最終話

 朽ち果てた城の中庭に楠が植えられている。その根元に二つの石が並べて置かれ、花が添えられていた。その前に数人が並んでいる。その中の一人が、陶器に入った酒をその石の片方にかけ、その後、自らも口に含んだ。


「あ、父上! まだお酒は……」


 ユキジが止めるのを聞かず、ヤシロは口に含んだ酒を飲み干す。そして、その陶器を隣のジョウケイに渡した。


「約束だよ……すべてが終わったら、また三人で酒を酌み交わそうという」


 ジョウケイも頬に涙を伝わせ、酒を口にする。


「きっと殿も喜んで……」


 最後の方は言葉にならない。まさに男泣きといった様子で天を仰いでいる。そんなジョウケイの肩を叩いているのが、玄鬼というのも不思議な感じがする。


「それにしてもユキちゃんのおとんも、よくあの状態から生きてたなぁ」


 ヤシロの様子を見て、しみじみとツクネが言った。あれだけの出血と傷だ、命を落としてもおかしくなかった。それがひと月足らずで、ここまで回復したのは奇跡としか言いようがない。


「……コハクのおかげだよ」


 墓石に手を合わせたまま、ヤシロが言った。


「コハクの?」


「ああ、無意識のうちにか意識的かは、わからないがコハクの刃はできるだけ私の急所や臓器を避けるように通されていた」


「……父上」


 ヤシロの背に向かって、ユキジは疑問をぶつける。


「コハクは誰かに止めてもらいたかったのでしょうか?」


「さあな、今となってはそれもわからん……元来は穏やかで優しい子だった。お前のことも実の妹のようにかわいがっていたよ」


 そこでヤシロは合わせていた手を解いて、ユキジの方を振り返る。


「……ただ、その最後は穏やかな表情だったと聞く。それがすべてなんじゃないか?」


 ヤシロの言葉にユキジはうなずく。周りのジョウケイやツクネ、カリンに玄鬼もその様子を見て同じようにうなずいている。


「さてと……」玄鬼が頭を掻きながら、一歩前に出る。


「それじゃあ、そろそろ俺らは行くわ。サクラの墓にも参ってやらないといけないしな」


「……達者でな。私も落ち着いたら参らせてもらう」


「ああ、サクラも喜ぶと思う。それじゃあな、ア・ニ・キ! ほら、カリン行くぞ!」


 そう言って玄鬼は歩き出す。別れはあっさりと湿っぽくならないようにが、玄鬼の主義だ。玄鬼の後をひょこっとカリンも黙ってついて行く。


「カリン! たっぷり玄鬼に甘えさせてもらうんだぞ」


 そのヤシロの言葉は無視したカリンだが、ユキジの「楽しかった! またカステルラ持って会いに行くよ!」の言葉には後ろ向きのまま、手を挙げて答えた。


「それじゃあ、うちもここらでお暇するわ。香具師の仕事もそうやし、弟探しも再開せなあかんしな」


「ツクネさん、本当に今までありがとうございました!」


 ツクネに向かって頭を下げるユキジを、ツクネは手を振って制する。


「何や水臭いな! うちも楽しかったで! これで今生の別れとちゃうやろ?」


 大きくうなずくユキジの頭をよしよしと撫でて、「ほなな」と手を振ってツクネも去っていく。その背中の大きな籠が見えなくなるまで、ユキジは手を振って見送り続けた。


 そんなユキジを後ろから見ながら、この数年ですっかり一人前に成長したユキジをヤシロは頼もしく思う。ツクネを見送ったユキジは何かを決心した顔で振り返り、ヤシロに向かって頭を下げた。


「父上、お願いがあります。」


「どうした?」


「少し落ち着いたら、私はまた旅に出たいと思います!」


 ユキジは頭を下げながらも堂々とした口調でヤシロに懇願した。その決心が固いことは容易に見てとれる。


「この旅の中で私はたくさん人との出会いの中で、大きく成長するとともに、自分の未熟さも知りました。そして同時に未熟な私でも誰かの力になることができることも学びました。できることなら、かつての父上のように人々の力になりながら、自分を磨く旅をしたいと思うのです」


 ユキジの言葉にヤシロは目を細めて、その両肩を叩く。


「行ってくるがいい、ユキジ! 世の中にはまだお前の知らないこともたくさんあるし、若いお前には、まだまだ成長できる伸びしろがたくさんある。なに、父のことは心配するな。私はジョウケイと共にこの飯森の土地を復興させることで、友との約束を果たす代わりにしようと思う」


「ユキジ、ヤシロ殿のことはこのジョウケイに任せておけ!」


 二人からのあたたかい励ましにユキジは顔をほころばせる。


 季節の移り変わるを知らせる風が飯森の地にも吹いた。それはそれぞれの新たな旅立ちを祝福してるかのようであった。



 香具師が妖怪譚の講釈を終えたころ、あたりはすっかり夕暮れ時となっていた。秋も少しずつ深まる中、威勢のいい香具師の声が街に響く。


 「……さあ、ここに取り出したる薬品は何を隠そうあの妙木山の仙人が調合した蝦蟇油。そう先の戦いで体を貫かれた父親が、一命をとりとめたのもこの薬のおかげ! えっ? 何? 信じられないって? それじゃあ、買うか買わないかは、今からの実演を見て決めて頂戴!」


 そう言って女香具師は、自分の助手を探すため聴衆を「そうやなぁ」と言いながら見渡す。途中で何かに気づいたように、一瞬目を細めた香具師は、その聴衆の中にいた女剣士を指さす。


「ちょっとそこの女剣士さん! その刀をうちに貸してもろて、ちょいと助手をやってもらってもええか?」


 香具師はその女剣士だけにわかるように片眼をつぶり、合図を送る。また季節が動き出すのを感じながら、その女剣士は新しい一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

雪月花 吉田タツヤ @tatsuya-do

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ