第26章 枯れた大地に咲く花は水を欲さない

「そう、だったんだ……ちーちゃんが……」


 俺の説明を受け、宮尾は俯いた。髪で顔が隠れるくらいに、深く。


 意外な反応だった。宮尾のことだから、俺はてっきり岬を探しに飛び出してしまうかと思ったのだ。逆に言えば、彼女にとってそれだけ衝撃の大きい事実だったのだろう。


「それで、俺と村田さんは今後のことについて話そうと思って、ここに来たんだ。ああ、それは胡桃から聞いているかもしれないな」

「胡桃ちゃん? 何で?」


 宮尾は、キョトンとした顔で俺を見つめている。

 これも意外な反応だった。宮尾は、胡桃から情報を聞きつけてここに来たのだと思っていたのだが……連絡したのは中原だったのか?


「いや、ここに来たのは胡桃から連絡があったんだろ? 違うのか?」

「え、ああ、そういうことか。……ううん、胡桃ちゃんじゃなくて、その……電話があったの。米村さんから」

「米村……!?」


 なぜ、宮尾に米村が電話を掛けたのか。そして、彼女をこの事件に巻き込む意図は何なのか。俺には全く理解が出来なかった。


「……嬢ちゃんは、アイツから何て聞いてここに来たんだ?」


 村田も予想外の事実に驚き、思わず宮尾に問いかけた様子だった。


「う? えっと……ちーちゃんが、真犯人に拉致された、署に来てほしい……そんな感じの内容だったかな」


 宮尾の話が本当であるなら、米村はわざと彼女を俺たちと合流させたと考えられる。直情的な宮尾のことだ、ロクに事実を確認しようともせずに、こっちへ向かったに違いない。


「……ハルには連絡したんだけど、全然既読にもならないし、電話にも出ないから……心配になって、慌ててここに来たの」

「連絡? 俺に?」


 おかしい、俺のスマホからは何の反応も……


「……あ、電池、切れてた」

「え~、なんでこんな時に電池切らすのさ! 意識が足りないよ!」


 そうだった、テレビも何もない中原の自宅に、しばらく胡桃と二人で居た間……スマホを使い過ぎていたのだ。数時間も使い続ければ、俺の古い機種のスマホなんかあっという間に電池切れを起こす。しかもその上、米村と電話もしていたのだ。持ちこたえられるはずがなかった。


「ごめん、返す言葉もない……」

「……いいけどさ、はい、携帯用充電器。ハルの機種でも使えるでしょ?」


 そう言って宮尾は、自分の鞄から充電器を取り出し、俺に差し出した。

 いつものうっかり屋な宮尾の行動には思えないが……なんてことはない、彼女は通学用の鞄でここに来ていただけだ。その中に、いつも持ち歩いていた充電器が入っていただけだろう。……それでも今回に関しては、彼女に頭が上がらないのは確かだが。


「ごめん、ありがとう……って、おい」

「う?」

「電池、無いじゃねぇか」


 その充電器は電池式であった。そんな充電器に、あろうことか宮尾は電池を入れ忘れていた。電池が切れている、というレベルではなかった。


「あ……」


 気まずそうに、口をもごもごと動かす宮尾。俺に『意識が足りない』とまで言っていた時の影は、もはや彼女には残されていなかった。

 すると、そんな俺たちの様子を見て、村田は小さく笑った。


「……ハッ。まったくよ、なんでこんな時にそんな空気にできるのかねぇ……若さゆえか、それとも……」

「あ、す、すみません……村田さんの生死に関わる話だったのに……」


 そうだ、宮尾の調子にすっかり合わせてしまっていたが、今は充電器がどうのこうの言う時ではない。村田と、そして岬の命が係っているんだ。


「いんや、俺のことはいい。間に合いそうになかったら、さっさと自殺でもするさ。老兵は死なず、ただ消え去るのみ……ってな。いや、実際死ぬんだからこれは違うか?」


 そう言って村田は、また小さく笑った。彼はもう、覚悟を決めていたのだ。自虐的な言葉だったが、俺は少し彼の態度に勇気を貰ったような気がしていた。

 しかしここで、宮尾はあることを質問した。


「でも本当に、ちーちゃんは米村さんに人質にされたんですか?」

「あ? どういうことだ?」


 先ほどまでの笑顔が消え、村田は真剣な表情で宮尾を見つめた。

 岬のことについては、俺がここまでの経緯について話した際に伝えていた。それに、宮尾も米村の口から、その話を聞いていたはずなのだ。真犯人というのが、米村であるという事実は別として。


「さっき話したじゃないか、岬は……」

「うん……でもね、ちーちゃんが捕まっているっていう証拠はあるの?」


 証拠……そうだ、米村との電話で送ると約束した、岬の安否。村田が死を決断したとしても、岬がすでに死んでいたのなら意味がない。それを、今の今まですっかり忘れてしまっていた。


「……そういや、送るって言ったきりだったな……まさか、お前のそのスマホに送ったんじゃねぇだろうな?」

「そ、そうかもしれません! すぐに充電を……」

「まったく……ほれ、捜査員用の充電器だ。そこのコンセントを使え」


 そう言って村田は、俺に向かって充電器を投げ渡した。慌てて受け取った拍子に、俺は危うくスマホを落としそうになってしまった。


「おいおい……早くしろ」

「す、すみません……」


 部下の行動を咎めるかのような雰囲気に、普段の村田が垣間見えたような気がした。怖さ、というよりは厳しさの方が勝っているが、あの調子では、恐らく多くの後輩たちから反発されていたことだろう。

 そんなことを考えつつも、俺はスマホの充電を無事に開始できた。画面に光が宿り、ホーム画面が表示された、そんな時だった。


 ヴーン、ヴーン


「っ!?」


 起動とほぼ同時期に鳴動をするスマホ。その様子に俺は、思わず驚き、尻餅をついてしまった。


「……おい、着信だぞ……」

「え……」


 村田に促され、スマホの画面を見る俺。そこには、着信の表示……相手は、岬 千弦だ。


「岬……!?」


 無事だったのか、そう思いスマホを手に取った俺は、夢中で着信を受けた。しかし、現実はそう甘いものではなかった。


「もしもし!? 岬か!?」

「……はぁ、君はどうしてそんなに間抜けなんだ。俺だよ」


 低いテンション、冷徹れいてつな声……


「米村さん……」

「ちょうど、君たちが彼女の安否について気にしていたようだからね。一応、電話でも入れておこうと思っただけさ。動画については、改めて送るよ。……ちなみに、俺はちゃんと約束を守る。心配しなくてもいい、彼女は、まだ生きている」


 そう言って、米村は電話を切った。

 あっという間の電話だった。しかし、いつも話をしていた米村の声のトーンと、大差がないように感じた。彼は、本当にこの事件の真犯人なのだろうか……


「おい、アイツは何だって?」


 思考させる余裕を与えずに、質問をしてくる村田。


「え、ええと……動画を送ると。そして、約束は守る……と」

「……それだけ、か。なるほど、盗聴器はこの会議室にも設置されている、というわけか」

「……え?」


 盗聴器が、この部屋にも……? そんな話は、米村はしていなかった。しかし、確かにそうだ、彼は俺たちの会話の流れに自然に入っていた。それが意味することは、村田の言っている通り……この部屋も盗聴をしている。


「まるで隙を見せないのは、新人時代から変わらねぇな、アイツは」


 そう言って村田は、ふぅ、とため息をいた。そのため息は、ただ負の感情を示しただけではない。米村を新人時代からよく知る彼の、ささやかな親心のようなものも含まれているような気がした。


「……昔から、ああいう雰囲気だったんですね……」

「雰囲気はちょっと違うが……少なくとも、アイツは何でも完璧にこなすタイプだったな」


 まるで走馬灯のように過去を振り返る村田。縁起でもない、止めてくれと、俺が止めに入ろうとした時だった。


 ヴーン、ヴーン


 また、俺のスマホが情報の伝達を始めたのだ。しかし先ほどとは違い、今度はメールのようだ。

 恐らく、このメールに岬の安否が示されているのだろう。


「多分、米村さんからです。……文面は無し、添付ファイルがあります」

「よし、再生してくれ」

「ちーちゃん、無事でいて……」


 食い入るようにスマホの画面を見つめる村田と、祈るように手を合わせている宮尾。

 俺は、二人の想いに応えるように、動画を再生した。




「あー、聞こえるかな……まぁいいや、音声はあまり重要ではないな」


 映し出されたのは、米村の姿だった。どこかの研究施設のような、白い壁に白い床。そこで彼は、慣れない手つきで自撮り動画を撮影しているようだった。


「……よし、こんなもんだろう。改めまして、画面の向こうにいる高島くん、宮尾さん、そして村田先輩。これから岬さんの映像をお見せしますので、それを見て、ちゃんと考えてくださいね」


 そう言って米村は、ガラス窓越しに病室のような室内を映し始めた。そこには、不思議な形状のベッドに横たわる一人の女性がいた。ヘッドホンのようなものと、目隠しのようなものを付けられ、くつわのようなものを咥えさせられている。手足には拘束がされており、まるで、全ての自由を奪われたような姿だった。

 その姿をさせられている女性に、俺は見覚えがあった。小柄で長い髪。そして、何より米村が名指しをした人物……



 あれは、岬だった。



「み……岬!?」

「ちーちゃん!!」


 動画相手に、思わず声を上げた俺と宮尾。そんな声を上げたところで、画面の彼女に届くわけがない。そんなことは分かっていたが、どうしても声に出てしまったのだ。


「おい……これは……」


 村田は、その様子に言葉を失ったようだった。それは、そこにいた相手が岬だったからではない。そこにいた彼女が、何をされているのか、彼は知っているからだった。


 こちらの様子を悟っているかのように、米村はこちらを挑発するような口ぶりで、話を続けた。


「あー、見えるかな。……そうだ、彼女は岬 千弦だ。これはね、高島くんと先輩は知っているだろうけど……いや、先輩は知っているんじゃないな、これを見たことがあるはず、ですよね?」


「……」

「む、村田さん……これは、一体なんですか……岬は、一体何をさせられているんですか……!?」


 米村の言葉に、頭を抱え込んだ村田。その様子に只ならぬものを感じた俺は、村田に説明を求めた。

 しかしそれは、聞かなければよかったことだった。


「……ヘロンの、感覚遮断しゃだん実験……」

「……え?」


 小さく、ポツリと呟いた村田。

 『ヘロンの感覚遮断しゃだん実験』……その言葉を、俺は聞いたことがあった。それはあの日、中原の兄が受けた人体実験についての話を聞いた、あの時だった。


「体のあらゆる感覚を奪い、それがどんな影響を与えるのかを確かめたものだ。精神や身体への影響から、世界的に禁止されている実験の一つだ」


 そうだ、帝都大学で行われた中原の兄……そして、岬が兄と慕っていた井上 翔也の受けた実験が、まさにこれだった。


「ヘロンって……それじゃ……」

「ああ、時間的猶予はない。クソ、アイツの示したタイムリミットは、そういう意味だったのか……」


 米村の示したタイムリミット……それは、米村や村田の事情をかんがみたものではなかった。岬の精神が保たれる、ギリギリの時間を表していたのだ。


「どうですか、彼女、いつまで持つか分かりませんよ。そうなれば、あなたの責任なんですよ、先輩」


 こちらの思考をあざ笑うかのように、米村は村田へ言葉を投げかけているようだった。


「せっかくですから、彼女の言葉も聞いてあげてください。今、音声を室内に切り替えます……あ、そうそう、音量は下げておいた方がいい」


 そう言って、米村は部屋にあるスイッチを切り替えた。



「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」



 会議室内に、彼女の絶叫が木魂こだました。ビリビリと、スマホのスピーカーが悲鳴を上げる。


「っ……!!」


 思わずスマホを持つ手が緩み、床に落としてしまった。鈍い金属音を立て、会議室の床を跳ねるスマホからは、未だにあの声が響いていた。


「あーもう、うるさいですね、だめだ、止めます」


 米村はそう言って、また音声を切り替えたようだった。ピタリ、と絶叫は聞こえなくなり、部屋には静寂が戻っていた。

 しん、と静まり返る部屋の中、俺と村田はただ呆然と立ち尽くしていた。宮尾は、わなわなと唇を震わせ、恐怖に耐えている様子だった。


「はぁ、感覚がないものですからね。なんでもいいから音を欲していて、痛みを欲していて。それであんな風になるわけです。あれでも、まだ自我は保たれていますのでご安心を」


 あんな様子を見せられて、安心しろ? どうしたらそういう感覚になれるのかと、俺の中で悲しみ、そして怒りが収まらなくなっていた。


「ですので、改めて確認しますよ。先輩は、早く死ぬべきです。彼女を助けたいでしょう? であれば、よく考えることです……それでは」



 そこで、動画の再生は終わった。




 また一度、会議室内には静寂が訪れていた。動画を再生しますか、という表示だけが、俺の目に映っている。


「……どうして」


 宮尾が、震えながら小さく話し始めた。


「どうして、米村さんはこんなことをするの……? ちーちゃん、何か悪いことをしたの……? ねぇ、どうして……」


 どうしてこんなことを。……それは、俺もずっと思っていたことだった。米村自身が明かした、あの組織への関与。しかし、この事件を起こすだけの動機が、彼の信仰心に集約されているだなんて異常だ。それは、もはや信仰心などではない。精神疾患のたぐいと、何ら変わりがないように思えたのだ。


「俺も、どうして米村さんがこんなことをするのか、分かりません。あの優しかった米村さん……俺を、真っ先に助けてくれた彼が、どうして……」

「真っ先に、助けた?」


 俺の言葉に、思わず目を丸くした村田。


「おい、一体何の話をしている? お前、アイツに助けられたことがあるのか?」

「……え?」


 助けられたか、って……今さら、どうしてそんなことを?


「彼は、俺の両親の事件の時、通報を受けてきたんだそうです。そこで、両親の遺体の傍で倒れていた俺を発見した、と聞いています」


 この件については、米村が俺の旧姓を知っていたこと、そして当時の現場の状況を理解していたこと……それらをかんがみれば、彼の言葉は正しいものだと思えたのだ。だからこそ、俺はこの一連の事件、彼の言葉を信用し、行動してきた。それは、間違っていなかったはずなのだ。


「……そう、か……そういうこと、か……」

「え、な、なにがそういう……」


 村田は、俺の言葉で何かを確信したようだった。通常、何かを確信した場合は笑みを浮かべることが多い。しかし、村田は一層険しい表情を浮かべ、ブツブツと小さく呟いていた。


「な、なんですか……教えてください、どういう意味なのか……」


 村田の意味あり気な態度に、不安感をあおられた俺は強い口調で問いただした。


「……10年前、だったな。吉岡夫妻の事件は」

「え、そうですが……」


 また一つ、村田は大きなため息をいた。


「10年前、米村は新米の警察官だった。そんなヤツが、通報を受けたからといって現場に急行することはあり得ない。少なくとも、誰か先輩が付いてくるはずなんだ」

「そ、それは……つまり……」


 そう、村田の話が正しいのであれば、米村は10年前、俺を助けたという話は嘘ということになる。しかし、それではなぜ、彼は俺のことを知っていたのか。そして、事件のことを知っていたのか。

 それは、一番考えたくなかったことであり、一番知りたかったことであった。


「……アイツは、警察官としてあの現場にいなかった……そういうことだ。一番考えるべきなのは、アイツが加害者である、という可能性だ」


 米村が、10年前に俺の両親を殺した張本人、だった……?


「ちょ、ちょっと待ってください、その言い方だと、鈴石は……」

「逆に考えてみろ。あの現場を、お前はしっかりとその目で見たはずだ。……どうだ、あの女が同じことをできると思うのか?」


 あの女……鈴石 初穂が、俺の両親を殺せなかった? 俺の両親は、天井から何かの布に包まれて、吊るされていた。そして、鉄杭を滅多打ちにされ、多量の血液を流していたのだ。

 確かに、痩身そうしんの女性にはできないこと……どうして、今までそんなことに気付かなかったのだろう。


「もちろん、10年も前の事件だからな……何の証拠もないし、米村が独断で現場に急行したと言い張れば、それは成り立つことだろう。しかし、揃い過ぎている。現場に残された鈴石の社員証……あれは、本当に彼女が落としたものなのか?」


 信じていたものが崩されていく瞬間。それは、今まで歩いてきた地面が、急になくなったかのような浮遊感、そして大いなる不安感を伴い、それらは津波となって俺に襲い掛かってくる。


「すみません、ちょっとハルの顔色が悪いので、休ませてくれませんか……?」


 不意に、宮尾がそっと話に入ってきた。そして、俺の肩を抱いて、よしよし、と頭を撫でてきた。

 いつもなら、恥ずかしいことをするなと怒っていたと思う。しかし、今は彼女の手の温かさが、とても心地よく、安心できた。


「あ、ああ……すまないな。俺たちは、こんな深夜でも推理するのに慣れてるんだが……よく考えれば、お前たちはまだ大学生だもんな。悪い、一旦休憩にしてくれ……っと」


 そう言って、村田が見上げた先。窓の外に強い光を感じた……時刻は、もう5時30分になろうとしていた。日の出の時間だ。


「ああ、もうこんな時間か……マズいな、そろそろ本腰を入れないとな」


 村田は、一度グイッと伸びをして、静かに窓際へと歩いて行った。


「そうだ、ちょっと一服していいか? これが最後かもしれねぇしな……あれ、ライターは……ああ」


 服のポケットをまさぐる村田だったが、ある事実に気付いた。


「そうだった、娘にライターを没収されたんだっけな……電子タバコはくれたんだが……おい、使い方分かるか?」

「え、あ、はい、ちょっと見せてください」


 思うように体の動かない俺の代わりに、宮尾が村田のところへと向かっていった。


「え、これをこうすんのか?」

「いえ、そうじゃなくて……説明書だと、これをここに入れるんだと……」

「ああ、なるほどな……」


 祖父と孫、だろうか。機械にうとい祖父に、孫が手取り足取り教えている、そういった印象だ。

 これも、村田の心配りなんだろうか。こういう場面を見せて、少しでも俺の心を明るくしようとしてくれているのかもしれない。


「おし、大体わかった。あんがとさん」

「いいえ、どういたしまして」


 ようやく使い方を理解した村田は、宮尾に笑顔でお礼をした。それにまた嬉しそうに、宮尾も笑顔で返すものだから、何とも微笑ほほえましい空気に包まれていた。


 そして、村田が電子タバコを口に咥え、本体のボタンを押した時だった。



 パァン



 大きな破裂音と、小さな爆風が俺の体を襲った。


「うわっ!!」

「きゃ!!」


 立ち込める硝煙と、飛んでくる破片。爆風に思わず顔を隠していた俺は、事態を理解することができなかった。


「う……な、なんだ? 何が起き――――」


 顔を上げ、硝煙の香りにむせる俺。しかし、目の前の光景はそんな香り何て忘れ去らせるものだった。


 村田の顔が、無くなっていた。正確に言えば、口、鼻、喉の部分が、大きく削がれていた。そして、何かうめくような音を立てた村田は、そのままの体勢で床に倒れてしまった。

 周囲には、彼の顔面と思われる肉片、そしておびただしい鮮血がまき散らされていた。


「え……」


 そんな光景に、言葉を失った俺。一体、何がどうなったのか……全く理解ができないまま、その近くに立っていた宮尾の姿を、俺の目は捉えた。


「い……痛い……痛い……ああ、何……どうなってるの……?」


 宮尾は、その場にうずくまってしまった。痛い、痛いと声を上げながら、その手は空を掴むように、誰かを探していた。


「ハル……ねぇ、ハルは……見えない……見えないよ……助けて……ねぇ……」


 そして、宮尾はこちらの方へ向き直った。彼女の顔には、多量の血液が付着していた。そして、その血液は未だにあふれ出るように、滾々こんこんと湧き出ている。


「あ、ああ、ああ……」


 あまりの出来事に、成すすべもなく、ただ立ち尽くしている俺。いつの間にか足元には、小さな金属片が転がっていた。


 そこにあったのは、先ほど村田が吸おうとしていた電子タバコの部品だった。

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