第4話 蜃気楼
「いいよねゆうちゃんは、もう進路決まったんだもんね」
向かい合わせにした教室の机。目の前にいる彼女は長い黒髪で目鼻立ちのはっきりした、清楚が服を着て歩いている。そんな中学三年生の女の子だ。そんな彼女が今は形のいい口と鼻の間にペンを挟んで、少しふて腐れた顔でそんなことを言い始める。彼女が不貞腐れるのは珍しい。
「だからこうしてわざわざ居残って勉強見てんだろ」
今日は12月23日、終業式も終わり、ほんと30分前まで、冬休みを目前に控えた生徒たちの熱気が溢れていた教室は、今はもう閑散としていて、少し物悲しさを感じさせてしまう。しかし、そんな物悲しさも俺には関係がない。なぜなら俺は目の前に座って、絶賛不貞腐れ中な彼女、藤宮春香のことが好きだからだ。彼女と2人きりで、さらに彼女に受験勉強を教えてあげられる。こんな状況なら、別に放課後に学校に居残ることなんて、なんてことはない。むしろ喜ばしいことだ。
「それはほんとにありがとう!ゆうちゃんは優しいね!…せっかく教えてもらってるのに、不貞腐れちゃってごめんね?」
頑張るよ!と急に笑顔でそんなことを言う。…可愛い。顔がにやけそうになる。隠すように伸びをしながら話を続ける。
「それはいいんだけど、それより何で志望校教えてくれないんだ?」
彼女は俺に志望校を教えてくれない。やっている過去問を見るに、市内の公立高校というのは間違いないのだが。
「まだ秘密ですっ!」
「どーしても?」
「どーしても!」
どういうわけか彼女は志望校を絶対に絶対に教えてくれない。彼女は友人にも志望校については一切、語ったことがないらしい。一度内緒で先生に聞きに行ったこともあるのだが、彼女から口止めされていた。挙句俺が秘密裏に動いていたことはバレていたようで、後で彼女からはお叱りを受けた。
「ゆうちゃんはさ、高校生になったら何をするの?まだバスケは続けるの?」
「そーだなぁ…」
バスケが好きだ。本当なら続けたい。ただ元々人付き合いは苦手なのだ。今のメンバーは俺のことを受け入れてくれているが、次もそうだとは限らない。それに彼女と離れてしまうのも俺がバスケを続けるかどうかを考えさせる原因になっていた。
「私はバスケしてるゆうちゃん、カッコいいと思うよ?」
笑顔で、少し赤面して彼女は言った。こっちまで恥ずかしくなる。そんな感情を隠したくてつい
「だったら応援しに来てくれんのかよ」
そう言ってしまった。
「もちろん!」
彼女はえへへーと笑いながらそんなことを言う。今度こそ自分の気持ちを抑えるのは無理だった。顔が赤面してしまう。やっぱり彼女には敵わない。だから俺はありがとうと小さな声で言った。彼女はそれにも笑顔で返す。ただ耳が真っ赤だ。
この時彼女に気持ちを伝えていれば、何か変わったのかもしれない。でも臆病な俺には出来なかった。幸せが壊れることを知らなかった。ここがぬるま湯だと気づけなかった。
12月24日、クリスマスイブ。彼女はマンションの屋上から飛んだ。
キミに晴れ 蒔糸 @maimaito
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