彼の企画は規格外

佐倉 涼人

彼の企画は規格外

「あなたのプレゼンってこんなもんなの?」

 僕の企画書がバサッと机に落とされる。それは三徹して仕上げた自分の中では頑張った方なんだけどな。鬼の企画部部長(僕の直属の上司だ)の顔を見ながら少しため息をつく。

「何? 何か言いたそうね? 言えるもんなら言ってみなさいよ!」

 どうせ何言ったって罵声しか浴びないんだって分かってる。反論を諦め、僕は笑顔を貼り付けると、眠たい目を擦るのを我慢しながら席を立つ。

「申し訳ありません。すぐにやり直します」

「あと三日猶予をあげるわ、必ず今以上の企画に仕上げなさい」

 ……と言うことは、更に三徹しろと。僕は上司の無理難題に肩を落とす。それでも仕方はない、なぜならこれは都市開発に関わる重要な案件。他社にも大きなライバルがいる。うちの会社としても出遅れるわけにはいかないと社長自ら全社員(ちなみに社員は事務や幹部を含め六百人程、パートも含めれば従業員総勢千五百人からなる開発事業の会社である。)に直接演説があったのは一週間前。それからすぐにプロジェクトが立ち上げられ、リーダーとして抜擢されたのが入社三年目の僕って訳だ。

 何故僕が選ばれたかいまいち理由がはっきりしない。大して業績を残せた訳でも、コネがある訳でもない。……散々罵声を浴びせてくる上司の強い薦めがあったとかないとか。

 まぁなんにせよ、社運がかかる大きなプロジェクトだ、自分の為ではなく皆の為に成功させたい。僕は今一度気合いを入れ直した。


 ~~~


「なぜ、彼なんだね?」

 飲んでいたコーヒーを受け皿に戻しながら、鋭い眼光を見せるのは社長。

「君が薦めるからには間違いはないんだろうが、気になってね……まずは理由から聞こうか?」

 企画部部長の彼女は、笑みを浮かべながら一言で答える。

「私の長年の勘です」

 それ以上何も聞くなと言わんばかりの殺気とも取れる、笑顔の下。その鬼のような気迫が滲み出ている。

「勘? 勘だけでわが社の社運をかけたプロジェクトをあんな若僧に任せるのか!」

 窓から一望できる富士山を見ていた彼は凄い勢いで振り向き机をバンッと叩いた。

「お言葉ですが私の勘が外れた事が今まであったでしょうか。それに社長もいずれ気がつきます、彼の凄さに。必ずや彼に任せて良かったと言わせて見せます」

 会社のトップからの圧にも全く動じる素振りを見せない彼女に彼は苦笑いを浮かべた。

「いやはや、君にそこまで言わせる程の逸材だというのかね彼は?」

 軽いため息をつきながら彼は椅子に座る。

「ええ」

 当然でしょという顔。呆れている様子が丸分かりだ。

「わかったわかった、そんな目で見るな。この件は君に任せよう」

 いくら言ってもこの女には敵わないといった様子で彼は続けた。

「もうさがっていいぞ」

 膨大な資料を手に取り、彼は背後の彼女にシッシッと手を払う。

「寛大なお言葉ありがとうございます」

 静かに社長室の扉を閉め、彼女は大きく息を吐く。

「……全く。彼が誰だか分からないような鈍感な人だから、嫌気が差して別れたのに。……変わらないのね」


 ~~〜


「さて、どうしたものか……」

 僕は企画書と、勝てるか勝てないかのギリギリの睨めっこを繰り広げていた。リーダーとして結果を残さなきゃいけないんだ。でも考えれば考えるほど良いアイディアが湧いてこない。多分、傍から見れば般若みたいな顔していることだろう。後輩に呼ばれていたことに気付かないくらい集中していたみたいだ。

「……せ……い? ……ぱい! せんぱーい!」

「おっ、なんだお前か、どした?」

 息を切らした後輩をポカンとした顔で見上げる。

「なんだお前かどした、じゃないですよ! 都市開発のプレゼン会議の時間です、先輩来ないと始まらないじゃないですか!」

 マジか。心の中で叫び、腕時計を見る。時間は九時三十分を優に過ぎていた。

「やっべ! サンキュ、いくぞ!」

 慌ててスーツの上着を羽織り、資料を片手に走りだす。呼びに来た後輩を置き去りにする勢いで。

「ちょっ、せんぱーい!」

 社内のイベント会場として使用している特設ホールの扉を開けると、一斉に五百人程の視線を浴びる。やっちまったなーと思いながら澄ました顔で中央へ向かう。あくまで爽やかに、と頭の中で繰り返す。

「みんなごめん、遅れちった☆」

 全然スマートじゃねぇ。例の鬼上司と目が合う……やばい、方向性間違えた。詰んだ。詰んだよこれ。

「早く始めなさい。みんなあなたを待っていたんですから」

 およよ、マジ? 怒られるのスルー? 心の中ではガッツポーズ。けれども感情の変化は顔には出さないよう努めて返答する。

「企画書を練っていたら時間を忘れてました、すみません。……えー、それではこれより都市開発に向けたプレゼンをより良くするため意見を言って欲しい、僕がそれを拾って行きたいと思う。皆が納得するような意見等は積極的に採用していくから遠慮なく挙手してくれ。採用された者に関しては、更にチャンスが広がるような配慮を僕が上に通していくから、そのつもりで挑んで欲しい。もちろん僕自身も意見を出していくから安心してくれ」

 それっぽいことを並べ、他力本願を全力で発動させつつ、自分もそれなりに頑張る。それが僕の処世術だ。僕は、自分で考えるよりもまとめる方が得意だと自覚していた。それに全員平等にチャンスはあったほうがいいし、リーダーだからと言って僕だけが賞賛されるのは間違いだと思う。

 僕には守る家族もいないし、親もいない。だから皆が働くこの会社を守りたい。そのためなら一週間徹夜したっていい。……いや、本当は寝たいけど。これだけ聞くと偽善者みたいな感じがするだろうとも思うけど、それならそれでいいと思っている。

「とりあえず僕からいこうか。都市開発に向け、オールバリアフリーを検討していきたいと考えている。これには細かい設計が必要だし、妥協点を探すのが難しいが、自分自身老後の事を考えたとき、高齢者と子供は切っても切り離せない関係だと考えている。同じ目線にして理解を促し、けれども同じ土俵には立たせないような適切な配慮も必要なんじゃないかな。皆はどう思う?」

 会場がざわめいている。いい傾向だ。この中からどんなことでもいい、意見を言えるやつを大事にしていきたい。

「それはとてもいい意見だと思いますが、内容が漠然としているような気がします」

 キタキタ、こういう応酬いいと思う。

「何かいい案はある?」

「まずは情報ですかね。老人ホームや保育園、幼稚園を対象に呼び掛けていく。その際にどこに重点をおいてるのか、施設ごとに調べるというのはいかかでしょうか?」

「なるほどね、いいね、それ採用! 君が担当で情報収集でいい? 一人じゃ足りないだろうからチーム作って……そうだなぁ……三チームをそれぞれの場所に分けて、都市開発の範囲内にあるすべての老人ホーム、幼稚園、保育園を調べてデータを取って欲しい。頼めるかな?」

「私でよろしいですか?」

「君の意見だもの、他に誰がやるの?」

「わかりました、ありがとうございます。チャンスを活かせるように頑張ります!」

「それでは彼女の意見に賛同し、やってみたいという社員は第二会議室へ移動して。一チームあたり十人くらいでいいかな」

 こんな感じでバラけさせて円滑にしていくか……これだけでは都市開発のプレゼンで他社に差をつけるにはまだ足りない。

「他に意見がある人は?」

「施設だけではなく道路からバリアフリーを目指していけばいいのではと思います」

「おっ、そういうの待っていたよ! それも採用で! じゃあとりあえず都市開発の範囲内で、同じくバリアフリー修正を入れたらいいと思われる箇所を全て調べて、データをあげてもらっていいかな。もちろん施設目線だけではなく一般家庭も含めた上でね。できる?」

「やります! 是非ともやらせてください」

「んじゃこれもチームが必要だな。五人体制で六チーム作って分割できるように、君が担当で進めてくれ」

「かしこまりました。有り難うございます。全力でやらせて頂きます」

「よし、彼に賛同する社員は第三会議室へ移動して」

 ここまでは予定通りかな。後二つくらい上がるといい感じなんだが……そんな上手くはいかないよな。

「あのぉ……関係ないかもしれないですが、いいですか?」

 遂に気づいた奴が現れたか? 僕は淡い期待をしながらその社員に促す。

「どうぞ! なんでも構わないよ!」

「都市開発、ということは、バリアフリーだけに限らず、複合施設はもちろん、娯楽も含めた広い範囲での開発となります。なので、住居関係は特に若い人を対象に進められる案件になるかと思います」

 こいつ、なかなか考えているし、視野が広い。

「なるほど、そういう視点の捉え方もあるよね。方法は何もひとつじゃないってところが気に入った。賛同できる社員も多いと思うし、採用で! 彼を中心に十人目安で八チーム作って。施設と住居に分かれると尚いいかもね。それじゃ第四、第五会議室へ移動して」

 さらに掘り下げるには、もう少し時間をかけていくとしようか。

「それじゃ残りの社員は、自分とチームを組んでくれるかな?」

 二百人位残ったかな……。ここまでは企画書にも書いてある。自分で采配してもよかったがそれじゃ期待以上の成果は得られない。人は誰かに期待されることでその力を発揮できる生き物なのだと僕は考えている。


 ~~~


 この会社に、空間ごと支配できる者が、これまで誰かいただろうか?

 部長である彼女は目を丸くしながらこの会議の流れを聞いていた。人を掌握できるという彼の才能に気づいたのは、つい最近のこと。先日のこと。彼と、もう一人の社員が同じ企画を立ち上げた。先に提出してきたのは彼だったが、お互いの企画の内容を照らし合わせ、自分よりも熟考されている同僚のサポートに回りたいと志願してきたことに私は驚いた。どう贔屓目にみても彼の企画の方がよくできていたからだ。彼の動向を調べてみればこの一年、関わった案件は必ず成功を納めている。だがその全て、手柄は他人に譲っていた。それは彼の人柄のなせるところなのであろう。誰にも気づかれない手際の良さで展開されたであろう裏からの根回しには驚嘆するしかなかった。彼の業績結果はそのまま、会社の名を全国に轟かせることとイコールとなっていた。だからこそ、社運のかかった大事なプロジェクトのリーダーに彼を抜擢したのだ。……まぁ他にも理由があるがそれは個人的な事なので今はあえて控えておくことにする。

「相変わらず大した采配ね」

 彼の肩をポンと叩いて一声かける。猛獣に襲われたかのような顔を見せたことに少しだけ笑った。

「見事な誘導だわ、どこで覚えたか知らないけどそれがあなたの処世術かしら? そんなに怖がらなくていいのよ、私の目に狂いがなかったという証明になるのだから、こちらとしても嬉しいわ」

 彼女は更に続けた。

「あなたの企画にはここまでのことが書いてあったわね。あなたは上手く分散させることで自分の時間を作り、企画をより良くさせるためにこれから試行錯誤するってところかしら?」

「半分正解で半分間違いですね」

 なんでもお見通しのような上司の言葉に悔しさを覚えて、彼はしれっと話を流した。

「まだこの企画は化けていきます。遅れて来た分、しっかりと考えていたつもりです。先ほど目を通してもらった案より良いものが作れると、既に確信しています」

 ただ、と彼は思う。成功するかどうかはわからない、失敗しないように全力で手を尽くすだけ、これは賭けに近い、だからこそ、皆の力が必要だ、と。

「あなたのプレゼンはこんなもんなのって言葉で、負けるものかって思えましたから。けれど時間がかかる案件ですので、僕に見落としがあって、部長のその確かな目で見た時に何か気づいたことがあれば助言の方、宜しくお願い致します!」

 彼は深々と頭を下げた。

 本当にこの男は、と彼女はほくそ笑む。プレゼン会議が始まると別人になるな、それだけ必死ということか。

 ついでなんですが、と彼が上目遣いにこちらを見上げた。

「……厚かましいとは思いますが、部長にお願いがあります。一ヶ月後の各社の企画会における発言権を僕に全て下さい。勝負に出ます。失敗したら全責任を僕が取りますから」

 彼女は面食らった。が、彼がここまで言うからには自身も覚悟を決めなくてはいけない、と即決する。

「勝算のほどは?」

 彼は即答ぎみに「今の所、百パーセントです」と答えた。

「この企画が通れば絶対に勝てます。不確定要素をこれから潰していくので安心してください」

 他の人には見えない未来のビジョンが、彼には見えているのだろうか、と彼女は少し脅威に感じた。

「まぁ、勝つというよりは共有という感じに落ち着くと思います」

 最早、次元が違いすぎて驚くことしかできない彼女。彼女にできるのは、全ての責任は何があっても私が取るということだけである。寧ろ責任を取れる立場をこんなに誇りに思うなんて彼と仕事をしなければ得られなかったことだと自身の気持ちを盛り上げた。

「リーダーはあなたです。好きなようにやりなさい。そのための私、なんでしょう?」

 それくらいしか彼女にはできない。彼のためにできることなんて限られていることを彼女は改めて感じていた。

 果たして真実を知った時どのような反応をされてしまうのだろうか……、と彼女の心に少しだけ暗雲が立ち込める。けれど彼女を始めとする誰にも知る由はない。神様以外をのぞいては。


 〜〜〜


「……ほう、なるほどこれは見事、たいした統率力、判断力、さらに根回しも上手い。彼女が気に入る訳だな」

 特別モニター室から会議を覗いていた社長が思わず声を漏らす。

「だがまだ及第点といったところだな。データ不足。机上の空論にすぎない。形にできるかできないかを同僚の社員に委ねるとは詰めが甘い。だが気になるのは共有という言葉だ……まさかあの若僧この私と同じ考えに至っているというのか? 実に興味深い……ん……? あの若僧、もしや……いや、でもそんな馬鹿な。そんな訳がない!」

 ぶつぶつと独り言を零していたのに突然、彼は大層慌てた様子で否定の言葉を放つ。彼は思った、この私が冷や汗なんていつぶりだ? と。冷静沈着がモットーの私がこんなに動揺する日が来るとはな。

「何故、彼女が彼を抜擢したのか。疑いを確信に変えるためには、少し彼を調べる必要があるな」

 おもむろに卓上の受話器を取り、コールする。

「……私だ、早急に調べて欲しい事がある。頼めるか? とある社員についてだ。データは多い方がいい。金はいくらでも出す」

 もしも……と彼は思案する。もしも私の仮説が正しければ、なんという奇跡だろうか? それとも必然か? 偶然にしては出来過ぎだろう。君はもう既にこのことに気づいていたから抜擢したのか? いや彼女は私情を挟む人間ではない。彼の脳裏に様々な疑惑と期待が浮かんでゆく。調査を依頼したことをまどろっこしく思うほど、彼は興奮していた。

「……これは直接、二人に聞いた方が早そうだな」

 ただひとつ言えるのは、規格外だ、ということだ。


  ~~~


「あー腹減ったー」

 ろくに食べてないからお腹の虫が精神を食い漁ってる感じ……って、それどんな感じだよ。

 今回の企画は一ヶ月後が勝負。どれだけ準備ができるかが勝敗を左右する。皆のために、何があろうとも、僕は頑張ると決めている。

 社内の食堂には社員が溢れかえってる。僕はこの賑わってる感じがとても好きだ。この光景を守りたいと心から思う。先ほどの会議に出席していた社員達がちらほらと目に入る。

「お疲れ様です。会議ではありがとうございました」

 各チームのリーダー達が揃って挨拶に来た。

「いや、こちらこそありがとう。寧ろ無理難題で時間もないのによく引き受けてくれたと思ってるよ。このプレゼンが成功するかしないかは君達にかかっていると言っても過言ではないんだ。僕もできる限り力を尽くす。だから何かあれば遠慮なく言って欲しい」

「ご配慮ありがとうございます。噂通りの優しい方で安心しました。頑張りますのでご指導ご鞭撻、宜しくお願い致します」

「わざわざありがとう。それじゃあ早速だけど、分かれてもらったチームで、一週間ずつデータをまとめて欲しい。三週間後には形にして一ヶ月後の企画会に是非とも持ち込みたいんだ。打ち合わせしたら、明日から君達の指示のもとデータを収集してきて貰いたい。この通りだ、宜しくお願いします」

 僕は、誠心誠意をもって深々と頭を下げた。

「そんな、顔を上げて下さい! 僕らに頭なんて下げなくていいんですよ……!」

 あたふたする社員達に僕は続けた。

「これは僕の気持ちなんだ。深くは気にしないで。さぁ、さっさとご飯を食べてしまわないと」

「はい、ありがとうございます。それでは失礼させて頂きます」

 和気藹々と去っていく社員を見送り、僕はなんだか温かい気持ちになった。忙しい日々になる前の、ほんの僅かな休息、嵐の前の静けさのような、僕はそんな感覚を覚え、またそれに囚われていた。けれど不思議と不安はなかった。きっと上手くいくはずと信じているからかもしれない。


 そして、それぞれの思惑を胸に地道な情報収集が始まる。ある者はのし上がるために、またある者は自分の存在意義のために、またある者は、大切な人のために……。


 〜〜〜


「それぞれの進捗状況を教えてもらいたい」

 いつもの特設ホール、再び五百人の前で話を進めていく。情報収集を始めてから二週間が経過していた。

「まずはバリアフリーに関する老人ホーム、幼稚園、保育園の方からいこうか」

「はい。幼稚園担当の者です。都市開発に関わる全ての幼稚園を回った結果、利便性のある駅近くに移転できたらという意見が多数でした。あとは、保育園も兼ねたこども園が増えていくと待機児童も減るのではないかとのことです。今は都市開発の際の道路状況がバス登園の悩みの種だそうです」

「報告ありがとう、お疲れ様。それでは引き続きデータを集めてくれ。移転したいという幼稚園が具体的にどれくらいあるのか知りたい。こども園だけが待機児童を減らす手段ではないと思うし、別方向からの模索もお願いしたい。道路状況については他チームも関係がある、そちらと照らし合わせていこう」

「かしこまりました。ありがとうございます」

「次、保育園担当です、お疲れ様です。保育園も幼稚園同様、移転したいとの声が多数上がりました。また、待機児童を減らすには保育士の確保が大事だと伺いました。長い時間子供を預かるのでバリアフリーは凄くいいと喜んで頂きました。実現すれば障害を持つ園児も受け入れることもできるそうです。引き続きデータを取っていきます」

「貴重なデータありがとう。お疲れ様です。それじゃ幼稚園同様、移転したい保育園の数を調べて。それと平行で何人くらい保育士を増やせばいいのかのデータも取ってほしい。あとは近隣で、障害を持つ児童が何人くらい入園の希望をしているのか、データ収集を頼めるかな?」

「凡そのデータは既にありますから、それをベースに更に詳しく調べていきます」

「それでは最後に、複合施設や道路、そして住居関係を合わせた、老人ホーム担当、よろしく」

「複合施設、老人ホーム担当です。宜しくお願い致します。まず老人ホームについてですが、近くに娯楽施設が少ない、飲食店に入る際の段差が多い、スロープのある場所が少ない、とのことです。また、入居したいけれど、なかなか入れないという方も多数いらっしゃいました。複合施設からは、老人ホームを含めるのはどうかという声が上がっています。施設内は若者が対象となるスペースや子供連れへの配慮もあれば、楽しめる世代も増えて良いのではないか、とのことです」

「なるほど、それぞれ思うところは効率の良さか」

「次に道路状況ですが、やはりバリアフリーを求める声が多いです。多数のスロープの設置、歩行者と車道スペースの区分け、加えて開発の際には登園バスの止まれるスペース確保を重点的にして欲しいとの声が出ています」

「やはり道路からの着眼点は大事だったね。引き続き、スロープの設置数やスペース確保はどれくらい必要なのかデータを取ってくれるかい?」

「かしこまりました。ありがとうございます」

「皆ありがとう。期待してた以上のデータばかりだ、大変だったと思う。これで都市開発に向けてのプレゼンに、より一層磨きがかかること間違いなしだと確信しています。あと一週間さらに詰めていきたいと思うので、よろしく!」

 僕は手元の企画書を捲る。

「さて、僕のチームは何をしていたかというと、各会社の進捗状況を探って貰っていたんだけど……皆、安心してくれ。うちの会社ほど進んでいないし深く掘り下げてはいない。間違いなく優位に立っているはずだ。なので僕のチームはこれで解散、残りの一週間は各チームの補助に回ってもらうから、各自やりたい所へ分かれてくれるかな」

 これで、僕は完全にフリー。いよいよ大詰めだ。僕の首を賭けてでも絶対に成功してみせる。そのためには社長に直談判して了解を得なければならない。さぁ勝負の時間が刻々と近づいてる。これから皆の度肝を抜きにいく。敵を騙すのにはまずは味方から、なんて昔の人は良く言ったもんだ。


 ~~~


「入りたまえ」

 ノックに答えた彼の声を聞き、彼女が入ってくる。

「君を呼び出しのは他でもない。彼の事だ」

「なんでしょう? 何か彼に不備がありましたか?」

 彼は困惑を隠しきれず、動揺したままの声で尋ねる。

「彼は……俺らの子供か?」

 一人称が俺になる程の困惑、そして動揺している割には単刀直入なのね、と彼女は思った。

「そうよ……と言ったらあなたはどうするの?」

「いつから気づいてたんだ? あれだけいろんな施設を探し回って、全然見つからなかったのに……一体いつ分かったというんだ? 俺らの闘病の間、あの子を預けた君のお義母さんが死んで、あの子の行方を知る人間が誰もいないなんて、あんまりな話じゃないか?」

「気づいたのは、つい最近よ。彼が施設育ちで親もいないというから、もしやと思ってね。名字も私の旧姓だったし、まさか、ねぇ。私だって、こんなことになるだなんて、夢にも思わなかったわ」

「……私も先日調べて驚いた。道理で見つからない訳さ、あれからアメリカにいたなんて。日本中探してもいないはずだよ」

 この二人はかつて夫婦だった。が、子供が産まれた後、二人揃って難病が発覚し、闘病生活を強いられたために子を義母に預けた。それからすぐに義母が交通事故により他界し、闘病中の両親の元に帰れない子を、義母の知人が預かることとなったが、知人は子供と共に姿を消した。難病から回復するのに二年を費やした夫婦は退院して初めて、義母が他界し、知人と子が行方知れずになっていることを把握した。日本中の養護施設や里親の元を探したが遂に見つからず、諦めようと言う彼と諦めようとしない彼女は、価値観の違いから離婚してしまったのである。そして彼女の父が経営していた開発事業に二人揃って就職し、現在に至る。

「三年程アメリカにいたそうよ、母の知人も事故で他界してしまって、日本の施設に送還されたみたい。私には諦められない気持ちがまだあるし、名乗り出たかったけれど……そんな資格はないって言い聞かせて、ずっと遠くから見守ってきたわ。せめて働く場所は安定した所に行けるようにうちの会社を施設に斡旋していたの。あなたには内緒でね」

「そうだったのか……打ち明けるのか? 後継者がいるのはとても嬉しいことなんだが」

「彼自身の力で社長を目指して貰いたいわ。その力は十分備わっていると私は思うわ。最後まで知りたくないことだって世の中にはある気がするの」

「そうだな、今更だよな。打ち明けてもどうにもならないよな」

「だから、フォローして上がっていってもらうしかないのよ」

 二人は互いに頷きながら笑顔を浮かべていた。

「それなら、今度の企画会の発言権を彼に全面的に与えた方がいいんだろうな?」

「彼も、発言権が欲しいと言ってたけれど。どうしてそれを?」

「それに、共有とか言ってなかったかい?」

「言ってました。あなたと彼は同じビジョンが見えるのね? やっぱり親子という訳?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ひとつ言えるのは、彼の企画は規格外だということだ」

 私にはさっぱり分からんみたいな顔をして彼女は首を傾げた。

「よし、そうと決まれば。君、彼を呼んで、ここへ通してくれ」

 室外で待機している秘書へ内線で伝える。

「かしこまりました。社内アナウンスにて呼び出します」


 〜〜〜


 社内アナウンスにて自分の名前が呼ばれ、何か不備があったかと少し焦るも、これはチャンスだと思い直し、僕は社長室へと向かった。


「入ります」

 扉を開けて社長室に入る。

「お呼びでしょうか?」

 少し緊張しながら社長に伺う。

「都市開発の案件の進捗状況を教えてもらいたくて呼んだんだが、どうだね?」

「十分にデータが取れており、納得できるプレゼンの仕上がりになっています」

 ……ここで畳み掛けるか。

「そこでなのですが、今度の企画会、僕が発言権を頂いても構わないでしょうか?」

 社長は、僕を睨み付けるような厳しい視線を向けてくる。やはり、無理か? でもここは引き下がれない、譲れない。

「……共有とは、各会社との共有か?」

 何故それを、という言葉が駆け巡った。鳩が豆鉄砲食らったような顔をしているのが自分でも分かった。ここで動揺している訳にはいかない、強く出なくては、と持ち直す。気持ちだけでも、と虚勢を張る。

「はい、企画会に参加する全ての会社と情報を共有し、共同開発に踏み切りたいです。その為に発言権を頂きたいです」

「我先にという会社が多い中、君のような考えに至ることのできる者が果たして他にいるのだろうか? よし……良いだろう、君にうちの会社を賭けようじゃないか? 見事成功した暁にはこの社長の椅子をやろう!」

 後ろに控えている部長に向かって言ったようにも見えた。

「……宜しいのですか?」

「構わん! 企画のギャップが気に入った! うちの社員すら手玉に取ってやっているんだ。きっと他の会社でも通用するだろうし、その為の根回しも十分に君から感じられる。個々や縦の関係より、横の繋がりこそがこれからの時代には必要だと私も感じていたところだ。寧ろ誰か私の代わりとなって遂行してもらいたいと願っていたところでな、丁度いいだろう」

 社長はガハハと笑う。上機嫌なようだ。

 豪快な笑い声をぴたりと止め「健闘を祈る」と見つめられ、少し居心地が悪く感じる。

「有り難いお言葉です。しかしいきなり社長の椅子というのは、いささか話が大きいと思うのですか?」

「社長になれば君の望むような会社作りが可能になるじゃないか。君のような私利私欲に駆られない人間が社長になるのがうってつけだと私は常々考えていてな。まぁ考えてみてくれ」

 それもそうだな、皆のために、より良い環境を目指したり、今よりも社員の声を拾えそうだ。

「かしこまりました。成功した暁には社長の椅子を貰い受けます」


 〜〜〜


 切り替えが早い、と私は思った。彼に任せて何一つ不安がない事に不思議な感覚を覚えていた。やっと何か長年つっかえていたものが取れたような、心が晴れ渡ったような、そんな清々しい気分であった。

「それでは下がりたまえ」

「はい、ありがとうございます」

 これでよかったかな? と彼女に向けて目配りをする。彼女も良かったわよとOKサインを出していた。


 〜〜〜


 ……よく分からんが承諾を得た。しかも社長の椅子付き。それ自体にはあまり興味はないが、皆が働く会社をより良くしていくための足掛かりとしては悪くないと思う。

 決戦と呼べる企画会が明日に迫り、残すは最終調整だけとなった。あとは僕のプレゼンにかかっている。データもあれから充分過ぎるくらいに集まり、皆にはとても感謝している。今度は僕の番だ。データを武器に切り込んでいく。実はこの企画、プレゼンの順番が一番最後だからこそ思いついたのだ。最後なら演説風にして全ての会社を納得させることが出来るのでないかと……。ちょっと無謀かなとも思ったけど、今は落ち着いていて必ずや勝利を収めることができると信じている。


 当日。企画会の会場の扉を開く。

 機材の動作確認を入念にチェック。

 リハーサルは数えきれないほどやった。

 後は本番の度胸しだい。

 各会社のプレゼンが行われていく。内容的にどこの会社よりも、うちの会社が優れていると思えた。これなら、いける。

 僕のプレゼンの番だ。持ち前のトーク力で会場の空気を変えていき、全ての原稿を読み終えたところで、発言権を行使し、演説風に話し始める。

「以上を持ちまして発表を終わります。発表は終わりますが、ここから、提案という形に切り替えて話を進めて行きたいと思います」

 一旦、深呼吸。

「提案というのは、うちを含めた各社揃って、今日の発表内容だけでなく今後の情報を共有し、全社で共同開発に踏み切りたいということです。各社の社長の皆さま、いかがでしょうか? 悪い提案ではないはずです、敗者は出ません。良く考えて頂きたいのです。一社よりも全社で取り組んだ方が、より良い都市開発に繋がる事は、誰が考えても一目瞭然です」

 会場のざわめきは最早、僕への声援に聞こえる。

「ここにいる皆様は都市開発に携わる仕事をしています、が、我々一人一人もその一員なのです。納得のいく開発をこの都市に携わる全員で盛り上げていきませんか? ……これが私の考えたプレゼンでございます。是非とも社長の皆様、ご検討のほど宜しくお願い致します……!」

 騒然とする会場。僕は頭を下げる。少しの沈黙の後、拍手喝采が僕を包み込んだ。


 ~~~


 社長、と僕を呼ぶ声が聞こえる。よくあるふかふかの椅子に座り、窓の外の富士山を眺めていた僕は振り返った。お時間です、という秘書に頷いてみせた。僕の会社作りというプレゼンは始まったばかりだ。さあ、規格外の企画でこれからも度肝を抜いていこう。

……手初めに、バレていないと思っているはずの父さんと母さんに社長就任の挨拶をしにいこうか。驚く顔を見るのが楽しみだ。

 社長室から会長室へ向かって、僕は歩き出した。

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