閑話 肉じゃがリベンジ!

「ターシャ、ノートル、お願いがあるんだけど!」


 それは王都に行く直前、私の熱がすっかり下がったある日の昼下がりのことだ。

 唐突にあることを思い出した私は、ターシャとノートルに相談するために食堂を訪ねていた。


「実は、肉じゃがを作りたいんです」

「肉じゃが? なんだそりゃ」

「私の故郷の料理で、えーと、こっちでいうお肉とジャガイモの煮込みかな? アイザックにずっと看病してもらったから、せめてお礼に料理を作ってみようと思って」

「へー、セリちゃんの故郷の料理かい。そりゃあ面白そうだねえ」

「フン」


 あの日、アイザックに作ろうと思っていた肉じゃが。

 せっかく買った材料をどこかに落としてしまったのに気がついたのは、部屋に戻ったあとだった。

 そして寝込んでいる間にそのことを思い出した私は、熱が下がったら今度こそ肉じゃがを食べてもらおうと考えたのだ。


 興味津々といったように頷くターシャの横で、太い腕を組み口を真一文字に結ぶノートルに、私は恐る恐るお願いしてみた。


「それで、あの……材料を買いに行こうとしたら、まだ外出はやめておけって言われて。ここで食材をわけてもらうことってできますか?」

「……なにが必要なんだ?」

「えっと、ジャガイモに玉ネギ、それから人参と、あとはお肉があれば」

「フン、そんくらいならいくらでもある。……なあセリ、厨房を貸してやるからここで作ってみろ。そんで材料費はいらねえから、俺達にもその肉じゃがってやつを喰わせてくれ」

「え?」

「セリの故郷の料理つうのがどんなもんか興味がある。食堂のメニューの参考になるんなら、こっちもありがてえしな」

「そうだよセリちゃん。私達にも食べさせておくれよ」

「……っはい! 頑張ります!」


 顰めっ面のままふてぶてしくニヤリと笑ったノートルを前に、私は大きく頷いた。





 さすがに食堂の厨房だけあって、材料も調理器具もなんでもそろってるのがありがたい。

 私は用意された材料を前に、腕まくりした。


「ええっと……四人分? アイザックが食べる量を考えると、もっと作ったほうがいいかな。とすると、一人ジャガイモ二個の計算で……十個はいるな。玉ネギと人参はこれくらいで……うわ、すごい量だな。よし、あとはお肉だ」


 ノートルに使っていいと言われたのは、ロックバードとオーク肉のベーコン。どちらにしようか迷って、私はベーコンを選んだ。


「なんだ、ベーコンでいいのか?」

「うん。ベーコンのほうが旨みがでると思って」

「旨み?」


 あいにく出汁も醤油も見つからなかったけど、ベーコンの旨みがあればなんとかなりそう。それにこんな美味しそうなロックバード、どうせなら唐揚げにしてメインで食べたいよね。

 そんなことを考えながら、まずは野菜を洗う。そしてピーラーなんて便利な物はないから、ナイフで一つずつジャガイモの皮を剥いていく。しょり、しょり、と注意深くナイフを滑らせていると、眉間に皺を寄せたノートルが隣に立った。


「……ったく、こんなんじゃあ日が暮れちまうじゃねえか。ほら、芋は剥いてやる。次はなにをするんだ?」

「え? ええと、肉を炒めて、それから野菜を入れて……」

「よし、野菜の下処理は俺がやる。セリは肉を炒めろ」

「は、はい!」


 大きな寸胴みたいな鍋に、ゴロゴロと分厚くカットしたベーコンを入れる。よく火を通してじゅわっと脂がでてきたところに、一口大に切った人参とくし切りの玉ネギ、そしてジャガイモを投入する。……正確に言うと、ノートルが。


「ここからどうすんだ」

「脂が全体に馴染むまで炒めたら、お酒を振りかけて、あとは水をひたひたになるくらい注いで……」

「フン、酒なら白ワインがいいな。そんで水を入れるのか。味付けは?」

「ええと、基本は塩と胡椒で、仕上げにバターを一欠片落として……」

「塩と胡椒だな。……よし、こんなもんか。これで芋が煮えるまで火にかけりゃあいんだな」

「……はい」

「そんでさっきブツブツ言ってたカラアゲってのはなんだ? どんな料理だ?」

「え? 私、そんなこと言ってました?」




 

 その日、部屋に戻ったアイザックは、テーブルに並んだ料理を前に感嘆の声を上げた。


「すげえな。これはセリが作ったのか?」

「う、うん」


 大きな深皿に山盛りになった肉じゃがは、さすがにプロの仕事。ジャガイモも人参も綺麗に面取りしてあって、ナイフの技が光る。絶妙な塩加減に仕上げに使ったバターが絡み、パラリとかかった黒胡椒がなんとも食欲をそそる一品だ。

そして今日のメインはなんと言っても唐揚げ。塩とニンニクに似た味のハーブに付けた塩唐揚げは、ノートルもターシャも絶賛した自慢の一品だ。……味付けしたのも油で揚げたのも、実際に作業したのは全部ノートルだけどさ。


「セリ、唐揚げってのは最高だな!」

「そ、そっか」

「ああ。それにこの肉じゃがも旨い。両方ともエールに合う。セリがこんなに料理が上手だとは思わなかったな」

「キュキュ!」

「ははは、よかった。カーバンクルも気に入ってくれて嬉しいよ……」


 ──その日、すごい勢いで肉じゃがと唐揚げを平らげるアイザックとカーバンクルを前に、私は決心する。

 今度は絶対私一人で作ってやるんだから……!

 


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女子大生、異世界で冒険者(男)やってます このはなさくや。 @konohanasak

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