【童話】西の山神と兎神と東の山神【むかしばなし】

東雲飛鶴

第1話

ざくざくざく……



わしが雪道を歩いていると、おなかが痛くなってきた。


おかしいな。


さっき食べた熊でも当たったんじゃろうか。



ざくざくざく……



わしは痛む腹をさすりながら、ねぐらに向かった。


さがせば薬草のひとつもあるじゃろう。



しくしくしく……



だけどやっぱり、おなかが痛い。




どうしたのか? そんなこわいかおして。




ああ、兎神か。


さっき喰らった熊があたったらしい。


腹がいとうてたまらんのじゃ。



ほう……。


それは気の毒に。


では私が薬を作ってやろう。


そこの切り株に座って待っているといい。



ああ……。それはたすかる。


ぜひたのむ。



そう言ってわしは切り株を枕に、その場でごろりと横になり、いつのまにか眠ってしまった。



起きろ、西の山神よ。


薬の用意が出来たぞ。



ああ……かたじけない。


よっこらしょ。


うう……冷えたせいか、少し痛みが増してきたぞ。



さあさ、薬をたんとこしらえた。


これを飲んで養生するといい。


私は体が冷えたので、これでおいとまするよ。


おだいじに。



ああ、ありがとう。



兎神は妙に嬉しそうな顔をしながら、跳ねて去っていった。



さてさて……。


ああ、兎神のやつ、こんなにたくさん薬をこさえてくれたのか。


ありがたい。ありがたい。


わしは、かたわらにうず高く積まれた薬の山に手を合わせた。


それは、大福のように白くて丸かった。


ひとつつかんで口に入れると、つめたくてきもちがいい。



ゴリッ



なにやら固いものが歯に当たる。


これはきっと薬のかたまりじゃろう。


薬は噛んではいけない、と聞いたことがある。


わしは、そのままのみこんだ。


胃の腑に薬が落ちると、少し腹がおもたくなった。



おお、薬がしっかり腹にはいったぞ。


よしよし。



わしは、白い丸薬をどんどんのみこんだ。


百ものみこんだ頃に、やっと薬はなくなった。


しかし、腹の痛みは減るどころか、ますます痛みが増していく。


いやいや、これから、これから。


薬が腹の中でごりごりいって、熊の肉をすりつぶしていくようじゃ。


いずれ痛みもおさまろう。


わしは、ねぐらに帰るために起き上がった。



よっこら……あれ?


どすん。



わしはなかば身を起こしたところで、ひっくり返ってしまった。


おかしいのう。具合が悪いせいじゃろか。



もう一度。


よっこら……あああ。


どすん。



やっぱり起き上がることが出来ない。


わしは仕方なく、ころころ転がって、大きな木の根元まで転がった。



そうしてわしは、木の根元でしばらく眠ることにした。




数日後。


わしは雪の中で目覚めた。


そろそろ起きるか。


わしは体を起こそうとしたが、重さと雪でうまくいかない。


じたばたしていると、木に積もった雪がおっこちてきて、さらに雪が重くなった。


こりゃあ、どうしようもないな。


わしは雪が溶けるまで、もうしばらく寝ることにした。



おいおい、おきろおきろ。


西の。こんなところでどうしたんだ。



あ……もう春か? 東の。



そうじゃ、西の。


こんなところでどうしたのじゃ。



わしは、東の山神に一部始終を説明した。



あっはっは。


それはおぬし、兎のやつに一杯食わされたのじゃ。



薬は一杯食わされたぞ。



それがどうした。


これだからおぬしはあほうだと言われるのじゃ。


おぬしが喰らったのは薬でもなんでもない。


石を積めた、ただの雪玉じゃ。


兎のやつはおぬしをからかったのじゃ。



そんなバカな。


このとおり、腹痛(はらいた)は治ったぞ。


少々体は重くはなったが。



だからおぬしはバカだと言うのじゃ。


数ヶ月も寝ておればはらいたなぞ癒えるわ。


それよりも、たくさんの石をくらって、自分で起きられぬではないか。


よおし、いまからおぬしの腹を割いて石を出してくれるわ。



ちょっとまてまて、自分で吐くから割くのは待つのだ。



わしは、口の中に指をつっこんで腹の中身を吐こうとしたが、重くて口まで上がってこない。



それみたことか。


だまってわしに任せるのじゃ。


なになに、案ずるな。きちんとあとで縫い合わせてやる。


そおれ!



じたばたするわしの腹を、東の山神は爪の先でつーっと切り裂いた。


ものすごく痛かったが、腹が重くてなにもできない。


東の山神は、わしの腹から石を取り出すと、ぽーんぽーんと向こうに投げた。


そうして、石の小山が出来るころ、わしの腹はからっぽになり、すっかり軽くなっていた。



さあ、おぬしの腹を縫ってやったぞ。


どうじゃ、軽くなったじゃろう。


これに懲りて兎神には気をつけるのじゃぞ。



あやつにはわしがあとで仕置きをしてやるからの。


じゃあな。



たすかったぞ、東の。あとで礼をする。



わしは東の山神を見送ると、縫った腹が癒えるまでしばらく寝て、そのあとねぐらに帰った。


またしばらくして腹が減ったので、熊か鹿を喰らいに、あの切り株のあたりに戻ってみると、腹から出て来た石を積んだところでなにやら声がする。


う~、う~、とうめき声がするので近寄ってみると、わしをだました兎神が石の下敷きになっていた。



どうしたのじゃ、兎の。えらくおもしろいことになっておるな。



あっ、あっ、西の。


ちょうどよかった。たすけておくれ。


この石の山をどけておくれよ。



それはそれはきのどくに。


じゃが、わしはこれから狩りにいくところ。


来年の春になったら助けに来てやろう。



そんな殺生な!


いま春になったばかりじゃあないか。


まるまる一年かかってしまう。



なあに、だいじょうぶ。


寝ていれば、すぐ春になる。


そう言ってわしは、その場から立ち去った。


なあに、眠っていればすぐ春になる。




その後、石の山ではいつもうめき声が聞こえるので、人も魔物も寄りつかない場所になったそうな。




                               (おしまい)

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