LOST ARIA ~失われた光と迷い子~

茶兎

Chapter0-0 prologue

本来ならば立ち上がる気力すら残っていなかった。

全身の至るところに切り傷や刺し傷が刻まれ、そこから流れる血は白い服を赤く染めながら、地面に滴り落ちる。

一目見るだけで痛々しいその傷は、今なお彼女を見下す者によってつけられたのだ。

全身に走る痛みは、彼女の呼吸すら困難にさせ、今にも崩れ落ちそうになる。

しかし、彼女はいまだ諦めた者の瞳≪め≫をしていなかった。


「ここまで追い詰められるなんて……予想すらしてなかったわ……」

「フン。一瞬でくたばれば痛みも感じずに逝けるというのに」


雲一つない空から降り注ぐ満月の光に照らされながら、宙に浮いている異形が彼女に言葉を返した。


「仕方ないじゃない……私はーーゴホッ!

ゴホッ!! 諦めるわけにはいかないから……」


そう、彼女は諦めるわけにはいかなかった。

どんな醜態を晒そうとも、守るモノのために立ち上がらねばならなかった。

その信念が彼女を奮い立たせる。

彼女は、目的を失って、生き長らえることに意味などないことを知っていたから。


「何かを守るため……いや、アレを守るためか。それほどまでに価値があるとは思えないがな」

「あら……そう? そう思うならアナタは、人の感情を理解できないただの怪物じゃないかしら?」

「同じ怪物の域に至っているお前が面白いことを言う」

「アナタ程じゃない……からね」

「それは負け惜しみのつもりか?」

「まあ、そうね……半分当たりで半分外れといったところかしら……」


そう言って彼女は、守るべき大切なモノを思い浮かべる。


「下らんな。そもそも、守るという行為自体が、弱者の行為だ」

「フフッ……それを言ってしまうとアナタはそんな弱者に苦戦している……ってことになるわね」

「……小賢しい」


その声と共に異形の手からナイフが投げられる。


「うぐぅ……ッ!」

「小道具一つ躱せないお前が、同じ理論の場に立つことを許した覚えはない」

「そう……ね。でもこれで……ハッキリした……」

「何だ?」

「アナタも結局感情に左右される人間……つまり私と同じ土俵にいるってことよ」

「……もういい口を開くな。お前との会話は終いだ。今すぐに無に還してやる」

「あら……? そんなこと……できるかしら?」

「当然だろう。今のお前に何かできるとでも?」


その声に反応して彼女をは不敵な笑みを溢す。


「そうね……例えばこんなのは……どう?」


発した声と同時に彼女の身体が淡く白い光に包まれる。


「第二魔法門 展開……」


彼女の発動する魔法に会わせるように、大地や大気までもが振動する。


「貴様! これは一体何の魔法だッ!?」


(ごめんね……)

本当なら、もう一度言葉を交わしたかった。

「ただいま」っていつもみたいに家に帰りたかった。

だが今のこの状況で、それは叶わないことであると悟った彼女は、自らの命を投げ出して守る決意をする。


「決まってる……じゃない。終わらせるのよ……」

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