男はカリトロ

黒羽カラス

第1話 熱い戦い

 この世に誕生した時、俺達に意識はなかった。個性も無くて揺蕩っていたとぼんやり思う。

 覚醒したのは立ち位置を与えられてからだ。そこで初めて個というものを実感した。連綿と受け継がれてきたのか。知識のようなものが備わっていた。

 俺と同じように自我を持った連中が早々と雑談を始める。


「おまえ、少し足りないよな」

「どこがだ! 男は中身で勝負だろ!」

「まだ中身なんて言えるものはないでしょ」


 確かに、と左隣の意見に同意した。パラパラと天から恵みが降ってくる。もちろん、平等ではない。大きさには運があって、こればかりは努力で埋められるものではなかった。


「俺が一番だ! 中身が詰まった俺が一番だ!」


 薄い色合いの肌で踏ん反り返る。足を掬われるぞ、と思っていたら実際に引っ繰り返された。方々で無様な声が上がる。

 俺も神の采配に抗うことはできなかった。だが、存外に気分は悪くない。


「……なんで僕だけ……酷いよ……」


 右隣の沈んだ声を耳にした。俺は小声で話し掛ける。


「どうしたんだ?」

「……ないんだ。僕には肝心の中身がないんだ」

「まさか、そんなことは」

「いや、あるね」


 割り込んできた声は右斜め前にいた。理不尽な決め付けに俺は少しムッとなった。


「憶測で言っていい話じゃない。俺達の存在意義に関わる問題なんだぞ」

「私には二個あるのだよ」

「……それって僕のものだよね?」

「いいや、運が転がり込んできたのだから私のものだよ」


 毅然とした態度に右隣は声を失った。身を固くして転がされた。

 俺としても反論の余地がない。二個は稀な存在として知識に擦り込まれている。

 いつの間にか、全員が無口となった。なまっちろい者はこんがりとした肌に生まれ変わり、どんと自分の居場所に収まっている。


 突然の異変に見舞われた。遠いところで短い叫び声が上がったのだ。それを皮切りに悲痛な声の連鎖が巻き起こる。

 俺は目にした。鋭い尖端が仲間を貫く。串刺しにされて天に召される。中身のない右隣も運命に逆らえず、仲間の後を追った。


「こんなところで!」


 俺は懸命にもがいた。型に嵌められたままでは終われない。

 ブスッという嫌な音を全身で聞いた。意識が抜けていく。俺は貫かれた。仲間に挟まれた姿で浮遊感を味わう。


「……ここまで、か」


 三途の川を渡るような舟に乗せられ、頭部に黒いものを塗られた。緑の雪が降ってきて全身が香ばしい匂いに包まれる。

 左端にいた丸っこい者は鋭い木片を何本も突き刺され、その状態で放置された。真ん中にいた俺は胸中で神に感謝した。


「たこ焼き一舟、五百円だよ」


 神が発した最後の言葉の意味はわからないが――。

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