第3話 火山の竜

 洞窟から出て、飛ぶ。足の下で遠目に見える大地が、次第に赤茶けてくる。転がる大岩が増えてきて、火山が近づいて来たことがわかる。風で渦巻いている砂埃の下に、風化した生き物の骨が見えた。

「結構遠くまで来たね!」

 猛禽類がクオンと肩を並べて飛んでいる。そいつは甲高い音で一声叫ぶと、真っ逆さまに地面に降りて行って、鉤爪でネズミを捕らえた。

「ヒュー! かっこいいね! あんな鳥、僕らの森にはいなかった!」

 火山の麓に、町が見えてきた。土を塗り固めて作ったような、地面と同化した色の町だ。かなり近づくまで存在に気がつかなかった。

「ちょっと寄って行こう。これから山に行くんだし、食べ物とか飲み物とか必要だよ。買って行こう」

「僕のお小遣いで足りるかな……」

「まあなんとかなるんじゃない? 昨日、おじさんがおまじないかけてくれたじゃないか」

「食べ物に困らないようにとは言ったけど、お金に困らないようにとは言ってなかったじゃん」

「お金が必要なのは食べ物を買うためでしょ? 直接現物が手に入るならお金なんていらないんじゃない?」

「そういうもの?」

 町から離れたところに着地する。クオンが町に行ったりしたら大騒ぎになってしまうだろうから。ザクロは蔵から飛び降りると「ちょっと待っててねー!」と手を振って走って行った。

 待ってる間暇だなあ、とその場で丸まった。尻尾をあごの下に敷いて即席の枕にする。目を閉じようとした時、なにかが光ったのを感じた。

 見ると、赤い石像がある。透明感のある、燃える炎のような澄んだ色だ。その石像の方へのそのそ歩いて行く。

 裸の女の人だ。痩せていて骨が浮き出し、髪もボサボサだ。所々に元々着ていた服の切れ端のようなボロ布が引っかかっている。精緻な作りで、いまにも動き出しそうだ。でも、長いこと砂埃にさらされていたせいだろう。あちこち傷だらけだ。なにかに怯えているような切羽詰まった表情だ。自分の手を見つめて立ちすくむような格好をしていて、足元には古くなってボロボロになった、持ち手の壊れたカバンのようなものが落ちている。

「あー、こんなところにいた! もう! 元のところで待っててよ! びっくりするじゃんか!」

 急に声をかけられて、驚いて思わず翼が開いた。ザクロも石像に気がついて、しげしげと眺め始める。

「こんなに早くどうしたの? やっぱりお金足りなかった?」

「違うんだ。誰もいないの」

 今度はクオンも一緒に町へ行く。本当に誰もいない。

 その代わり、町中に石像が並んでいる。さっきの女の人の像と同じような、燃えるような赤い石の像だ。

 井戸端に腰掛けた子供。腰の曲がった老婆。走り出そうとしているやつれた男。泣きながら抱き合っている母娘。鬼のような形相でドアを叩く老人。老人が叩いていたドアを開けると、医者らしき白衣の男が頭を抱えてうずくまっていた。

 風が土壁のヒビを通り抜けて甲高い音を立てる。窓ガラスも割れていて、扉は蝶番が壊れて外れている。壁や屋根が壊れている家も多い。

「変わった町だね」

「すごく細かい像だね。こんな雨ざらしなんてもったいない」

「なんで誰もいないんだろうね」

 どの家も、慌てて住人が逃げて行ったかのようだ。家財道具は置き去りで散らかっていて、何も持たずに逃げ出した、というような有様だ。人がいなくなってかなり経つようで、分厚く埃がつもり、あらゆるものが朽ち果てている。

 確かに砂埃が激しく、住みづらさはある土地だろう。でも、捨てて行くほどじゃない。村のはずれの畑らしきところには、世話をするものがいなくなった作物が、好き放題に茂っている。

 不意に、地面が揺れた。町中の石像が揺さぶられる。作物の茂みが大きく揺れ、崩れかけていた建物はさらに傾く。クオンがその場で足を踏ん張ると、ザクロが前足にしがみついてきた。しばらくして揺れが収まっても、ザクロは前足にしがみついたままだ。

「兄さん、もう大丈夫っぽいから、離れてよ」

「本当に? 本当に大丈夫? なに今の?」

「これのせいかもね。町に人がいないの」

「ああ確かに。こんなの怖すぎるもん。僕なら絶対住みたくない」

 町がこんな壊滅状態では、旅の準備を整えるのは難しい。

「ちょっと空き家から色々借りていこうか」

 クオンが提案すると、ザクロは目を丸くしてブンブンと手を振る。

「ダメだよ、泥棒なんて」

「もう持ち主もいないみたいだし。ね?」

 この家には、小さな子供がいたようだ。パズルのピースが床に散らばり、手足のぐでんと垂れた布と綿の人形が倒れている。どれもこれも埃をかぶって、砂っぽい。

 それらに混ざって、小さな赤い手が落ちていた。他の石像とよく似た材質の石でできている。あれらを作った彫刻家はこの家にいたのだろうかと、クオンは想像した。でも、それにしては彫刻を作る道具も無いし、アトリエも他の作品もない。

「ねえ見て見て。なんか変なもの見つけた」

 ザクロが指差す先には、埃をかぶった丸いものが、小ぎれいな白木の台に乗せてある。厚い塵に覆われたそれは、大きなくぼみがそこかしこに空いていて、不恰好なジャガイモのようだ。台の前にはうず高く干からびた食べ物が積まれていて、食べ物の横には、古びて茶色くなった封筒が添えられている。

「お供え物かな?」

「ちょっとその封筒開けて見てよ」

 クオンは好奇心が疼いて、ザクロの肩に自分の脇腹をぶつけた。

「ダメだよ、お供え物とったらバチが当たるよ!」

「大丈夫だよ。おじさんのおまじないがついてる」

「えー……そういうのよくないと思う。自分で開けたらいいじゃん」

「僕の手じゃ無理だよ。破れちゃう。お願い、兄さん」

「……もー、しょうがないなー」

 ザクロが紙を手に取ると、埃が小さく舞い散った。脆くなった紙を破ってしまわないように、丁寧に中身を取り出す。

「許してください。どうかこの子の命だけでもお助けください」

 紙には、震える文字でそう記されていた。うまく動かない手を必死に動かして書いたような文字だ。

「この丸いのに謝ってるってこと? これ、なんだろう?」

「祀られてるみたいだけど……なんだろう」

 翼を軽く動かしてみる。家のなかに風が吹き、埃が巻き上げられて、空気が古びた匂いに変わる。

 丸いものに積もっていた埃も、幾分かは巻き上げられた。それは、薄汚れた茶色で、元々は白かったようだ。くぼみだと思っていたのは、穴だった。丸い穴が二つ。三角の穴が一つ。

「人間の頭だ」

 家を出て、空を見上げる。雲ひとつない。日も照っているのに、どこか薄ら寒いような気がしてきた。

「おじさんが言うには、竜は火山にいるんだったね。乗って。飛んで行こう」

 遠くの山は、白く煙っている。


 空から見る町は砂煙にまみれて、煤けて見えた。

 ザクロはずっと押し黙っている。さっきの頭蓋骨が、よほど応えたようだ。そっとしておいてやろうと、クオンは特に話しかけるでもなく黙々と翼を動かす。乾いた風は暖かく、翼膜に心地いい。

 町が見えなくなってから、ようやくザクロは口を開いた。

「ねえ、さっきのってさ」

「あんまり考えないほうがいいよ。どうしてあんなものがあるのかはわからないけど、あの人はもう死んだ人なんだ」

「そうなんだけどさぁ、クオンって冷たいよね。かわいそうとか思わないわけ? あの人は体から頭を切り離されて、あんな硬い木の台に放置されてるんだよ?」

「もう死んでるんだ。そんなこと思っちゃいないよ」

「そういうのが冷たいんだよ」

 山に近づくにつれて、翼が重くなって来る。水がまとわりついて来るようだ。さっきまで舞っていた砂埃も落ち着いている。

 雲が山から生まれている。山肌から上がる蒸気が、空へ昇っている。白い柱が立ち並んでいるようだ。また、山が揺れた。

「あっ、なんか光った!」

 ザクロが、身を乗り出して指をさした。クオンは慌てて、ザクロが落ちないようにバランスをとる。

「光ったって? どこ?」

「あそこあそこ。あの、一番大きい雲の柱のところ!」

 また山が揺れた。今度はクオンにも見えた。ひときわ太く大きい雲の根元で、一瞬キラリと赤い光がきらめいた。

「行ってみようか」

 クオンは翼を水平にして、雲の光を目指して滑り降りていく。近くまできてみると、雲は大きな池から湧き出している。

「あっつ!?」

 雲に触れた途端、ザクロが大声をあげた。クオンの鱗ではよくわからなかったが、どうやらこれは熱い湯気であるらしかった。

「兄さん! 大丈夫?」

「大丈夫、ちょっとびっくりしただけ」

 雲の中を、進んで行く。また、赤い光が見えた。そこを目指して飛んで行く。

 ごう、と空気の燃える音がした。クオンは翼を傾けて身をかわす。さっきまでいたところを、火の玉が通り過ぎて行った。

「何今の!?」

「しっかり掴まってて!」

「えっ、ちょ、ギャァァア!」

 二つ目、三つ目の火の玉が、クオンめがけて飛んで来る。翼を水平に縮こまらせて滑空し、それらをかわす。

「うわぁぁぁ!? 落ちる! 助けて! いやぁぁぁぁ!」

「静かにしてて! 舌噛むよ!」

「また飛んできたぁぁぁぁぁ! あぁぁぁぁ!」

「うるさいってば!」

 ぼぼぼっ、と今度は連続してたくさんの火の玉がとんできた。連なった玉に進路を塞がれて、クオンは翼を広げて急停止する。そこを狙って、ひとつ、ひときわ大きな炎が飛んできた。避けきれない。眼前に炎が迫って来る。

 しかし炎は、クオンの目の前で消えた。湯気の中から、ドォンと水面を叩いた音がした。

「そのまじない、森のジジイじゃな。降りてこい」

 重々しい声だ。誰かが、二人を呼んでいる。

「行こう、クオン」

 湯気の中を降りて行く。視界は白く、周りがよく見えない。爪の先が濡れた。池の水は暖かく、ボコボコと沸騰している。

「兄さん、茹で上がりたくなかったらしっかり掴まっててね」

「言われなくても!」

 また湯気の向こうで水音がした。なにかが水をかき分けてこっちへ来る。

 湯気の向こうから、竜が現れた。森の竜と同じくらいの大きさだ。見上げるほどに大きい。

 体の上の方は赤く、お湯に浸かっているあたりから黄色くなっている。濡れた肌はざらついていて、動くたびに黄色い部分の表面がポロポロと剥がれる。竜の爪が痒そうにそこをこすると、黄色い肌の下から赤く透き通った鱗が現れた。樽の中のぶどう酒のような、暗く渋い赤だ。

「ふう、ずっと温泉も考えものじゃな。いつの間にか湯垢がたまりおる」

 どうやらこの竜は、ずっと動かないでここのお湯に浸かっていたらしかった。肌の湯垢以外にも、よく見ればあちこちに苔が生えている。翼は赤と緑のまだら模様になっているし、角も苔でフサフサだ。

「あなたが火山の竜?」

「ちょっとちょっと! いきなり火の玉ぶつけて来るなんて危ないじゃないか!」

「いかにも。お前さんはどこの竜だね? 人間を連れているなんて物好きな」

「僕は街から来ました」

「ちょっとちょっと! 聞いてるの!? いきなり攻撃して来るなんてひどいじゃないか!」

「ほう? それはけったいな。竜が街を作るなんて聞いたことがない」

「元は人間だったんです。それで、元に戻るために旅をしています」

「ねえ! 聞いてるの!?」

 火山の竜は前足を上げ、勢いよく振り下ろした。足はクオンとザクロのすぐ横を通り、水面を切り裂いた。激しいしぶきが上がる。

 温水に波紋が広がっていく。波打つ水に体を揺さぶられ、二人は両足を踏ん張って耐えた。

「ちょっと! なにするのさ!」

「やかましい! わしは人間が嫌いなんじゃ! せいぜい森の竜に感謝するんじゃな!」

 火山の竜の怒鳴り声に呼応するように、地面が揺れた。山が頂上から火を噴く。赤い泥がゆっくりと流れ出し、こっちへやってくる。

「うへっ、なにあれ! すごい、山が動いた!」

「溶岩だよ、兄さん。あれが山の中にたくさんたまると、爆発するんだ」

「爆発するの!? 危ない!」

 流れてきた溶岩は、表面は黒ずんでいるが、奥の方は白っぽい赤色に光っていて、よく燃えている炭のようだ。

「涙を、分けてもらえませんか」

 火山の竜はふむ、と黙り込む。顎の下を爪でぽりぽりと掻き、考え込んでしまった。ぽたりぽたりと水滴が落ちる。

「嫌じゃ」

「そこをなんとか。ねえ、いいでしょ。ケチケチしないでさ」

「貴様は少し黙っとれ!」

「人間が嫌いだからですか」

「いかにも」

「どうしてもダメでしょうか」

 火山の竜は、困ったように爪で顎を掻きながらクオンを見る。縦長の瞳孔が、グッと大きくなった。

「お主、そのままだと長くないようじゃな」

「ええ」

「命がかかっているのか」

「ええ」

「そうなんだ! だからお願い!」

「わしの頼みを聞くというのであれば、やらんこともない」

「本当ですか」

 火山の竜は、重々しく頷いた。

「麓の町の外れに、大きなイチイの木がある。その木を焼き払い、根元を掘り返すのじゃ」

「すると何が埋まってるの?」

 今にもザクロを食い殺しそうな目で、火山の竜は言った。

「哀れな竜の亡骸じゃ」


 火山の竜に言われた通り、町の外れにはイチイの巨木があった。幹も枝もねじ曲がり、葉はどす黒く染まっている。あたりの乾いた土の上に、無数の赤い石が転がっている。

「病気みたいだ」

「お化けが出そうだね……」

 昔話で読んだことがある。イチイは、まじないの木なのだ。イチイの木の近くでは、不思議なことが起こる。だから魔女は、イチイの枝で杖を作ると書いてあった。ザクロの言う通り、お化けでもなんでも出るかもしれない。

 クオンは思い切り息を吸い込んで、イチイの木に炎を吐きかけた。しかし、生の木はそう簡単には燃えず、ぶすぶすと燻った炎が出ただけだ。

「時間かかりそうだね」

「いいこと思いついた! ちょっと待ってて」

 ザクロはそう言うとたっと走りだし、町の方へ向かう。そして戻ってきた時には、布の山を抱えていた。

「これならよく燃えるでしょ。空き家からもらってきたんだ」

 そう言いながら、ザクロは持ってきたものを木の根元に並べていく。全て並べ終えて、ザクロが木から離れると、クオンはもう一度火を吐きかけた。古い布は乾燥していたようで、パチパチとよく燃える。

「ふう、よく燃えるね。色々持ってきたかいがあったよ」

「……色々って?」

 嫌な予感がして、クオンは一歩後ずさる。

「んーっとね、まず服でしょ、木の破片でしょ、あとは……油と、お酒。よく燃えるってこの前クオン言ってたもんね。ちゃんとふた開けてから置いたよ。それから、乾いててよく燃えると思ったから小麦粉。……うん、それくらいかな」

 布の山の隙間から、小さな麻袋が見えた。あれに小麦粉が入っているのだろう。それから、ひび割れた瓶もいくつか。麻袋に火がついて、表面が破れた。

「兄さん」

「ん? なあに?」

「そこまでしなくていい」

 破れたところから、小麦粉がこぼれ落ちた。小麦粉は風に吹かれて宙を舞い、近くの炎で引火する。風に運ばれる炎が酒瓶の口の上に近づいた。クオンはとっさに翼を広げて、その内側にザクロを匿う。

 思ったほど大きな音はしなかった。ボンっとあたり一面に炎が広がる。それは一瞬で引いたが、二人は焼け焦げた空気でげほげほと咳き込んだ。

「えっと……ごめん?」

「……今度から気をつけようね」

「はい」

 しかし、これで炎が強くなったのもまた事実。チロチロと炎が木の幹を登っていく。

 日が沈む頃には、木は全てが炎の中に包み込まれ、ごうごうと音を立てるまでに激しい炎に成長した。クオンは翼で風を送り、炎が燃えるのを助ける。

 メキメキと、木が軋む音がする。ついに巨木の幹はクオンの風圧に負けてポッキリと折れ、倒れた。

「やったね」

「じゃあ、掘ろうか」

 クオンの爪が、硬く乾いた大地を削る。ザクロも民家から借りてきたスコップを突き立ててみるのだが、思うように掘り進められない。

 木の根が土を遮って、なかなか掘り進めることができない。クオンは行く手を阻む硬い根を爪で引きちぎり、牙で食いちぎり、少しずつ進んでいく。

 木の根の周りの土をある程度ほぐす。切り株を揺さぶると、抜ける前の子供の歯のようにグラグラと揺れる。クオンは木のささくれに歯を引っ掛け、しっかりと噛むと思いっきり引っ張った。それを見たザクロは、クオンの尻尾を握って引っ張るが、なんの助けにもならないどころか鱗が刺さって手のひらに血がにじむ。ザクロは引っ張るのを諦めて、クオンの反対側に回って切り株を押した。

 ぶちぶちと根が何本か切れ、切り株は抜けた。地面の下に隠れていた根は、もつれた毛糸玉のように絡み合っている。

「木の下、何も埋まってないよ? もうちょっと下なのかな?」

 火山の竜の話では、木の下に亡骸が埋まっているはずだ。しかし、それらしきものはない。

 クオンは、今しがた引き上げた木の根の隙間に、何かが挟まっているのを見つけた。赤土にまみれて茶色くなった、かさかさの棒状のものだ。

「兄さん、こっちだ」

 一本一本、ザクロが木の根を取り払う。硬い根を取り除くのは大変だが、一気にやっては中のものを壊しかねない。こうなってしまうと、クオンにはできることがない。この爪では、全て粉々にしてしまう。

 だんだんと、根に絡みつかれているものの全体像が見えてくる。これは、骨だ。人間の骨だ。うずくまって座っているような姿勢で、屈強な根の中に閉じ込められている。

「助けてあげなきゃ」

 ザクロは顔を上げると、再び町の方へ走って行った。クオンは思う。今、骨もろとも根を焼き払ったら、きっと兄は怒るのだろう。この人の命は、すでに損なわれている。この根っこの牢獄から救い出したところで、どうなるわけでもない。でも、ザクロはきっと、最後まで根気強く作業を続けるのだろう。戻ってきたザクロは、その手に小ぶりなナイフと、暖かそうな毛布を持っていた。


 火山に戻ると、竜は温泉から上がっていた。体を伸ばし、張り付いた黄色い結晶を爪で器用に剥がしている。

「やってきたよ。ねえ、何があったか聞かせてくれない?」

 竜はザクロを見下ろすと、ふんと鼻を鳴らした。

「バカな竜が人間に殺された。それだけのことじゃ。奴の亡骸はどうした?」

「町が見える丘の上に埋葬しました。それから、これを」

 クオンが促すと、ザクロはポケットから石を取り出した。丸くつるりとした宝石だ。燃える炎のような、赤色をしている。

「骨と一緒に埋まっていたものです。あなたが持っていた方が、いいのではないでしょうか」

 竜はその宝石を受け取ると、パクリと口に放り、飲み込んでしまった。

「ああ、本当にバカな奴だ。呪うくらいなら、近づかなければよかったのに」

「呪うって?」

「町中に石像がたくさんあったじゃろう? あれは全て、あそこで生きていた人々じゃ」

 クオンの頭に、町で見たたくさんの石像がよぎる。ザクロが、ひゅっと息を飲んだ。

「とある竜が、あの町の人間と仲良くなった。ついには、人間と共に暮らすために、竜の姿を捨てた。そうして町へ降りて行った。しかし町の人間は、姿の変わったそいつが誰なのか、さっぱりわからなかった。運悪く、その年は日照りがひどく、町の連中は雨乞いの儀式を行った」

「雨乞いの儀式って?」

「この地域では、天気は神が決めていると言われておってな。神の機嫌をとって、雨を恵んでもらおうという人間の風習じゃ」

「へー、何をするの?」

「人間を一人、殺すのじゃ。殺して頭をむしり取り、神に差し出す。そうすれば雨が降ると、人間は思っておるらしい」

「……なんで?」

「わしが知るわけないじゃろう。ともあれ、誰が殺されるのかは明白じゃ。突然やってきた、誰とも面識のないよそ者が、神に差し出された。奴は、人を呪いながら死んだよ。すると、奴の亡骸を埋めたところから、イチイの木が生えてきた。そしてその年、体が石に変わる奇病が蔓延し、町の者は全滅したのじゃ。それからじゃな。山の様子がおかしいのは」

 竜の瞳から大粒の涙が落ちた。ザクロは慌てて竜の角の蓋を開け、涙を収める。

 竜は首をそらして吠えた。その轟咆に呼応するように、山が揺れる。山の頂上から、炎を纏った石が飛び出した。

「じきにここいらは火の海になる。早くお行き」

「おじいさんはどうするの?」

 山の一部が吹き飛んだ。赤い泥の塊がいくつも飛び、温泉をのみ込み始めた。

「わしはあれに飲まれて、山の一部になることにする。ありがとう、人の子よ。君たちは、友の魂を救ってくれた」


 火の玉を避けて飛び、火山から遠ざかる。山の勢いはどんどん激しくなっていく。

「あっ、人がいる! 降りてクオン、あの人たちに危ないよって言いに行こう」

 町の上空を通りかかった時、ザクロが言った。確かに、地上で動いているものがある。燃やしたイチイの木のそばに降り立ち、ザクロを下ろす。男が二人、町の中にいる。

「クオンは隠れてて」

 そう言うと、ザクロは男たちに向かって走っていく。

「ねえねえおじさんたち何してるの?」

 ザクロに気がつくと、男たちは手を止めた。彼らの脇には、大きなずた袋がいくつも積まれている。

「どうしたんだ坊主、こんなところで」

「僕は竜を探して冒険してるのさ。それより、危ないよ。もうすぐあの山が爆発するんだ。早く逃げて」

「ははっ、冒険は楽しいかい? じゃあ次は隣町とかどうかな。あそこには竜が住んでるって聞くよ」

「おじさんたちはここで商売してるんだ。この石は、高く売れる。綺麗だからな」

 ほら、綺麗だろ? と男が袋の口を開けた。中にはぎっしりと赤くきらめく石が詰め込まれている。

「ダメだよ! そんなことしちゃ! それはもともと人だったんだよ!?」

 ザクロが声を荒げると、男たちは顔を見合わせて失笑した。

「おじいちゃんから聞いたのかい? でもそれはおとぎ話さ。人が石になるなんて、そんなことあるわけないだろう?」

「誰も見ない彫刻より、嫁が喜ぶ首飾りだよ」

 ガキン、とハンマーが振り下ろされ、石像の首が砕けた。


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