第3章 光が指すのは、常に暗い場所

 代々木駅から徒歩8分ほど、パタリと人の少なくなる通りに、そのカフェは存在した。壁面の窓ガラスから、店全体が見渡せる。レトロな雰囲気の店内、そこにポツンと、いかにも人の好さそうな、初老の男性がたたずんでいる。


 カフェ・レストリア。別段、工夫もひねりも何にもない、そんな名前のカフェの入り口に、米村は立ち止まった。


「ここだ、入るぞ」


 米村は特に躊躇ちゅうちょすることもなく、店内へ入る。


 カランコロン


 これまたレトロなベルが、客の来店を告げる。


「お邪魔します!」

「こんにちはー」


 宮尾、岬が米村に続く。


「……」


 俺は、特に何も発することなく入店した。普段なら、一言くらいかけるのだが、先ほどの米村の言葉が頭から離れなかった。


『大きくなったんだね、高島、いや、

 

 確かにそう言った。その時は聞き間違いと思い、特に反応しなかった。でも、思い返すとやはり、彼は俺を知っている。いや、俺の、吉岡だった頃を知っている。聞かずにはいられない、そう思っていた。


 四人席に米村が腰かける。手招きする米村に続き、宮尾、岬が座り始めた。しかし真正面に座るのは気が引けたのか、二人は米村の正面に座らなかった。ちょうどいい、そういうことなら、と、俺は米村の正面に俺は腰かけた。

 じっ、と米村を観察する。もしどこかで会っていたのなら、何となくでも覚えているはずだ。それに、もし米村が警察官になった後に会っていたのなら、それこそ忘れないだろう。


 そんな思いを巡らせている俺をよそに、米村を含む三人は、別の話をしている。ここは意外とアイスティーが美味うまいんだ、と、無表情の米村が話している。


「こんな雰囲気のいい店があったんですね、今度家族も連れてこようかな?」

「家族って、やっくん? いやー、さすがにまだ早いっしょ。」


 岬が軽く宮尾にツッコんだ。


 やっくん、とは、宮尾の弟、宮尾みやお 藤也とうやである。ただ、詳しくは知らないが異母姉弟で、確か今年で9歳になる、のだったかな。宮尾は、そんな弟を子供のように可愛がっているが、実際のところ、結構複雑なのだろう。


 宮尾には、母親がいない。父親も、一度聞いたことがあるが、家には帰ってくることがないそうだ。転勤族なのか、夜勤でもして、生活環境が合わないのか。そんなことを当時の俺は思っていた。


 宮尾の母については、それこそ、他界している時点で詳しくは聞かなかったが、どうやら小学生くらいのころ、突然蒸発したらしい。岬がそんなことを言っていた気がする。どうやらそんな境遇もあってか、宮尾は俺に話しかけてきていた、そんな気がするのだ。


 そんなことを思い出していると、いつの間にかマスターが注文を取りに来ていた。全く足音がしなかった、というよりは、こっちが呆けていたんだけど、ちょっと驚いてしまい、注文がまごついてしまった。コミュ障か、と自分をいさめた。


 一通り注文をし、マスターは店の奥へ消えた。それを確認した米村が、おもむろに切り出す。


「さて、話してもらおうかな、宮尾さん?」

「う?」


 さてはこいつ、また忘れているのか。そもそも、米村と一緒にカフェに入る理由なんて、忘れようがないだろうに。呆れた俺は、宮尾に耳打ちした。


「だからさっきの続きだよ、手掛かりの」


 宮尾は、あー、と本当に今思い出した素振そぶりをした後、記憶を辿りながら話し始めた。


「えっと、なかったです」


 脈絡がないにもほどがある。前後を話せ、前後を。


「なかった? 何が?」


 さすがに米村は聞き直した。無表情だが、少し苛立った様子は、言葉からも伝わった。


んです。あの、変な」


 は? 死体が、なかった?

 なかった、とはどういうことだ? 死体は、現に存在した。警察が確認しているし、被害者の身元もはっきりしている。なにより、俺はあの光景を覚えている。それが俺にとっての一番の証拠だ。


 思わず俺は岬を見た。どうやら岬も、意味が分からなかったらしく、どういうこと? と言わんばかりに首を傾げている。米村は、無表情のままだ。


「ちょっと待て、幻か何かだったって言うのか? あれが?」


 意味が分からないあまり、つい自然と熱が入ってしまった。体が火照ほてるような、妙な感覚だ。宮尾は、そんな俺の様子に少し怯えたような表情で、続けた。


「ち、違うよ、死体はあったよ。でも、なかったの」


 あったけど、なかった? それは、つまり……?


「つまり、最初にそのビルの屋上を見たときは、死体は見えなかった。しかし、君たちがアレを発見した時には、確かに存在した、そういうことかな?」


 え? どういうことだ? 俺は米村の方に向き直った。しかし、米村が無表情を崩さぬまま、宮尾を見つめている。偽りは許さない、という雰囲気は、さすが刑事、といった具合だった。


 宮尾は黙って頷いた。米村は、なるほど、と呟き、さらに続けて質問をした。


「最初にそのビルを見たのは、何時ごろか、わかるか?」

「えっと……ハルに会ったときだから……」


 宮尾はこめかみのあたりを指でグリグリしている。宮尾はあの時、俺より後に集合場所に来ていた。俺はあのビルの屋上なんて一回も見ていないし、あんな変なものがあればさすがに気が付く。

 俺が宮尾と会ったのは、確か11時40分頃だったな。宮尾が無神経に、首なしモデルのネットニュースを読むとき、ちらっとスマホの時刻が見えたんだ。


「ランチにしようって話の前だよね?」


 岬が口を挟む。そうだ、ランチ。腹が減ってきたところだったから、宮尾の希望と岬の提案でハンバーグの店に行こうとしたんだったな。

 それがちょうど、あのうるさい街宣車が通ったころ……12時10分、確かそのくらいだったはずだ。いつもあの辺をうろつくと、決まってあの時間に通るんだ、あの街宣車は。それくらい、いつも同じような時間帯を、同じルートで回っている。本当に何の意味があるんだろう、あれは。


「そうだ、俺と宮尾が会ったのは、大体11時40分頃。岬が来て、あの街宣車が通ったのは、12時10分頃だ。そのあと、ハンバーグを食べに行こうとして、宮尾がアレに気づいた。そういうことになりますね」


 米村は、さらさらとノートにペンを走らせ、何か考えながら、こちらに再確認した。


「ということは、11時40分から、12時10分頃までの間に、あの訳の分からないものが、急に出現した、そういうことだね?」


 最初に見たのは俺でも岬でもない、宮尾だ。宮尾の表情から察すると、その通りだ、ということになる。つまり、その時間帯にそのビルの屋上で、あの現場にいたものが、少なくとも重要参考人、もしくは容疑者、となる。

 あの死体、もとい、おじさんが一人で屋上にいて、一人であんなことをしたなんて、まずあり得ない。体に棒を貫通させ、回転する装置を起動させないといけないからだ。そんなこと、自分で行うには無理がある。ということは、そこに必ず誰かがいたことになるのだ。


「しかし、そうか、ちょうど昼、か……」


 米村は、新たな情報を得たというのに苦い表情をしている。ああ、この人はこういう表情はできるんだな。不謹慎だが、少し微笑ましかった。


「何か都合が悪いんですか?」


 岬が不思議そうに尋ねる。宮尾も、目を丸くしている。


「そのビル、入り口にしか監視カメラがなくてなぁ。しかも商業ビルで、ファストフード店が入っているもんだからな、これは絞り込めるかどうか」


 そういえばそうだ、一階には大手ハンバーガーチェーン店、二、三階には大手の居酒屋。四階は空きテナントのようだが、その上が屋上だ。代々木駅周辺、しかも昼時となれば、入り口にしかカメラが無いとなると、映像で絞り込むには無茶だ。


「あんな大きいもの、そんな時間帯に持ち運んだら目立つんじゃないですか?」


 宮尾はキョトンとした顔で質問した。大きいものって、もしかして死体のことか? おいおい、さすがにそれくらいのトリックは俺にもわかるぞ。


「屋上に最初から死体だけ置いておいて、あとであの装置を組み立てれば良いんじゃないか?」

「あー、そっか!」


 いやそんな大げさに納得するなよ、言わなくてもわかることだろうに。頭いいね、とか言っているし。恥ずかしいだろう、こっちが。


「そうか……まあ、ありがとう、大変参考になったよ」


 それじゃ、と席を立とうとする米村。違う、まだ俺の話は終わっていない! 急な申し立てに慌てる俺。ところが……


「でも、気になるんですよね」


 宮尾が不意に切り出した。さっきまで俺をほめていた時の表情は、まるで消えていた。冷やりとした空気が流れる。


「気になる?」


 米村はその空気を察したのか、無表情のまま、また座りなおした。


「なんで、あんな奇妙な格好をさせたんですかね? せっかく隠したのに、あれじゃ目立っちゃう」


 あんな格好、とは、おそらく被害者の服装だろう。確かに、派手なドレスを着て、割と激しく回転していた。あれでは、宮尾が発見しなくても、すぐに違う誰かが発見しただろう。


「うーん、見せしめ、という線はあるかもね」


 うーん、と腕組みしながら、岬は意見した。まあ、見せしめ、というのもあながち間違いではない、と思う。あのくらいの年齢の男性が、派手なドレスなんか着せられて回転させられたら。


「……聞かなかったことにしてくれるか?」


 米村はポツリとつぶやいた。そして、無表情とは違う、冷たい表情で俺らを見渡した。


「被害者には特に自殺する理由はなかったし、殺されるような恨みも買っていない。殺害動機については、彼自身の問題ではなく、彼の背景にある、そう警察はにらんでいる」

「背景、つまり、家族とか、仕事とか、そういうもの、ということですか?」


 俺は、急にこんな情報を漏らした米村に唖然あぜんとしつつも、頭を整理しながら質問した。


「そうだろうな、それと、解剖の結果、脳に異常な萎縮いしゅくが認められたそうだ。もちろん、元からアルツハイマーだとか、そういう病気は持っていない」


 脳の、萎縮いしゅくだって?いきなりそんな話をされても理解が……


「な、なんでそんな話を自分たちに?」


 当然の疑問だった。医者でもないし、もちろん警察関係者でもない。そんな俺たちに、米村がそんな情報を漏らす意図が分からなかった。


 ふっ、と息を吐き、米村は吐き捨てるように言った。


「……つまり、君たちの手には負えない、ということだよ。警察ごっこは止めなさい。情報、ありがとうね。支払いは済んでいるから、あとは自由にして」


 その後、米村は一方的に話を打ち切ると、店主に一声かけたあと、店を去っていった。残された俺、岬、宮尾はそれぞれ、お互いの顔を見渡し、沈黙した。


 収穫はあった。でも、どうにもできない、というか、どうしようもないことが目の前に立ち塞がっていた。脳の画像だって? そんなもの、普通の大学生に何が分かるんだろう。

 その上、『警察ごっこは止めなさい』、という言葉……あれは、、そういう意味だと、本能的に察した。


 重い空気が立ち込める。軽い気持ち、かどうかは知らないが、警察には任せない、と断言した宮尾ですら、複雑な表情で黙っている。


「どうやら、ここまで、のようだな」


 元から乗り気ではなかった俺だ。この場を仕切って、解散させるには絶好の人材だろう。そうでなくても、この空気は、どうにかしなければ。そんな気持ちで、立ち上がった。岬が俺に続いて立ち上がる。


「ま、気を取り直して、講義の予定でも立てる?」

「いや、それは余計、気分が重くなるだろ」

「……」


 あれ、微笑みすらしない。まだ何か、宮尾は考えているようだ。岬も、うーん、と頬を掻きながら、どうしようか、と言わんばかりに俺の方を見た。少しばかりの静寂が、レトロなカフェを包んでいた。


(どうしろって言うんだよ)


 どうにもできないぞ、と言う目で岬にアイコンタクトを送ろうとした。その時だった。


 カランコロン


 誰かが入店してきた。まあ、昼下がりのカフェだ、誰かが来ることもあるだろう。むしろ誰もいない方が不自然だ。そう思い返した俺だったが、更に思わぬ事態に固まってしまった。


「あの、すみません」


 入店してきた客が、真っ先にこちらに話しかけてきた。

 見た感じでは、高校生か、同じくらいの年代の女性だろう。身の丈は岬よりも大分低い。150cm、そんなところか。そんな世代が入店すること自体、稀であろうに、あろうことか店主を無視してこちらに話しかけている。


「さっき、刑事さんと話していたのは、あなたたち、ですよね?」


 心臓が飛び出そうになった。まさか、聞いていたのか、俺たちの話を!? 思わず岬、宮尾に目をやった。しかし、二人とも同じように、固まったまま同じ方向、彼女の方を、見ていた。


「き、聞いてた、の、ですか?」


 恐る恐る尋ねてみた。こんなことを嗅ぎまわるということは、犯人である可能性があるのだ。いざとなれば、このくらいの身長の女性だ、力ずくでもどうにかなるだろう。以前は宮尾にすら腕相撲で負けた俺だが、こんなときくらい、男を魅せて……!


「お、教えて、欲しい、です」


 おずおずと、小さな体を震わせ、その女性は続ける。


「よ、米村、刑事は、何か、言ってませんでした、か……?」









 米村は、署に戻る途中も考察を繰り返していた。昼前まではなかった死体。それが、彼らが現れた時間帯に、急に出現した。これは偶然か?


(偶然、か。そういう意味では、先輩の予見が当たっているのかもな)


 米村は以前、村田が言った言葉を思い出した。古参の刑事の勘というのは、案外バカにできないものだ。少々、昼時のサスペンスドラマのようで気にさわる思いはする。実際に人が死んでいるのだから、笑ってはいけないのだが、自然と笑みがこぼれた。


「これだから、先輩は尊敬できるんだよな」


 米村は表情がないが、かといって感情がないわけではない。代々木警察署に配属されてからも、村田の人柄に惹かれつつあった。冷静で、かつ人情味が溢れていて、そんな刑事に、米村は小さいころから憧れていたものだ。


「さて、と」


 気を取り直すかのように独り言を言いつつ、米村は軽く頬を叩いた。これから何十人もの顔を見る作業が待っている、そう思うと吐き気を催すが、今回、自らおもむいて得られた貴重な証言だ、何としてでも! そんな気持ちで、捜査本部へと戻っていった。


「戻りました、村田先輩」


 すでに監視カメラの動画を見ている村田に、米村は驚く様子もなく声をかけた。


「おう、遅かったな」


 こちらに一瞥いちべつをくべることもなく、村田は返事をした。普通なら、何て愛想のない先輩だろう、と軽蔑するところだが、もう米村は、この村田の態度に慣れてしまっていた。


「んで、なんかあったか?」


 特に興味もなさそうに尋ねる村田。それに対し、収穫を誇ることもなく、米村は淡々と報告した。


「証言者に更なる聞き取りを行いました。奥村は、11時40分から12時10分ごろの間に、あのような状態にされた、と思われます」

「ああ? 証言者だぁ?」


 村田がこちらを見る。怪訝けげんな表情であるが、を問うというよりは、を問うている、そういう表情だった。


「……あのガキども、大事なことを黙ってやがったのか。全く、これだからゆとりってやつは」


 村田のボヤキをよそに、米村は報告を続ける。


「証言を基にするのであれば、まあ、11時40分から先を見ていくしかないのでしょう。少なくとも、犯人が正面から出たのであれば、映っているはずですが」

「そんなバカなわけねぇ、よなぁ」


 期待薄に、村田は動画を早送りする。11時35分、その辺りで動画を止めた。


「こっからの映像なんて、はっきり言って何遍なんべんも見返してる。怪しいやつなんかいなかったぜ?」


 ビルに設置された監視カメラの映像が流れる。確かに多くの人、特に若者がファストフード店に入る様子が映っているが、特に異常はない。


「屋上に忍び込まれていたんじゃ、いつからいたんだか分かりゃしねぇし、踏み込んだ時には既に誰もいなかったしな。裏口には監視カメラもねぇ。どうにもなんねぇよ」


 このビルには裏口があった。しかし、そこには監視カメラはなかった。それに、警察から隠れるには四階の空きテナントしかスペースがない。そこはすでに調べ済みだし、そこには監視カメラもあった。実際、カメラに映っていたのは、事件前夜、清掃に来た業者だけだった。


「ですので」


 米村はUSBを差し出した。捜査用に配布しているものだ。


「これは?」

「街頭の監視カメラのコピーです。このビルの裏口から、正面を通らずに抜けるには、このカメラの範囲内に映るはずです」


 東京都心では、至る所に監視カメラが設置されている。今回の事件は、ビルの屋上で発生したためか、誰も周辺の監視カメラをチェックしていなかったらしい。


「はぁ、管理社会が聞いて呆れる。どれ、貸してみろ。」


 ため息をつきながら、慣れた手つきで動画を再生する。画質はどうしても悪くなるが、証拠としては十分だろう。


「さて、11時、40……うん?」


 村田の手が止まった。ポトリ、と口に咥えた煙草が床に落ちた。


「そんなバカな!?」


 村田が仰天する。そんな様子を見て、米村は慌てて画面を確認する。映っているのは、一人の男性だ。顔も、はっきり映っている。


「っ、まさか、そんなことが!?」


 普段、無表情な米村すらも、口をあんぐりと開けてしまった。

 11時41分12秒、商業ビルの裏口付近に、奥村 保昌、今回の被害者が映っていた。その表情は、恐怖でも怒りでもない、安らかなものだった。


「死亡推定時刻!」


 村田が米村に確認する。


「え、えぇと、午前9時から11時、としか……鑑識からは、回転のせいで遺体の劣化や血液の酸化が激しく、はっきりした時刻が分からない、と言われました。」

「ってことは、11時41分、ここに映っていても不思議じゃねぇってこと、か」


 あり得ねぇ、と呟き、村田は考え込んだ。現代の鑑識が、そんな死亡推定時刻も曖昧なんて、そんなことはないはずだ。回転によってそんなに変化するものなのか。


(うん? まてよ、?)


「おい」


 村田は、不意に米村に問いかけた。


「な、なんでしょうか」

「奥村は、どういうやつなんだっけか?」


 米村は、いまさら何を、と聞き返そうとしたが、村田の表情をみて、情報を確認するために聞いている、と察した。


「え、えぇと、大手牛丼チェーン店の店長で、売り上げ自体は上々だった。しかし、立地の割に客入りが少ないと、本社から指摘されていた、と」


 村田は無言のままだ。米村は、もう少し続けた。


「飲み友達が多く、店に来てくれて売り上げに貢献もしていたそうですが、本当は飲み屋がやりたかった、と、そういう話を聞いています」

「店を、開きたかった、という、夢があった、そうだな?」


 うなるような声で、村田は確認をした。米村は静かに肯定した。


(まさか、そんな、くだらねぇ……いや、待てよ……?)


 村田は、おもむろに自分の手帳を取り出した。過去に、失敗した、もしくは疑問の残った事件について書かれた手帳。それをペラペラとめくり、そして、あるページで手が止まった。


 【松山 幸一、売れない画家、自身の傑作けっさく、火刑を目の前に焼死体となって発見】

 【安藤 理佐、落ちぶれた芸能人、再起をかけた水着撮影を前に首なし死体】


 そして、そのページに村田は新たに書き加えた。


 【奥村 保昌、店長、飲み仲間と飲める店を開きたかったが、串刺しで回転させられていた】


 しばらく沈黙した後、村田は独り言のようにつぶやいた。


「松山は、自分の絵に付加価値が付くことを望んでいた。それは数少ない彼の友人からの証言だ。安藤は、自分の容姿には自信があった。容姿で売れる決意をした、と当時のマネージャーが証言している。そして奥村、これはくだらねぇんだが、店を開きたかった、、と飲み仲間が証言している。」


 米村は、あっけにとられたが、すぐに意図を理解した。


「つ、つまり、理想、というか、夢見たものが、現実になった、と?」


「ま、奥村は強引すぎる気がするが、あの派手な衣装を見ても開店祝い、ってのも、あながち間違いじゃあねぇと思うんだが、どうだ?」


 ニヤっと笑いかける村田。それに対して、何ともしがたい表情にしかなれない米村。


「ま、あり得ねぇか。そもそも、関連する動機がねぇしな」


 冗談だよ、と言い、村田は席を立った。


「どこへ?」

「いんや、帰る。わかんねぇことが多すぎるときは、一回リフレッシュすんのが一番だからな。それに、今日は孫の誕生日なんだよ」


 そう言うと、村田は今日一番の笑顔を残し、部屋を去った。村田が去った後も、米村は部屋のドアを見つめていた。今日一番の笑顔を見せた村田と比べ、今日一番の疲労を顔に浮かべながら、米村はポツリとつぶやいた。


「ほんとうに、侮れない方だ」


 米村は、その手を固く握りしめた。まるで、何かを潰すかのように。

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