ウィッチゴーレム

山岡咲美

第1話「ウィッチゴーレム」

 「距離、50000メートル、406ミリメートル施条砲ライフリングカノンの射程まで10000を切ったわ」


施条砲しじょうほうは砲身内部の螺旋状の溝で砲弾を回転させる事により長射程を可能にした砲の事だ、そしてその砲の狙いを定める女はコクピットに立ち反射窓ペリスコープ見ながら話した、両足は床面ロック部へと固定し背部から左右対称に出た操縦桿を握りそこへ魔力を流し機体を支配している。


女は[ウィッチ]と呼ばれていた。


「45000を切ったら前部ランプ扉を開けろ、先行して下から突き上げる」


女の居るコクピットの前、反射窓ペリスコープの下には分厚いガラス越し(当然そのガラスが固定されている複合材の前壁も分厚い)に前部キャビンスペースが見える、そこは折り畳みの椅子が在りただ男が座って居る。


男は[ウィザード]と呼ばれていた。


「45000、ランプ扉 開く」


男の前に在る壁が押し出される、風がキャビンへ叩き込まれ壁は沈んで行く、それは笑えるほどでかい金庫の扉の様だった。


男はゆっくりと立ち上がる、分厚く脚部を包むズボンと体のラインにピタリと合った上着、女と同じ空軍パイロットの正式戦闘飛行服だ、腰には杖が在り魔法伝導性の高い白金プラチナの台座に納められた魔法石がその中に蒼いほのおを燃やしていた。


扉の向こうに景色が見える、分厚く永遠と続くかの様な黒く低い重雲おもぐもの雲海、空の上だ。


「先行するぞサクラコ」


男は振り返りもせずキャビンからその身を投げた。


ガラス越しのサクラコは静かに目を閉じる、彼女の脳内に機体からの全周囲映像と軍の持つ全ての情報が流れ込む、口元は微笑びしよう


「行ってらっしゃいヒラサカ君、私の王子様」


落下するヒラサカの視界にそれは映る、の機械が空を進んでいた。


全長38メートル、その大きさ故に鈍重どんじゅうに見えるがそれはまさに人型ロボットと言う様な風貌ふうぼうで、特に目を引くのは脚部、ももの部分がとても太く、更に後ろへと長く延びその先に推進機と翼(航空力学知ってますかって感じのデザイン)があり、そしてその下にはヨットのキールの様なすねがあるのだかその先はただ鋭角だった(こいつは歩く様には出来て居ない)。


上半身、下半身に比べ相対的には小さくみえたがそれでも12メートルはある、コクピットとその前方部のキャビンが機体中心部に収まり、胴体は細身で腕部わんぶももに当たらない様に肩幅があり、ハードポイントと呼ばれる二本の細長い腕が、その腕に似つかわしくない巨大なスナイパーライフルを右手にその巨体を覆い隠せそうなほどの盾を左手に持っていた。



魔道空戦機[ウィッチゴーレムwg22b]である。



***連合国軍輸送飛行船アクロン***


1時間前



全長478メートルにも及ぶ飛行船にはウィッチゴーレム4を収用出来る固定装置スカイフックが在ったが2人のウィッチゴーレム1騎だけが吊るされていた。


「観測員からの情報によれば4騎の敵ウィッチゴーレムが南下なんかしているのが確認された、威力偵察と推測するが実のところは解らん」


ブリーフィングルームで飛行隊長が二人に話す。


「いいか王子様、お前の任務は敵を殺さず捕虜にする事だ、敵に現状変更の既成事実を作らせず更に戦争の口実を与得ない上で人質交渉に持ち込むんだ」



「はあ…飛行隊長、それは良いのですがその[王子様]は止めていただきたい」


「何いってるのヒラサカ君、アカデミーの頃から使っている魔法名コールサインでしょ!」


「まさか軍でまで使うとは思ってなかったけどね、あとヒラサカ1尉だ、サクラコ3佐」


「良いじゃない1尉、上官のめーれーです」


(何でこんな事になった俺?)


飛行隊長は少し笑う、アカデミーの頃とは立場が逆転しているのを知っていたからだ。


「いいか王子様、これはお前ら2人がスペシャルだから可能な作戦だ、要望通り駆逐攻撃隊のナイトウォーカー×バックツイン組は下げさせた、2人でやらせてやる、必ず成功させろ!」



***再び戦場へ***



ヒラサカの前に地面が迫る、スローモーションの様に身体をひねり一回転、足元がかすかに光りその先に光りの輪を創る…輪は彼の体を支え押し上げた。


そう、魔法使いウィザードは飛ぶのだ。


「サクラコ聞こえるか?」


ヒラサカは意識をサクラコのウィッチゴーレムへと向ける。


「ヒラサカ君の声が私に聞こえ無い事なんてあった?」


ヒラサカは少し苦笑いした。


2人は念話テレパスで話している。


「サクラコは重雲おもぐもを回り込んで待機、俺が2000を切ったら後ろの1を狙撃しろ、俺は500でもう1騎のふところへ跳び込む」


「ステルス性能を活かすのね」


「ああ、奴等に反撃の機会は与えない」


距離3000メートル


「見えた」


山影から低空飛行している、敵ウィッチゴーレムをヒラサカは目視もくしした。


「情報通り重装甲スカートフロート型4騎、武装は右ハードポイントに240ミリメートル滑空砲スマートボアカノン、左ハードポイントに戦棍メイス追加モジュール装甲が重くて高高度戦闘は無理そうだ」


滑空砲かっくうほうとは射程が短い代わりに貫通力のある砲の事で対重装甲用の砲、つまり明らかな近距離戦闘型、サクラコ達のウィッチゴーレムwg22bとは戦闘思想がことなっていた。


「じゃあ、これで撃っても死なないわね」


サクラコは右ハードポイントが持つ長射程の超重量弾を超高速で撃ちこむ、ろくでもない武器を見詰めそう言った。


「………」


ヒラサカは確かに死にはしないと思ったが中の奴等に同情した。


「ヒラサカ君、狙撃位置着いた」


サクラコは全ての感情をすうっと引かせ、引き金を絞り始める。


「撃て…」


ヒラサカは自己の目標を捉えつつ静かに伝える。


一瞬重雲がオレンジ色に染まる、放たれたなまり白金プラチナの合金で造られた弾丸は放物線をえがきつつ敵ウィッチゴーレムの進行方向へと吸い込まれて行く、サクラコは敵ウィッチゴーレムの未来位置を予見よけん射撃したのだ。


「回避する」


サクラコのウィッチゴーレムは素早く回避行動を取った、人と同じ箇所にある関節は二つの駆動部から成っており生物を超える滑らかな動きを示し重雲の上をフィギュアスケーターの様に移動した。


瞬間移動テレポート…」


敵ウィッチゴーレムへ向かい急加速したヒラサカは敵ウィッチに観測されるが、その姿を瞬間この時空間から消し突如 敵ウィッチゴーレム前部ランプ扉 前へと現れた。


「喰らえ」


ヒラサカは敵ウィッチゴーレムの2倍はある巨大な光りの輪を降りぶった拳の先に創り出し、そしてそれはウィッチゴーレムへと振り抜くと共に拳大こぶしだいへと集約され光を強め威力を増した。


2つの音、衝撃波が2騎の敵ウィッチゴーレムを揺らした、サクラコが放った弾丸も同時にもう1騎を捉えており、その重量×速度で魔法障壁を激しく叩いた、弾丸のなかの白金プラチナが魔法障壁に過剰反応するためだ、恐らく中のウィッチとウィザードは鼻血程度では済まない気の失い方をしているであろう事は容易に想像が出来た。


「次だサクラコ!」


サクラコのウィッチゴーレムは既に第2射の準備が整って居る。


「撃ちます」


重雲がまたオレンジに染まる。


あと1騎、俺が落とす!!」


ヒラサカは眼下に最後の1騎を捉える。


破壊剣バスターソード…」


ヒラサカは杖を取り出し剣の様に構える、魔法石の蒼いほのおはヒラサカの魔力にあてられ急速にあかく激しくそのたぎらせる。


「なにあれ?…」


両騎りょうきを2騎失い、今まさに3騎目を狙撃され孤立させられた敵ウィッチはヒラサカが持つつかひねりからその光りの反射を見る。


「透明な剣?…デカイ…??」


キャビンから出る事が出来た唯一の敵ウィザードがそれを見た時には全て終わっていた。


「大丈夫、殺すなと言われている」


ヒラサカはその手にあるウィッチゴーレムの全長ほどある透明な魔法のつるぎで最後の1騎の腰骨こしぼねを切り跳ばした。


そして敵ウィザードは圧倒的な力の差に身動きも出来ず、ただゆっくり浮かびそして地に足をつけるしか無かった。


「さてと仕上げだ、スパイのデータだと首筋らしいけど…」


ヒラサカは推進機を失い擱座かくざした敵ウィッチゴーレムの後ろへと回り首筋の装甲を剥ぎ取った。



emethエメス(真理)]



装甲の下、背骨にはそう在った、ヒラサカは杖を再び使う、今度は細いレイピアの様に。



methメス(死)]



ヒラサカはそのレイピアで最初の[e]の文字を削る、ウィッチゴーレムから命の息吹が消えた。


「これでおしまいだ…」


ヒラサカは敵ウィッチが意識を取り戻す前に残り3騎にも同じ処置をほどこした。


ウィッチより先にウィザード達が目を覚ます、支援機であるウィッチゴーレムを失ったと知り彼等は腰にある白金実剣プラチナソードを地へと落とした。



「ありがとうウィザード…」


ヒラサカは静かにそう言った。



そしてこののちに始まる冷戦が終わるまで彼等は知らなかった、この戦闘が2人のイレギュラーによっておこなわれた事に、この2人の活躍により[連合国]と[連盟国]は10年にわたるにらみ合いと言う名の平和を作る事に成功した、それほどの力の差を連盟国のウィッチ、ウィザードに見せつけたのだ。



***静かな重雲の下で***


エピローグ



「ローズウィッチよりアクロン、ミッションコンプリート、本騎はこれよりセカンドミッション、捕虜収用支援にあたる」


「アクロンよりローズウィッチ了解、回収部隊は10分後到着予定、おつかれさまウィッチ、おつかれさまウィザード」


サクラコは目をゆっくりと開き反射窓ペリスコープからヒラサカを確認した。


「やっぱりアカデミー時代の魔法名コールサインは駄目かもね、サクラコ(桜子)なんだからもっと可愛い感じの[チェリーブロッサム]とかあるでしょうに、薔薇ばら魔女まじょさまって…」


王子様がこっちを見て笑っている。






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