第3話 嘘の代償

「あー楽しかった!ふふっ」


「お前絶対プリクラ引きずってるだろ」


ゲーセンを後にしたのは21時55分。高校生の俺たちが遊ぶことのできるギリギリの時間だった。


「それじゃ私は1番ホームだから」


そう言って彼女は俺と逆方向に足を進める。


「ああ、それじゃあ」


別れる時はいつもこんな感じだ。今までの熱は冷めてしまった。一緒に遊んでいたことなんて、元から無かったかのように。そう錯覚するくらいあっさりと、俺たちは違う道を歩いていく。多分、俺も彼女もそうしなければ、自分自身の道を歩くことさえできないのだ。


「いつからこうなったんだろう」


電車に揺られながらポツリとそんな言葉を零す。全てはあの日から始まったのだ。そんなことは分かりきっている。


「あれ、三崎先輩?」


自分の苗字を呼ばれて考えを中断する。名前を呼ばれた方を見ると、そこには中学時代、同じ部活のマネージャーをしていた、1つ後輩の女の子が立っていた。俺が中学を卒業して早2年。彼女も高校の制服に身を包んでいた。


「久しぶり、南雲さん」


「お、お久しぶりです!」


この子なんでこんなに緊張してるんだ。心当たりはない。嘘を吐く。


「えっと、お久しぶりです!」


「うん、久しぶり」


「…」


「…」


なんだこの沈黙。空気が重い。もともと人付き合いが苦手な俺は、人と話すときよくこういう雰囲気になりがちだった。

あいつとならこんな空気にならないんだけどなぁ

…今のは考えなかったことにしよう。

そんな沈黙を乗せた箱もついに俺の降りる駅に着いた。


「じゃあ俺ここだから」


そう言って背を向ける。


「あ、あの!」


呼び止められた。なんだろう?


「どうした?」


少し格好つけて振り返る。


「私の最寄り駅も、ここです…」


そりゃそうだ。同じ中学なんだから




電車を降りてからも2人は無言のまま、マンションと民家が立ち並ぶ街を歩く。


「それじゃあ…私はここで…」


沈黙を先に破った彼女が、うつむきがちに言う。気づけば彼女が住んでいるマンションの前だった。家が近いから何度も送ったことのある、見知ったマンションだ。


「ああ、それじゃ」


内心少しホッとしながら彼女と別れる。


「あ、あの!」


呼び止められる。よく呼び止められる日だ。そう思って振り返る。そして彼女の顔を見る。

…なにも言えなくなる。彼女は決意を秘めた眼差しで俺を見ていた。あの俯きがちで、あまり目を合わせてこない。そんな彼女が、だ。彼女がこれから何をしようとしているのか、俺には見当もつかない。自分の心に嘘を吐く。

5月の風が僕らの肌を撫でる。


「もう、大丈夫なんですか?」


コンマ何秒、返答が遅れる。それでも俺は笑顔を作る。


「ああ、もう大丈夫だ」


嘘を吐く。本気で嘘を吐く。絶対に悟られないように。笑顔で。

その嘘に簡単に騙された彼女は、やっと今日初めて見せてくれた笑顔で


「よかったです!」


と言った。


心が痛む。


「三崎先輩に伝えるか、みんな迷っていた話があるんです。」


ここで言うみんなとはバスケットボール部の部員のことだろう。 今までの話から内容の予想はできた。

聞きたくない!そう思った時にはもう手遅れだった。


「みんなでハルちゃん先輩のお墓参りに行きませんか?」


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