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街に大雨警報が発令されたのは、その二日後のことだった。
午後から本格的な雨足へと変わるらしく、給食を食べ終わるとすぐに家に帰らされた。この日も悠一くんは学校を休んでいた。
「大雨警報だって心配ね。川の水が氾濫しないといいけど」
お母さんの言葉でぼくは双子の子猫のことが心配になった。橋の下にいるから雨は大丈夫だろうとばかり思っていたが、川の水位が上がったらあの場所は危ないかもしれない。
ぼくはお母さんに見つからないように家を抜け出し、双子の子猫がいる場所へと急いだ。
ダンボールには餌が少し残っているだけで、中はもぬけの殻だった。全身から血の気が引く感覚を覚えた。ブルーが迎えに来たのだろうか?犬でもないのに、こんなに遠くの橋の下に子猫がいることをわかるものだろうか。それとも双子は自分たちでダンボールから抜け出したのだろうか?それにしてもダンボールは壊れた様子もなく、ぼくが置いて行った形のまま残っているのが気になった。
雨の中、サッカーボールの弾む音が聞こえた。音の出処を眺めると、悠一くんがグラウンドでサッカーの練習をしているのが見えた。
「こんな大雨の中、なんで練習してるの?」
雨音に負けないように大声で彼に話しかける。すると彼も大声でこう言った。
「俺、引っ越すんだ」
あんなことがあったから、悠一くんの引越しは当たり前だなと思った。
「そうなんだ」
「お前こそ、この雨の中何してるんだよ?」
彼に猫の話をしてもいいだろうか。不安とは裏腹に、この雨の中に生まれたばかりの子猫が迷子になっているかもしれないと思うと居ても立っても居られなかった。
「子猫を探しているんだ」
「子猫?」
「そう。毛並みは茶色くて、瞳はブルー。生まれたばかりの子猫を橋の下に置いといたんだけど、逃げていなくなっちゃって。この雨だから心配で」
「わかった、俺も探すよ」
悠一くんはこの前トイレで会った時とは、比べようもなく元気になっていた。
「もし一匹でも俺が見つけたら、お前が描いてくれた俺の絵をくれないか?」
彼の突然の申し出に驚いたが、断る理由も特になかった。彼はサッカーボールをグラウンドの端に向かって蹴り上げた。そして青い瞳をぼくに向けてこう言った。
「俺、お前のことけっこう好きだよ」
「なんだよ、それ」
彼は笑ってグラウンドを後にした。そしてそれきり彼に会うことはなかった。
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