えてる時間なんてない俺は、そんな浅い知識で覚悟を決めた。


「いやぁ、もうちょいだけ───」


 今だ。


 しゃがんだ姿勢から、空に飛び上がるように。


「どりゃあァァァッッ!!!」


 チンピラの顎に思いっきりアッパーをくらわした。

 するとチンピラは宙を舞い、地面にドサッと落ちた。

 俺の力は予想を遥かに上回るものだった。


「や、やった……」


 困惑もあった。


 だけどその何倍も───クッソ気持ち良かった。

 

「し、死んでないよな?」


 少し不安になった俺はチンピラに近づき、呼吸を確認する。

 良かった死んでない。

 気を失ってるだけだ。


「はぁ……はぁ……やった。やってやったぞこの野郎が……」


 〈テレポート〉できない時は焦ったが、今は最高の気分だ。


 そういえば、なぜできなかったんだ?


 今はできるのか?


 そこで俺は悪ふざけを思いついた。

 悪いのはこのチンピラだ。

 コイツで試してみるのも悪くない。


 俺は気を失っているチンピラの頭に手を当て……


 ───〈テレポート〉


 原因は分からなが今度は問題なく発動し、チンピラは50cm程テレポートされた。


 『全裸』で。


「ざまぁみやがれクソ野郎が」


 俺は全裸で気を失っているチンピラをそのまま放置することにした。

 股間を服で隠してあげたのは、俺のせめてもの優しさだ。

 それから俺は、最高の気分すぎてスキップしながら家に帰った。


 

 ++++++++++



 後日、俺が成敗したチンピラ関連のツイートが複数人に画像とともに投稿され、Twit〇erは盛大に賑わった。

 それから証拠となる目撃情報が次々とネットにアップされ、全裸のチンピラが路上で発見されるという珍事件は信憑性を帯びてしまい、世間の盛り上がりは留まることを知らず、果てにはワイドショーなどにも取り上げられ一世を風靡した。


 俺はそれらを見ながら思う。


 悪いことをしたなと。


 1人の人生を大いに狂わせた。


 でもなぜだろう。


 俺の心には欠片ほどの後悔もなかった。


「いいもんだなぁ、悪に染まってみるのも───」


 それどころか俺は、自然と笑みを浮かべていた。




【後書き】

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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『スキルガチャ』というアプリを見つけて平凡な日常が一変したので、悪に染まってみようと思う。 黒雪ゆきは @kuroyuki72

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